出発は思いっきり派手に②

「何をしてる? えっと、そのー……座って、考え事を、してる?」


 滅茶苦茶困惑した回答が返ってきた。当然のことではあるが。


「――フッ、ハハハ。ごめんごめん。意地悪な質問だったね。でもまぁ、大体君の言うとおりだよ。考え事というか、計画を練っていたというか、そんな感じさ」

「計画? お兄さんは、何をしようとしてるの? その計画っていうのは面白いことなの? 良いこと? 悪いこと?」

「はいステイステイ落ち着いて? 一気に何個も質問されたら答えられないって」


(うんうん。やっぱいいねこの子。好奇心旺盛なのはもちろん最高だけど、一番初めに面白さを問うあたり、普通とは少しずれてるというか、ぼくと似ているというか……実にいいね)


「あっ、その、ごめんなさい。みんなはこれでも大丈夫だったからつい……迷惑だった?」

「いやいや、まったく迷惑ではないし、そうやってたくさん質問してくれるのはむしろ嬉しいさ。よし、そうだね。とりあえずひとつづつ答えていくとしようか」


(みんなっていうのがだれのことを指しているのかはものすごく気になるけど、今はぼくが答えるターンだから、我慢してと)


「まず、何をしようとしているか。わかりやすい言い方をするなら、この国を根底からひっくり返す、かな?」

「……国を、ひっくり返す? それは、革命とかテロとか、そういうこと? だったら、悪いこと?」

「まぁ大体そんなところかな? 良いか悪いかって話だったら、この国の人たちからすれば間違いなく悪いことだねー。最悪と言ってもいいんじゃないかな? あぁ、それと少なくともぼくにとって、今からすることは面白いことだよ。間違いなくね」

 

 彼は、とても悪そうな笑みを浮かべ少女に問う。


「さて、ぼくを放置しておくと大体5日後くらいにこの国が滅茶苦茶になるってことを知ってしまったわけだけど、君はどうする?」

「……どうするって言われても、ほかの人に言ったところで誰も信じてくれないだろうし、実際どんなことが起きるのか気になるし、面白そうだし……お兄さんの話、もっと聞いてもいい?」


(――あぁ、いいね。本当にいい。このくそったれた世界にこんな子がいるなんて。期待したくなっちゃうな、本当に……計画、少し修正しようかな。ほんのわずかでも可能性があるなら……信じてみるか)


「ハハハ。うん、もちろん構わないよ。好きに質問するといい。代わりに君の話を聞かせてもらえるならだけど」

「うん! いいよ。私のことでいいなら、なんでも」


(とりあえず、細かいことを考えるのはあとにして、今はこの時間を楽しもう)


「それじゃあまず、お兄さんは、なんでこの国でテロ? みたいなことをしようとしてるの?」

「それを話そうとすると、この世界の歴史とかいろんなことを話す必要があるから結構話が長くなるけど、かまわないかい?」

「大丈夫。むしろいっぱい話してほしい」


 ユウナは、その目を輝かせ口元を緩めた。その表情はどこか狂気を感じさせるものだった。そしてそれは、彼もまた同じだった。


「おっけー。それじゃあ話そうか。まず、大体1000年前、この世界では常に戦争が起きていたっていうのは知ってるよね? そしてある時を境にして、それらの争いが文字通り一切起こらなくなったことも。さて、なぜ突然戦争が起きなくなっのたか、歴史の授業とかではどう習ったか、覚えているかい?」

「えっと……思い出せません。というかそんなこと、教科書に何も書いてなかったような……」

「うん、それで問題ないよ。実際、ぼくが知っている限りでは、全ての文献に戦争が終わった理由は書かれていないんだよ」


 ユウナはその事実に驚くが、同時に疑問に思う。


「なんで誰もそのことを調べようとしないの? そんな大事なことが分からないまま放置されてるのに」

「君の言う通り、普通は誰かが調べようとするはずだ。だけど、誰もそうしようとはしない。それどころか、分からないということに疑問すら抱いていないだろうね。この世界に生きるほとんどの存在が」

「この世界においては、そこに疑問を抱いているぼくや君のほうがおかしいんだよね。不思議だよねー。まぁそんなことはどうでもいいんだけど」

「大事なのはなぜこんなことが起こっているのか。それこそがぼくがこの国をぶち壊そうとしている理由なんだけど……なぜだと思う?」


 ユウナは首をかしげながら考え、そして悩みながら口を開く。


「……神様が、何かした、とか? それくらいしか思いつかない……」


 彼は、穏やかな笑みを浮かべ頷き、答える。


「大正解だよ。そう、神様がやったんだ。比喩とかそういうのではなく本物の神様がね。神様はねー人々が殺しあっているのを見たくなかったみたいでね。文字通りこの世界から争いをなくそうとした。それで、何をしたかっていうとだね――」


 先ほどの穏やかな表情と違って、ものすごく不機嫌で、冷酷な表情をしながら話を続ける。


「神様は、世界に生きるすべての生き物から争いを生み出す原因となるような感情を奪い去った。恨みとか嫉妬とか怒りとか強欲とか、まぁほかにもいろいろ、一言で言うなら悪意をこの世から消し去ったんだ」

「で、これだけならまだ、全然よくないんだけど、まだいい。問題は次だ。ねぇ、争いがない世界、つまり恒久的平和な世界ってどういうものだと思う? 戦争が一生起こらない世界? まぁそれで何も間違ってはいないだろうね。だが、ぼくが思う恒久的な平和ってやつは、これじゃあちょっと足りない」

「戦争が起きないのは当然だとして、戦争が起こる可能性がほんの少しでもあるならば、それは完全な平和とは言えないと思うんだよ。そう、例えば、ほかの人と競い合う競争心や、さらに上を目指そうとする向上心なんかも、ある意味では戦争の原因となりうるんだよ。そうだ。神様もね、そう考えてしまったんだよ」


 彼は、その表情に怒りをにじませていた。


「それらも神様は奪い去ってしまったんだよ。変わろうとする、成長しようとする意志もね。その結果今の世界が出来上がった。ただ平和なだけで、一切変化しないクソみたいな世界がね。ぼくはこれが気に食わないんだよ。神様も、この世界もね」

「世界は、ヒトは、変わり続けなきゃいけないんだよ。生きるっていうのは変化することだ。終わりがあるから、不変じゃないからこそ生きているって言えるんだよ」

「だからぼくは、この世界を動かすことにした。どんな手段を使ってでも。変化し続ける、ぼくが正しい思う、世界の在り方を取り戻すために。これが、ぼくがこの国を滅茶苦茶にしようとしている理由だ」


 彼は、一気に話して疲れたのか大きく息を吐きだした。その表情はどこかすっきりしているように見えた。


「まぁこんな感じだね。やっぱり話を聞いてくれる誰かがいるってのはいいね。考えや感情の整理ができる。さて、君はどう思った? 神様がやったこと、ぼくがやろうとしていることを聞いて」

「……うーん、なんというか。すごいことをしちゃったんだね神様。お兄さんも、これからすごいことをするんだなーって……でも、なんというか、不思議だね。神様って変化しようとする意志を奪っちゃったんだよね? だったらなんで、私やお兄さんが生まれてきたの? 平和を壊そうとしているヒトや、それを面白そうと思うヒトが生まれるなんてことが、あるのかな?」

「……きみ、ほんとにいいところに気づくね。実はぼくより年上だったりする?」

「そんなことないよ! 私は見た目通りの十二歳の子供!」

「ハハハ。ごめんごめん。失礼なことを言っちゃったかな? 理解力が高いし、年齢以上に知識があるみたいだしね。誰かに教えてもらったのかい?」

「うん。みんなが教えてくれた。色々なことを、私に」


(ほんとに気になるな、そのみんなが誰なのか。まぁでもそれを聞くのはあとだね。今はこの子の質問に答えよう)


「さて、話を戻そうか。君の言う通り。ぼくが言ったことが正しいなら、ぼくたちが生まれるのはおかしいわけだ。だが、現にぼくたちは今ここに生きている。それはなぜか。答えは簡単だ。神様は、ヒトからそういった意思を完全には奪いきれなかったんだよ。神様は、ヒトを愛していたから」

「ただ、争いをなくしたいだけなら、ヒトから自由意思をなくすか、違いをなくしてしまえばいい。そうすれば平和な楽園の完成だ。まぁただのディストピアだけど。でも、神様はヒトに違いがあることを望んだ。意思があることを望んだ。だったら悪意も肯定しろよってぼくは思うんだけど……そういうわけだから、ぼくや君が生まれたってわけだ。ほかにも同じような意思を持つヒトはいるだろうけど」


 彼は、ひどくつまらなそうな表情で話を続ける。


「大抵のヒトはそういう思考を持っていたとしても、大衆心理に押し潰されて消えてるんだよ。当然といえば当然ではあるんだけどね。平和が、変わらないことが当たり前の世界で、変化を主張ができる存在なんてごくわずかだろうしね」

「さて、ほかに質問はあるかい?」

「そうだなー……あっ! ねぇお兄さん、戦争って別に、悪意がなくても起こるような気がするんだけど、土地とか食事とかの問題とかで」

「うん、その通りだね。当然戦争は、悪意がなくても起こる。じゃあどうすればいいか。これは簡単だ。資源が永遠に充実していればいい」

「それって、もしかして……」

「お察しの通りだよ。神様はあるものを創り、世界のすべての国、町、村にそれを設置したんだ。そう――」





 リスタルト王国の城内を、彼は当たり前のように歩いていた。時々人とすれ違うが当然のように誰も彼に気づくことなく素通りしていった。彼は、隠されていた階段をすぐに見つけ出すと、迷いなくその階段を降り地下へと向かった。


(確かここにあるはずなんだけど、いやまぁこの城の人間はほとんどがここの存在を知らないだろうし、知ってても入らないだろうから場所が変わるはずはないんだけど……お、あったあった)


 それは球状の形をし、碧く輝いていた。それからコードのようなものが伸びるようにして国中に広がっているように見えた。


「ほんと、なんで神様はこんなものを創ってしまったんだろうねー。これがあるだけで、ヒトも国も発展しなくなるのなんてわかっていただろうに。まったく、神様のくせに停滞なんて望むなよ。ヒトが変わっていく様をただ眺めて、文字通りすべてを楽しんどけばそれでいいじゃんか。はぁ……」


 彼は、恨めし気な、呆れたような表情をその装置に向けひとり呟く。


「永久機関なんて、ヒトの可能性を奪うものなんて創るなよ。神様」





あとがき

 今回でこの世界がどういうものなのか、また、主人公がどういう存在なのかがなんとなくわかったと思います。まぁ大体こういう感じなんだなーって温かい目で見守ってくれたら幸いです。

 あと、一応言っておくと、ぼく自身は別に平和を馬鹿にしているつもりはなく、平和が本当に正しいのか。逆に、戦争は本当に間違っているのか。ということをテーマの一つにして書いているだけですので、誤解なきようお願いします。

 

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