第8話 よかったぁ……っ


「いっやぁー、二年連続しておんなじ教室なんて、あははー、笑えないねっ!」



「…………」



「あ、そうだ、もう先輩って付けなくていいよっ? 叶って呼んでよ」



「…………」



「あ、あれっ……お、怒っちゃった? ごめんね!?」




―――二年B組の教室にて。




話しかけてくる完璧な美少女を完璧に無視し、不愛想に机に顔を伏せる俺。



一見俺は、ただ感じの悪い、失礼な奴に見えるだろう。




「…………」



「ちゃんと謝るから、顔を上げてくれる……? ……おーい、無視はよくないんだぞー?」




つんつん、と頬をつつかれる。


それでも無視を続行。


叶先輩はツンツン戦法を諦めたのか、今度は俺の頬をむにむにと触ってくる。



「わ、奏くん、ほっぺもちもち! 返事してくれないと、もっと触っちゃうぞーいいのかー?」




―――もう、我慢の、限界だ。



俺は伏せていた顔をがばっと上げるなり、教室がびりびりと震えるほどの大声で叫んだ。




「とりあえず、俺を後ろから抱きしめるのやめてもらっていいですかね?!!!」



「あっひゃー、怒られちゃったっ」



凄い勢いで視線が集まり、というか教室に入ってきてからずっと感じていた視線をようやく直視し、俺は恥ずかしさに死にたくなった。



そう、この先輩、周りの視線お構いなしに、今まで俺をバックハグしてたのだ。




「いいじゃんっ、頼れるの、奏くんしかいなんだよー」



「よくないです!」




べり、と強制的に後ろから叶先輩をはがすと、急に自分の背中を覆っていた柔らかさとぬくもりが消え去り、少し寂しく……こほん、喜ばしくなる!!



そこで、ようやく叶先輩に向き直ると、ボブヘアーを揺らしながらも唇を尖らせる叶先輩が視界に飛び込んできた。



今にもはち切れそうな胸元、太ももをどうぞご覧くださいませと言わんばかりにひらひらと短いスカート。


顔だってお人形さんのように整ってるし、とにかく制服が似合いすぎて困る。



「あ、今、かわいいって思ったー? ……ふふっ♡」


「……っ」



記憶喪失前の、クールな叶先輩からは想像もできない程、俺は叶先輩に絡まれていた。


なんなら、前、二人っきりで会った時よりも、甘い。甘すぎる。格段にレベルアップしてないか?!



「……っ、み、みんなに見られてますよ叶先輩!」



「だからっ、先輩はなくていいんだよ? 叶って言ってよー」




俺を弄ぶようにして、くすくすと可愛らしく笑う叶先輩、かわいいな……じゃなくて!


相変わらず、俺を驚愕したような顔で見てくるクラスメイトの視線は痛いが……どうせなら、今、聞いてやろうと思い、俺は大きく息を吸う。




「というかですねっ! ――なんで、留年なんかしたんですか!!」



途端、教室のざわざわが一気に静まる。


俺だけじゃなく、当然、誰だって疑問に思っていたのだろう。そりゃあそうだ。



なんで、叶先輩が、先輩じゃなくなったのか。高二教室にいるのか。


誰だって、疑問でしょうがない。



なにしろ、あの頭脳明晰だと謳われた叶先輩が、成績が足りず留年なんてことはないだろう。だとしたら、なぜ?




「それはっ、き、記憶だよ」



「「「「?」」」」




……はい????



俺だけじゃなく、教室中の生徒が叶先輩を見て、当惑した顔をしている。


叶先輩は今、記憶喪失した状態……だが、これとどう関係してくるんだ?




静まる空気の中、叶先輩はぎゅっと眉間の間にしわを寄せ、



「高二の勉強の内容が、一気にすぽーん! てなくなっちゃったんだよ!」




そう大きな声で力説しだした。




「どうやら、勉強の記憶も、なくなっちゃったみたいで! あ、私がもともと高校二年生ってことくらいは覚えてるんだけどね? だから、それなら高校二年生の勉強、留年して学び直した方がいいなってなって、それで……」




「え……叶先輩、記憶喪失してるの……!?」

「どういうこと、俺、もう……訳わかんねぇ……」

「そろそろ説明が欲しいんだけど!?」




途端、緊張がほどけるようにして、ざわめきが広がる。


何が何だかわからず、クラスメイトたちの混乱で教室が破裂しそうになる。



俺も俺で、顔を青ざめることしかできない。


まさか、記憶喪失がここにまで及ぶとは……というか、記憶まだ戻ってないの? 結構まずいんじゃないのか?




混乱が渦巻いた空気の中、いきなりがらら、と教室の扉が開かれた。




「おーいみんな座れ、ホームルームを始めるぞー」




俺たちの今年の担任なのだろう、四十代後半くらいの男の先生が教室に入ってきた。




「せ、先生! 叶先輩、なんで留年してるんですかっ」




誰かが小声で先生に質問する。


その縋るような声に、みんなが相当パニックに陥っていることが伝わる。藁にも縋るとはこのことだ。




「あ、ま、ちょっ」



と、なぜか急に焦りだす叶先輩だったが、先生の方が一瞬速かった。





「ん? そりゃ、赤点だったからだろ」





…………………はぁ????????


凍るクラスの空気。



い、いやいや待て。


叶先輩は、頭脳明晰だともっぱらの噂で、成績優秀、完璧な生徒会長だったんじゃあ……。



あんぐりと口を開く俺に、叶先輩は涙目になり、先生にすがるようにして近づく。



「あ、せ、先生!? それは言わないやくそ―――」



「国語30点、数学28点。理科17点に、社会42点。英語が60点。見事だったぞ、一星!」



「いやああああああああああーっ!!!」




途端、地面にどさりと座り込むなり、顔を覆って絶叫する叶先輩。


俺は恐々と叶先輩のそばに近寄る。



「か、叶先輩……? そそ、それは本当なんですか……」



途端、びくっと体を震わせたかと思うと、叶先輩は顔を覆ったまま、



「そ、奏くんに賢く見られていたかったのおーっ!! だからそういう優秀そうな風を吹かせてたのにい……っ!!!」



そう涙声で言う……お、俺に!?!?



心臓が思わず高鳴るが……いやいやいや、やはり脳が追いつかない。




「……お前、そんな人思いなやつだったか?」




その流れを全て見ていた先生が、あっけにとられたような顔で俺と叶先輩を交互に見る。




「こういっちゃ悪いが……一星はもっと不愛想で、人に興味がないようなやつじゃなかったか?」




その問いかけに、叶先輩は無言でぷいと顔を逸らす。


その顔がなんだかほんのり赤らんでいて、心臓がどきんと跳ねる。




「!!!」




その逸らされていた綺麗な瞳が、不意に俺に向けられ、俺は思わずたじろいでしまう。


叶先輩から目を逸らせずに固まる俺に、先輩はうるんだ瞳で口を開く。




「……頭が悪い私でも、その……こ、このままでいてくれる? 奏くん……」



「――っ!!! あ、そ、そりゃあ、ああ当り前じゃないですか!!」



その緊張した瞳が、一瞬にしてほぐれ、叶先輩が俺に近づいてくるなり、



「っ!?!?」


「よかったぁ……っ」



ぎゅ、と俺に抱き着いてきた!?!


しん、と静まる教室。





「「「も、もう限界だ!! 何があったのか説明してもらうぞ夏日奏!!!!」」」





この後、混乱と怒りが爆発したクラスメイトに事情を説明するはめになったが。



なにはともあれ、俺の高校二年生生活は、叶先輩と共に過ごすことになるようだった。








▲▽







「〇月✕日



やばいやばいやばいやばいっ、ばかな私でもいいって、当然だって、奏くん言ってくれちゃったんですけどーっ!?!?!? もう……好き♡♡」

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どうやら、俺と別れた次の日に元カノが記憶喪失したらしい。結果、前よりデレデレになってお付き合いを迫ってきます。 未(ひつじ)ぺあ @hituji08

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