第7話 えっ……一緒に見ないの?


「―――いってきます」



青く澄みわたった青空。


少し冷えた朝、玄関を出る。



今日から新学期。俺の高二ライフが、まさに今、幕を開けようとしていた。



「あっ、夏日くん!」



勇みよく道路に出たところで、いきなり後ろからかわいい声が俺を呼び止めた。



おいおい誰だ?

恋愛小説ではおなじみの、かわいい幼馴染の登場かと思わされるが……あいにく幼馴染なんて存在、俺には無縁だったことを思い出す。



そんな俺のことを、朝一呼び止めるやつなんざ……。


そう疑念だらけで振り返ると、



「っ!? あ、綾瀬さん?」



そこには、ポニーテールをふわりと揺らした童顔美少女、詩が駆け寄ってきているところだった。



いやいやいやいや、え? は?


混乱した中、そういや、春休みに会った時、ここら辺に引っ越したとか言ってたな……とどうにか思い出す。



「お、おはようっ、はぁっ」



小柄な体からは想像できないほど豊満な胸が、近づいてくるたびに揺れ、慌てて目を逸らした。


だめだ、こういう変態さがあったから叶先輩にフラれたのかもしれないんだぞ。自制、自制だ。



俺は思考をストップし、俺のすぐそばまで来た詩にはにかんだ。



「……通学路、一緒なんだ?」


「そうみたいだね。―――そうだ、夏日くん!」


「はっはいっ!!」



やばい。クラス一のモテ女子から名前を呼ばれるのは、メンタル的にやばい。しんじゃう。


というか、俺は詩とほぼ関わりなし。

しいて言うなら、近所のスーパーで叶先輩といた時に出くわした、あの時くらいか。


そんなスーパーアイドル詩様が、目の前にいて話しかけてくることが、感動を超えて恐ろしい。



ぶるぶる震える俺をよそに、小動物感満載な詩は、にっこりと優等生スマイルを浮かべたまま、俺をじっと見上げてきた。



「えっと。私ほら、まだ引っ越してきて間もないから、地理が全く分からないんだ。だから、しばらく一緒に登校してくれない?」


「は??」



幻聴か? 今、カーストトップの詩様に、一緒に登校してくれないかと頼まれた?



「あれ、ダメだった?」


「あ、その、大丈夫だけど……」


「ありがと。じゃあよろしくね」



にこ、とあどけないスマイルを向けられ、俺は口を閉口する。



「うた……綾瀬さんは、いいのか? 俺なんかと登校して?」



確実に変な噂が立つと確信できるのだが。

そうなったとき、困るのは詩だ。


困惑顔の俺に、詩は、言っている意味が分からないといったようにして、小首をちょこんと傾げた。



「いいって、何が? あ、あと、詩でいいよ」


「どっ、どうなっても知らないぞ……あ、俺も、奏でいいから」


「わかった。でも慣れるまでは夏日くんでいくね」



どうしよう。心臓がもたなさそう。


俺の隣で歩き始めた、相変わらず優等生スマイルの詩を、ヒラメみたいに目だけを向けて観察する。


よく見たら、お肌もめっちゃきれいだな……それに、制服を着ているというより制服に着られているって感じ、普通にかわいすぎない?


歩幅も俺の半分くらいだから、一生懸命に合わせようとしているところもポイント高し。



「……荷物、持とうか?」


「え? 大丈夫、ありがと」



あまりにも必死に俺に追いつこうとする詩に、たまらず声をかけると、ちょっとむすっとした声が返ってきた。


どうやら、歩幅が小さい事、本人も気にしていたらしい。俺が声をかけた後、急に大股になった。



優等生モテガールにも、悩みとか、あるもんなのかあ……と、ちょっと感慨深くなり、歩くペースを落とす。


その後、俺に追いついた詩の方を見ると、めちゃくちゃほっとした顔をしていて、笑いをこらえるのに必死だった。







「へぇ。意外と学校まで近いんだね、よかった」


「便利だよな、スーパーもあるし学校も近いし」



俺の家から学校は歩いて五分くらいで、あっという間に校門が見えてきた。


コミュ力が平均以下な俺にしては、登校中、結構会話を成り立たせられたと思う。



『前、叶先輩とスーパーで何してたの?』と聞かれたときは焦ったが……偶然会ったんだ、となんとか誤魔化せた、はずだ。



校門に近づくにつれ、同じ学年の奴らや生徒がだんだんと増えてくる。


俺は問題事を回避しようと、詩に優しくほほ笑んだ。



「それじゃあ、クラス発表、楽しんで! そんじゃあ!」


「えっ……一緒に見ないの?」


「え、いやぁ……っっっっ!! ま、まあいいけど……!!!」



そんな純粋な瞳で見つめてこないでくれます?! 何も言えなくなるだろ!!!



腹をくくり、俺は詩と一緒に校門をくぐる。



途端、俺たちを興味深げに、驚いたようにして見てくる生徒たち。


すごく気まずくなり、さりげなく詩から離れようとするが、詩がそのたび焦ったようにして寄ってくるので効果なしだ。



「……詩は気にならないのか? こう、周りの視線」



へっぴり腰のまま聞いてみると、



「? いつものことだから」



不思議そうにして俺を見上げてくる詩。なるほど、次元が違うのね。



なんだか吹っ切れたので、俺は詩と一緒にずんずんと人だかりの中に入っていき、堂々とクラス替えの張り紙を見上げた。


夏日、奏……っと。



「あった……2年B組か」


「夏日くん、私のも見てくれる? ……決して見えない訳じゃないんだけど」



なるほど見えないのか。


意地を張る詩に笑いをこらえつつも、俺は詩の名前を探し、



「……は?」



その途中、を見つけ、絶句した。




「夏日くん、どうしたの? 私のフルネーム、忘れた? それか私の名前載ってない?」



詩が心配げに俺の袖を引いてくるというドキドキイベントが発生していたが、そんなことも頭に入ってこないくらいに、俺は唖然、呆然としていた。




「え、あれって、え!?」

「なんで、先輩の名前が、B組に……!?」

「なにかのミスじゃないの? まさか、あの先輩が……」




周りもに気付き始めたのか、あたりが一層騒がしくなる。



―――留年制度なんてものが、そういえばこの学校にあったな、なんて、急に思い出す。



途端、急に視界が誰かの手で隠され、息を詰めた。





「だーれだっ」





……この、幾度と聞いたかわいさを凝縮した声、間違いない。




「……叶、先輩?」


「せーかいっ」




ぱっと手が顔から離れ、代わりに視界に叶先輩の整った顔が飛び込んでくる。


俺と叶先輩の周りから人が引き、俺は注目のど真ん中に。




「…………」




叶先輩は、紫色がベースとなっているこの高校の制服を着て、登校バッグを背負い、俺の前に立っている。




―――言いたいことは、みんな共通している。





……どうして、2年B組に、『一星叶』という名前が。


……そして、どうして俺なんかに、叶先輩が話しかけているのか。





騒然とした空気に、叶先輩は綺麗な顔に笑みを含ませたかと思うと、俺にぐいっと顔を寄せてくる。



そして、上ずった声で言ったのだった。






「えへへ……私、今日から奏くんの同級生になっちゃいました! ……ようやく奏くんのクラスメートだやったうれしい♡」

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