1話 戦場

 懐かしい光景が頭に浮かんできた。太陽の光が燦々と輝く中、野原を駆けまわる子供達。音はないが、わいわいがやがやと今にも聞こえてきそうなほど笑っている子供達。それを見ているだけで幸せな気分になれる。

 ふと上を見上げると太陽がこれでもかと更に輝きを増した。

 あまりの眩しさに思わず目を瞑る。


「………かむ……い………神威!」

「っ!」


 ふと聞こえた声に俺は勢いよく目を開ける。そして目に入り込んできたのは先程までとは打って変わって緑など一つもない焼野原だった。


「そうか……俺は……」

「なにぼーっとしてんだ!お前がそこで突っ立ってるうちに二人もやられちまったじゃねえか!」

「悪いな……少し、夢を見てた」


 今は、戦争中だったな。


「悪いで済む話じゃねえだろ!なんのためにお前がいると思ってんだ!『うつろ』の鬼灯神威!お前は単独部隊なんだろ!こういう危機的状況のための単独部隊なんじゃないのか!」


 ああ、こいつの言う通りだ。

 危機的状況打破のために、俺がいる。


「そうだな、行ってくる」

「死ぬんじゃねえぞ!」

「ああ」


 俺は最後にそう告げ腰に掛けている刀を鞘から抜く。刀身は血を思わせる赤色。刀身に映る自分の顔を見てから前を見渡す。

 耳を劈くような銃声。血と煙の臭いで今にも鼻が曲がりそうだ。

 見渡せば見渡すほど死体を多く見る。

 そうだ、この地獄のような光景が教えてくれる。

 さっきまでのは夢で今ここが現実なんだと。俺は今、戦場に立っているのだと。

 刀身に映った俺の顔は返り血一つ付いていなかったがとても汚れて見えた。敵の数はざっと100人。


「ふぅ~」


 俺は息を吐き敵を見据える。

 瞬間、眼球が黒く染まり中心が赤く光る。それと同時に真っ黒だった髪にほんのりと赤みがかかる。


「捉えた。ルートも決まった。あとは、駆けるだけだ」


 俺はそう言うとゆらゆらと揺れながら走り出した。目に見えるルートの通りに。そして、一人二人と次々に斬っていく。

 斬られた者たちは悲鳴を上げる間もなく無残に倒れていく。俺はルート通りに敵を真っ二つにしていく。

 その惨殺は十秒もかからずして終わりを迎えた。先ほどまでは沢山の人間が立っていたが今では一人を除いて誰一人として立っている者はいない。

 辺りを見渡すがそこにあったのは、物凄い形相をした骸とその骸から流れたであろう真っ赤な血溜まりだけだった。

 俺は一呼吸置き、刀に付いた血を払い落とす。そのとき少し頬に血が付いたが、それはまだ少し生温かかった。


「……終わったか?」


 隠れて様子を見ていたのだろう。先ほど声をかけてきた隊員が恐る恐る尋ねてくる。これにも慣れたものだ。


「ああ、殲滅完了だ」

「ふぅ、何人いたんだこれ」

「ざっと三十人くらいだろう」

「さ、三十人……」


 隊員は目の前と俺を交互に見ながら驚愕の顔を浮かべている。

 たかが三十人だ。今更驚くほどのことでもない。


「流石と言わざるを得ないな。三十人を十秒かからずで殲滅するとは……。単独部隊ってのはどいつもこいつも似たようなもんなのか?」

「詳しくは知らないがこれくらいは平気でこなすんじゃないのか?」

「げっ!まじかよ……怒らせるのはやめとこ」

「何かしたのか?」

「別に、もしもって時があるかもしれないだろ」


 まあ、単独部隊の奴らは怒らせない方がいいことには同意だな。俺も極力怒らせたくはないし、怒りたくもない。滅多なことじゃ俺は怒らんが。


「ここでの任務も終わりだろ。一旦基地に帰ろうぜ」

「ああ、敵もこれ以上は攻めてこないようだしな」


 俺たちは踵を返し、自軍の基地へと戻っていく。進めば進むほど自軍の死体の数が増えていく。それも当然のことで俺たちは彼らの犠牲をもとに進軍しているのだ。

 この戦地はとくにひどいと言える。血と火薬の匂いが風に乗って流れてくる。鼻を劈くような匂いには慣れているが好きというわけではない。

 この匂いを好きと言えるのは異常者ぐらいだろう。いくら俺が単独部隊だとしてもそこまで異常者ではない。

 いったいいつからこんな戦争が始まったのか、それは俺が物心ついたぐらいだったか。正確に言えば物心がつく前だったか、俺が生まれる前だったかで当時の記憶はない。だが、我が国――日本帝国が戦争に参戦したのは俺が物心ついたときからだった。それ以前でも全世界では戦争が勃発していた。

 原因は明確で、食糧と資源を巡ったものだった。現在の西暦は2192年。これだけ続けば食糧も無くなるというものだ。戦争が始まった当初我が国は静観の構えだったらしい。

 我が国は他国ほど食糧にも困っておらず資源も不足していなかったからだ。だが、事態は急変する。我が国に空爆が来たのだ。未だに国は分かっていないがある日突然、それまで静観していた我が国が狙われた。

 食糧も資源もまだ豊富と言えた我が国は狙われて当然と言えば当然だが敵は宣戦布告もなしに様々な場所に空爆を仕掛けてきた。


「俺の、孤児院も……」

「何か言ったか?」

「何でもない」


 それからの我が国の対応は非常に早かった。学校は軍事施設へと様変わりし、それまで軍隊をもっていなかったが帝国軍が早急につくられたりなど軍事国家へとコンバートしていった。

 そして我が国が参戦したと分かった他の国々も次々と侵攻を開始してきた。我が国は島国ということもあり、中々奥まで入られることはないが最近では、奥まで入られ地上戦が続いてきている。

 途中までの我が国は優勢だったが地上戦が開始してからは劣勢になりつつあった。そこで軍がつくったのが単独部隊と呼ばれるものだ。

 これは文字通り構成員は一人で重要な戦地に送られる。構成員は秘密訓練を受けた精鋭で誰もが一人で一国を落とせるほどの力を持っていると言われている。

 俺――鬼灯神威も単独部隊の一人で今日は中部戦線の戦いに駆り出されていた。この戦線はこれ以上進ませないためにも必ず死守しないといけない重要な戦線の一つでこの戦線を突破されると帝都に近づけてしまうことになる。

 もとは北陸戦線から始まったが見事に突破され中部戦線となって後退している。これを突破されると帝都を始めとした主要都市が落とされてしまう危険性が高まるため現在最重要戦線とされている。


「嫌になるな」

「本当にな。この戦い長いもんな」

「ああ、長すぎる」

「全然押し返せてないし、負け戦かね」

「負けるわけにはいかない。負けたら何も残らない。全て奪われる。財産も人も尊厳も、そんなことにはさせない」

「ま、そうだな。頼りにしてるぜ、お前さんたち単独部隊にはよ」

「ああ、期待されてる分はやる」

「お、もうじき着くぜ」


 前を見るとそこには無数のテントが設置されていて周りにはバリケードが建設されている。まさに軍事基地と呼ばれるものがそこにはあった。

 かなりの時間歩いたが、あまり疲れは感じていないな。


「今日はゆっくり休もうぜ」

「ああ、そうだな」


 今日はゆっくりと休ませてもらおう。どうせ、明日にはまた戦場へ駆り出されるんだ。俺の安息地は夢の中だけだからな。

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