自分のための英雄⑥

「――とまぁそういうわけじゃ。お主の周囲の人間が、お主を一切拒絶しなかったのは、神が人から悪意を奪ったためじゃ。それで、わしらはその悪意を取り戻そうとしておる。もちろん悪意だけじゃなく、変化しようとする意志もじゃがな」


 直接あの理由のない善意を体感していたからこそ、メイアはメモリアが言うことが真実なのだと理解できた。


「して、お主はどう思った? 神がやったことを」

「……なんというか、安心したかな。おかしいのは俺じゃなかったって」

「そうか。では、お主はどうしたい? これから」

「……ねぇ、メモリアさん。俺を仲間にしようとしている理由は、俺が世界に違和感を抱いていたから、俺が『英雄の剣』を使えるからかもしれないから、ただそれだけですか」

「そうじゃ。たまたまお主がそう言う存在だったからこそわしらはお主を仲間にしようとしておる。ショックか?」

「いや、むしろ逆です。どんな理由だとしても、理由があるだけで十分だ。俺は、それをずっと求めていたんだから」


 メイアの眼には、微かだが、光が再び宿っていた。その眼をメモリアにしっかりと向け、口を開いた。


「俺を、あなたたちの仲間にしてください」

「うむ。大歓迎じゃ。よろしく頼むぞ、メイア」

「はい! よろしくお願いします、メモリアさ――」


 その瞬間、メモリアの携帯に着信音が響いた。メモリアは、すぐさま電話に出た。


「む? なんじゃいきなり。一体何が起こったんじゃ、ラグナ」

『おそらくなんだけど、その洞窟に『神聖騎士団』が向かってる。今すぐに逃げて』

「本当か? いや、それを聞く意味はないのぉ。そうか『神聖騎士団』が······お主は今どうなっておる」

『ぼくは今城内に侵入中だ。ただ、わたしはわからない。おそらくダンジョンを攻略し終え、ポータルで帰還しようとした瞬間に干渉されたんだろうね、今は『神聖騎士団』と戦闘中だね』

「ふむ、お主はこれからどうするんじゃ?」

『もちろん、『英雄の剣』を手に入れてくる』

「ほう······了解じゃ。あぁ、一応言っておくが、メイアは仲間になるそうじゃよ」

『そうかい。歓迎するよ、メイア。よし、じゃあ頑張ってね』


 そう言って電話は切れた。


「······何があったんですか?」

「神が干渉してきたそうじゃ」

「神様が? えっと、さっきの話を聞いた限りじゃ、神様は世界に干渉する力を失ったんじゃ?」

「うむ、その通りじゃ。じゃがそれはあくまで、『世界の意思』が取り返した分だけじゃ。お主、神とはどういう存在じゃと思う?」

「······人から信仰される存在? あとは、世界を好きに操る存在とか?」

「うむ、両方正しい。そして今回重要なのは、前者じゃ。神は人から信仰されることによって、その信徒を通じて世界へ干渉できるんじゃよ」

「信徒を、通じて?」

「そのわかりやすい例が『神聖騎士団』じゃ。お主『神聖騎士団』を知っておるか?」

「えっと、教会に所属している人間で構成された、治安維持の部隊でしたっけ?」

「まぁその認識であっておるよ。より正確に言えば、あやつらの役割は世界の真実に気づいた人間の抹殺じゃ。平和なこの世界に、治安維持なんぞ必要じゃと思うか?」

「まぁ、いらない、ですね」

「あやつらはいわば神のマリオネット、神が世界に干渉するための道具じゃよ。神は信仰されることで、その信徒を操れるんじゃ」

「信徒を操る……なんというか、神様って本当に人間を愛してるんですか? 最も尊ぶべきであろう、自らを祀る存在を操るって」

「その辺は正直わしも分からん。じゃが、奴ら狂信者にとっては、神の命令はどんなものであろうと、正義じゃろうからな……愛されてると思っとるんじゃろうなぁ」

「その『神聖騎士団』が来るんですか?」

「うむ、ほぼ確実にのぉ。まったく、無駄に優秀なやつらじゃな」


 メモリアは呆れたようにため息を吐くと、真剣な表情に切り替わり、顎に手を当て、思考の海へと潜った。そして、メイアに視線を向けると口を開く。


「ひとまずこの洞窟を抜け逃亡するぞ」

「はい。えっと、どこに逃げるんですか?」

「国の中じゃ」

「え? 『神聖騎士団』って、サーレイション連合王国から来てるんじゃないんですか? なんでわざわざその国に?」

「あやつら一応治安維持を行う存在じゃ。町の中でうかつに暴れるわけにはいかんじゃろ? それは神の望むところではない」

「……なるほど。わざわざ敵が戦いやすい、人がいない場所に逃げるくらいなら、人がいっぱいいる国で逃げ回ったほうが、やりやすいってことですか」

「うむ、その通りじゃ。まぁ本音はわしが神に嫌がらせをしたいだけなんじゃがな。平和を守るための存在が、平和を崩す要因となる。実に楽しみじゃのぉ」


 滅茶苦茶ゲスい笑い方をしているメモリアにメイアはドン引きしながらも、武装を整えた。


「そういえば、メモリアさんって戦えるんですか? 何も装備してないように見えるんですけど……」

「わし自身は戦えんよ。『世界の記録者』はそういう存在じゃからな。じゃが、逃げるのは得意じゃよ。そういう道具を大量に持たされておるからな」


 メモリアはそう言うと、右足のつま先を地面に二度たたきつけた。すると、靴が変形し始めた。変形し終えたそれは――


「ほれ『セグウェイ』じゃ」

「いや何でセグウェイなんですか⁉」

「安心せい、これはただのセグウェイではない。これはな――」


 メモリアが小さく何かを呟いたかと思うと、メモリアの体は宙に浮かんだ。


「飛べる」

「いやだから何でセグウェイなんですか⁉」

「まぁ細かいことはどうでもえぇじゃろ。ほれ、行くぞ」

「……はい。行きましょうか」


 二人は片やどや顔、片やすっごい微妙な顔をして洞窟を出ると、国内へと突撃していった。





あとがき

 次回はラグナと『神聖騎士団』の戦闘です。まぁ多分いい感じになるんじゃないでしょうか。

 


 

 

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