自分のための英雄⑧

 メモリアとメイアはサーレイション連合王国内を全力で走り回っていた。走っているのはメイアだけだが。その背後を追いかけるのはラグナが言っていた通りに現れた『神聖騎士団』だ。当然、メモリアたちはただ逃げ回っているだけではなく、道中に爆弾を落としたりして、国中を大混乱に陥れていた。


「あのーメモリアさん。あなた攻撃できないとか言ってませんでしたっけ? 俺の眼にはあなたが大量に爆発物を国にばら撒いてるようにしか見えないんですけど……」

「わしがやってるわけではないからのぉ。このセグウェイがわしが危険じゃと思って、勝手に防衛してるだけじゃからな。わしの意思ではない。じゃから、わしは攻撃しとらんよ」

「……そうですか。にしてもすごいですね彼ら。結構爆発を喰らってるように見えるのに、まったく動きに変化がない。あれ本当に人間ですか」

「まぁあやつらはヒトの形をした人形じゃからな。一応人間ではあるじゃろうが、そこはどうでもよかろう。お主、仮にもお主が生きていた国の人間が結構な人数死んでおるというのに、恐ろしいほど無反応じゃの」

「あーなんというかですね、人間って普通は俺の両親と同じで、こんな風に普通に死んでいくんだよなーって思ってたというか……人間って、こんなに弱い生き物だったんですね。それに気づいたら、特に何も感じなくなったというか、あ、死んでるって感じにしか思えなくなったというか。おかしいですかねこれ?」

「戦争期の人間にはよくある思考じゃの。人の死が軽い時代にはよくあること。わしらにとっては何もおかしい思考ではない。実に、英雄に向いた人間性をしておるよ」

「英雄に向いた、ですか」


 メイアは困惑したように首を傾げた。自分の中にある英雄とイメージがあっていないのだろう。


「お主が思っているよりも、英雄は美しいものではないということじゃよ。ぶっちゃけた話をするんじゃったら、英雄とは――む?」

「……囲まれましたね」

「じゃな。お主あれを突破できるか?」

「いや無理ですよ?」

「ま、じゃろうな。じゃが、問題はないじゃろ」


 そう言って、メモリアは視線を上に向けた。


「あやつのことじゃ、こういう場面で登場しないわけがなかろう?」

「ハハハ。本当に君は、ぼくのことを理解しているね。最っ高だよ」


 そんな声が聞こえたかと思うと、空から何かが落下してきた。着地した瞬間、爆風が響いたかと思うと、近くにいた騎士たちはそれで吹き飛ばされた。


「やっほーメモリア、それにメイア。滅茶苦茶面白そうなことになってるね」


 そんな風に登場したラグナは、顔の前で右手で横向きにピースをしながら、左手を腰に当て、体を斜めに傾け、ウインクをしていた。


「……突っ込まんぞわしは」

「ハハハ。まぁそれで問題ないよ。それよりもメイア。君に渡すものがある。ほれ、これだよ」

「え、それは――」


 そう言ってラグナが取り出したもの、それは『英雄の剣』だった。


「そ、『英雄の剣』、の本物だよ」

「え? それってどういう?」

「あのダンジョンに置かれていたのは偽物。本物は王城に隠されていたよ。全く、神様ってやつは徹底的なんだか雑なんだか。もっと分かりにくいところに隠すか、封印を厳重にするかすればいいのに」


 ラグナの表情には嘲笑が見て取れた。メイアはまだ困惑している様子だ。


「なんで……わざわざ偽物なんて、用意してあるんですか?」

「簡単なことさ。この世界の人間はね、英雄が生まれることなんて望んじゃいないんだよ」


 ラグナはそのまま話を続けようとしたが、騎士たちが動き始めたため、イライラした表情を隠そうともせずに手を上にあげた。


「あのさぁ、空気読んでくれない? 今は君たちの出番じゃないんだよ。あとでちゃんと出番はあるからさ、おとなしくしとけよ? 『歪め』」


 その瞬間、騎士たちは見えない壁にぶつかったように動きを止めた。


「よし、これでオッケー。とりあえず、英雄という存在が何か、そして『英雄の剣』についてを正しく認識する必要があるようだね。まずは英雄、特に戦いにおいて英雄と呼ばれるような人間がどういう存在か」

「後世になれば美化されるけど、その本質は敵を大量に殺した存在だよ。情けも容赦もなく、敵兵を殺し続け、その結果として味方の命を救う存在だ。英雄は美しい存在なんかじゃない、ただの大量殺戮者さ」

「そして『英雄の剣』についてだ。いまはこんな名前で呼ばれているけど、かつてこの剣は何て呼ばれていたか、知ってるかい? この剣はね、『殺戮の剣』なんて呼ばれていたんだよ。この剣はいわば戦争の象徴、今の世界において、ぼくら以外望まない力なんだよ」


 ラグナはそこで大きく息を吐くと、真剣な表情になりメイアを見た。


「さて、メイア。ぼくはこの剣を持つのにふさわしい人間は、この世界において君以外存在しないと思っている。だけど、この剣を持てば君は二度と、普通の人として人生を歩めなくなるだろうね。誰も君を必要としていない。望まれていない。それを理解しても、君はこの剣をその手に取ってくれるかい?」


 メイアはラグナの言葉を聞き、ひどく楽しそうに笑った。その笑顔には底知れない闇と、狂気と、興奮が混ざっていた。


「誰からも望まれない、ね。良いですね、それ。理由もなく求められるより、何倍も良い。迷う理由なんてありませんよ。だって俺は初めから、一人で生きられるように、自分のために英雄になろうとしてたんだから」


 メイアが『英雄の剣』を受け取ったその瞬間、メイアを、闇の混じった光が包み込んだ。そして、その光が晴れた時、メイアの姿は変貌していた。髪の毛は金色と血のような赤黒い色が混ざったような見た目をしており、その眼は髪と同じで金と錆びた赤色で、140㎝ほどだっだ身長は10㎝ほど伸びており、体格もがっちりとしていた。服装も変わっており、その恰好は英雄とも殺人鬼とも見えるような、神秘性と狂気を兼ね備えたような見た目をしていた。

 ラグナはその姿を見ると、ひどく楽しそうに笑い、口を開いた。


「さぁ、始めようか。そっち側は君に全部任せたよ」

「はい。わかりました」


 ラグナとメイアは自らの武器を構えると、ラグナは笑顔で、メイアは冷徹な表情で言った。


「かかってきなよ。木偶人形ども」

「行きますよ。覚悟してください」





あとがき

 メイアにとって重要なのは、正義とか悪とかそういうものではなく、理由があることです。理由があるなら、どんな悪事であろうと納得しますし、逆に理由がないならどんな善意も拒絶します。そのため、ラグナとメモリアは、はっきりとした理由を持ち行動しているため、メイアにとって尊敬する人間であり、自らのことをちゃんとした理由をもって歓迎したため、着いて行きたいと思いました。

 メイアにとって人の命はとても軽いです。両親があっけなく死に、ダンジョンに潜り、いつ死ぬかわからない経験をし続け、メモリアの手で人がどんどん死んでいく様を見た結果、人は簡単に死ぬ、そういうものだという価値観が根付きました。


 

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