戦場に英雄はいない

紫山カキ

内陸防衛線

プロローグ 命の価値

 ある賢者が言った。


「命は皆平等だ。命の価値に優劣などつけるな」


 綺麗ごとだ。所詮は綺麗ごと。こんな言葉を残した奴だってどうせ無意識で命に優劣をつけてる。

 そんなことは皆分かっている。だが、この言葉に賛同の意を示すものは多い。

 どうせそいつらも無意識的に優劣をつけているというのに。

 命が平等だというのなら何故人は家畜を殺し平気でその肉を喰らう?平等だというのなら人間側も殺した分だけ命を差し出さなければ天秤は釣り合わない。


 ある高貴なるものが言った。


「命は平等などではない。生きるべき命と死すべき命または死んでもいい命に分かれている」


 普通の人が聞けば暴論だ。自己中心的な卑劣な言葉にしか聞こえない。この言葉に賛同するものはほぼいない。

 いたとしてもこの者と同じ椅子に座っている者だけだ。


 ある民が言った。


「命は平等であるべきだ。本来なら価値をつけてはいけないし、ましてや優劣をつけるなど以ての外だ」


 この者は自分が無意識的に命に価値をつけていることを理解はしているが本質的には何も分かっていない。だから何も行動を起こせずただの雑談という枠組みに組み込まれてしまう。これに賛同するものも一定数いるがあくまで一定数だ。


 ある英雄が言った。


「命を平等にしたい。命の価値など考えることがないくらいの平等を」


 この者はただ願っただけだ。英雄といっても命を平等にできるほどの力を持ち合わせてはいない。これに民は賛同し、熱を興す。心の奥底ではできはしないと知っていながら。


 ある王は言った。


「命を平等にしようではないか。私の権限をもって命ずる、この日より全命は平等だ」


 これは絶対的な力を持っている。王であるならば命を平等と定めることなど簡単だろう。賢者は瞼を閉じながら感慨深そうに息を吐き、高貴なるものは歯噛みしながらも受け入れ、民は王の考えが自分と同じで喜びに耽り、英雄は自分の願いが叶ったことを胸に刻み付ける。

 そして王は、自分の力の強さに酔い痴れるだろう。

 こうして命の平等な世界の出来上がりだ。


 だが言葉とは、状況によって意味が変わってくるものだ。

 もしこれが戦争中であったのならば。


 ある賢者が言った。


「命は皆平等だ。命の価値に優劣などつけるな」


 そうだ、命は平等だ。我々は戦場で殺し合っている。こちらも殺すのだから相手ももちろん殺していい。よかったな、賢者の言った通り命は平等だった。天秤が釣り合ったぞ。


 ある高貴なるものが言った。


「命は平等などではない。生きるべき命と死すべき命または死んでもいい命に分かれている」


 あんたの言った通りだ。戦場で剣を持って敵を切り殺していく兵士たち。彼らはあんたの言う死んでもいい命だ。そしてあんたは上から指示する側の人間。つまり、指揮官――生きるべき命だ。これであんたの言葉は証明されたな。


 ある民が言った。


「命は平等であるべきだ。本来なら価値をつけてはいけないし、ましてや優劣をつけるなど以ての外だ」


 その通り。戦場で戦う兵士は命に価値などつけていないし優劣もつけていないぞ。正確に言うとつける暇がない、だがな。だがお前の言葉も無駄ではなかったぞ。


 ある英雄が言った。


「命を平等にしたい。命の価値など考えることがないくらいの平等を」


 一言一句貴様の願いが叶ったぞ。平等に殺し合い価値を考える暇もなくなった。さすが英雄だ。先見の明だな。


 ある王が言った。


「命を平等にしようではないか。私の権限をもって命ずる、この日より全命は平等だ」


 これは王の軍事命令である。平等に殺し合えとな。世界に対しての宣戦布告である。王の命令は絶対だ。


 命の価値は言った者の立場、状況でガラリと変化する。

 時に、諸君の考える命の価値とはなんだろうか。その頭で、心でじっくりと考えてほしい。


                         ~ある兵士の手記~

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