第27話 たったひとつの冴えてないやり方

 その日は、朝から何となく嫌な予感がしていた。


 いつかを思い出すような秋雨が、教室のガラス窓を強く打ち付ける。

 その耳心地の悪い音色を聴きながら、俺は陽の光の差さない暗い空を見上げていた。


「よう柊一。朝から黄昏てどうしたんだ?」

「いや、特に何があったわけじゃない。ただ妙に気分が落ち込んでいるというか」

「まーこの雨だしな。気が滅入る方が自然だわな」


 そういう訳ではないと思うのだが。

 しかし確固たる原因が明らかになっている訳でもなかった。

 気圧差による血圧の変化で気分が落ち込んでいる、あたりが最も妥当な理由か。


「考えたところで分からないし、どうでもいいか」


 俺は考えても仕方のない事柄で頭を悩ませるのは馬鹿らしいと思う人間だった。

 そういう時は別の楽しいことでも考えた方が建設的だ。


 露出する時の歩き方とか変えてみるといいかもな……。


「そういや柊一、あの噂聞いたか?」

「あの噂って?」

「ここだけの話なんだが……いいか、よく聞けよ?」


 もうそろそろ慣れてきた導入だった。

 内海が耳元に顔を寄せてきて、噂とやらの内容を小声で口にした。


「前に話した露出女の噂あるだろ?あれがどうも、白銀さんじゃないかって言われてるんだ」

「なるほど」


 とうとうその時が来てしまったか……。


 一口に金髪と言ってもほぼ茶髪と大差ない金髪から綺麗な白金色まで幅広いが、彼女のそれは見目麗しいプラチナブロンドのそれに近い。

 特徴的だし、どういう色かまで知られればバレる恐れはあった。


 日本において露出狂はどこまでいっても犯罪者。

 その業で世間に迷惑をかけてしまったのなら、責任はきちんと背負うべきだった。


 同じ露出狂仲間として、ちゃんと最後まで寄り添ってあげるからな……!


「なにか追加情報でもあったのか?」

「いや、それが変でよ。最近その女の目撃情報はめっきりなくなってんだよ。なのにここ数日でいきなり広まり出したんだ」


 それは確かにおかしかった。

 これまでも噂は広がっていたし、白銀と結びつく機会はいくらでもあった。

 だというのに追加情報もない中、突然結びついたというのは明らかに変だ。


「長い金髪の女ってだけで決めつけんのはな……もしかしたらカツラつけた男かもしんねーだろ?」

「草」


 誰かしらの陰謀の匂いがしないこともない。

 不自然にならないよう周囲を見回してみるが、確かにみんな、白銀に対して奇異の視線を向けていた。

 彼女はそれを嫌というほど感じているだろうに、素知らぬ顔で曇り空を見上げていた。


「……ふふ……」

「いい気味……」

「調子乗ってるから……」


 ふと、そんな声が聞こえてきた気がした。

 辺りを見回してみるが、誰が呟いた言葉なのかはわからなかった。

 例の三人組かもしれないが、決定的な証拠はない。俺以外の誰かに聞こえたかも分からない。


「大事にならないといいけど」


 嫌な予感は、昼休みになっても止んではくれなかった。



 内海と共に昼食を食べ終え、男同士で連れションに赴くという珍しいイベントをこなしたあと。

 スッキリとした気分のまま戻ってきた教室で、それは起こっていた。


「ねえ白銀さん、あの噂って本当なのぉ?」

「……噂って?」

「知らないの〜?あんたが裸で街中を歩き回る変態だっていう噂」

「マジならやばいよねぇ」


 例の三人組の女子が、これまた例の如く白銀にうざったらしく絡んでいた。


 しかも話題は件の噂についてだった。

 やはり発信元は彼女たちか──そう疑うも、やはり確たる証拠はなかったので、邪推の域に留まるしかなかった。


「知らない。何か証拠でもあるの?」

「えー、そんなのないけど、単に気になったっていうか?」

「ってかいきなり証拠とか言い出すのが逆に怪しいよね」

「分かる」


 最早ただ因縁をつけてきたチンピラABCだ。

 何の根拠も正当性も持たず、気に食わない人間に絡んでいるだけなのが見てとれた。


 そしてDに当たる失恋女子は、遠く離れたところでオロオロと挙動不審な様子を見せながら、事の趨勢を見守っていた。


「おいおい、なんだありゃ……止めた方がいいんじゃねぇか?」


 そういう内海ではあったが、しかし実際に行動に移そうとはしなかった。

 それは周りの人達も同じだった。

 妙な流れだと誰もが一目で理解できるはずなのに、誰も仲裁に入ろうとしない。


 厄介事に首を突っ込みたくはないから、というのも勿論大きいだろう。

 けれど多分、それ以上に。

 "誰もそこまで白銀と親しくないから"、という理由も多分に含まれていそうだった。


「…………」


 以前、彼女が言っていたことを思い出す。

 『遠巻きに見てくる人は、そりゃ沢山いるよ。でもあたしの近くには誰もいないから』。

 

 その時はよく理解できなかったが、今なら理解できる気がした。


「……くだらない、そんなことで一々突っかかってこないで。迷惑」

「は?なにそれ。冷たくない?」

「あたしらちょっと話しかけただけじゃんね」

「ねー」


 助太刀するべきか否か。

 だが俺と彼女は公には接点がないことになっている。急に仲裁に入るのも、それはそれで不自然だ。


 それにああいった絡みはよくあることだと白銀自身も言っていた。

 今回は偶然的を射てしまっているから危なく見えるだけで、証拠のブツがあるわけじゃない。

 奴らは単にクラス中に風評被害を撒き散らしたいだけだ。


 なにより──白銀が露出行為に及んでいること、それ自体は嘘偽りない真実だ。


 裸はわいせつ物、露出は公然わいせつ罪。

 どんな綺麗事やお題目を並べてもそれが真実。

 彼女自身が背負うべきものであって、俺がとやかく言うべきことじゃない。


「そうだ。俺が口を出す筋合いはない」


 だから沈黙に徹する。

 それが正しいはずだ、けれど。


「……っ」


 目を伏して、身を守るように右手で左の二の腕を掴む姿勢をとる白銀を見ていると。

 何故だろうか。

 理屈じゃなく、感情が体を動かしていた。


「──待て」

「……は?誰あんた?」


 気がつけば、足が一歩前に出ていた。

 自分でも馬鹿なことをしたと思う。今すぐ発言を撤回して回れ右すべきだと思う。

 

 そんな理性を蹴飛ばして、本能が続く言葉を口にした。


「最近噂の露出狂について語っていたな」

「そうだけど、それがなに?」

「それが彼女であると」

「だって金髪の女の露出狂でしょ?めっちゃ白銀さんっぽいじゃん」

「目を離すとすぐいなくなるのもそれっぽいよね〜」


 ケラケラと笑うズッコケ三人組。

 様子を見守っていたクラスメイト達が、動き出した事態を前に困惑しているのを感じる。

 

 そして、突然の横槍に戸惑うような表情を浮かべている白銀に対して。

 俺は僅かに視線を合わせると、意を決してその一言を発した。


「正体は俺だ。俺が噂の露出狂だ」






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タイトルを考えるのに一番時間がかかったという事実


次回ネタバレ:脱ぎます

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