モブコメ!~モブキャラだと思っていたら、ラブコメ主人公でした~

光山宗

第1話 新春

 少し開いた窓から春風が入り込む。生地の薄いカーテンが揺れて、隙間から朝日が差し込んでくる。ここぞとばかりに鳴り始める目覚まし時計は、朝の六時を指していた。

 しばらく鳴り続ける目覚まし時計に嫌気がさし、布団の中から手を伸ばし半ば強引に時計を止める。ベルの音が無くなった部屋では、代わりに小鳥の囀りが聞こえてくる。

 心地よい温度の布団は、まるで七〇キロ台のバーベルの様に重く感じる。結局布団から出られた時には、もう六時半になっていた。

 やっとの思いで布団から出た僕は、閉ざされたカーテンに手を伸ばす。カーテンを開けると、今まで遮っていたお日様の光が入り、暗かった部屋に明るさが広がっていく。思わぬ光の強さに少し目を細める。

 顔を洗うため、一度部屋を後にする。

 壁に掛かったカレンダーは四月になっており、今日の日付の欄に『入学式』と赤い太字で大きく書かれていた。字の書き方から妹のものだろう。それを目にした瞬間、早朝のいい気分は一瞬にして消えていった。それと同時に酷い眠気と倦怠感がじわじわと滲み出てくる。

 普通の場合、高校の入学式となるとワクワクしたり、ドキドキするのだろうが、僕にとっては面倒くささしかわかない。

 わざわざ周りに気を張り、周りに合わせ、人の目を常に気にしながら生活しなければならない空間。

 目立ちすぎてもダメ、かと言って目立たな過ぎてもダメ。常に普通・・・を装わなければならない。

 そんな面倒なことを強制されなければならない場所が僕にとっての『学校』と言う存在なのだ。

 さっさと顔を洗い、下に降りることにした。

 階段を下っていると、台所の方から何やら美味しそうな香りが漂ってくる。

 我が家は両親が共働きなのと、鼻歌が聞こえるのもあり、きっと朝食を作っているのは妹だろうとすぐに予想つく。

 台所を除くと予想は大当たり。

 朝ご飯を作り終えたのか、気楽に鼻歌いそれに合わせて体を揺らし流しで調理道具を洗っていた。

 そんな微笑ましい妹の姿を見ていると、先ほどまであった倦怠感が薄れていった。意外と自分の気分と言う物は、想像するより軽い物なのかもしれない。

 ご機嫌な妹の気分を損ねないよう、物音を立てずにゆっくりとリビングの方に足をむける、はずだった。

「人の恥ずかしいところを盗み見しておいて、朝の挨拶もなしにどこに行くつもりなのか。お兄ちゃん?」

 背中の方から殺意に似た視線を感じる。

 どうやら我が妹の蒼空そらはご立腹の様だ。

 妹を思っての行動が、どうやら裏目に出てしまったようだ。

 確かに起きたのに『おはよう』を言わないのは失礼極まりない行動だった。

 この石田家長男、石田日出理いしだじでり、一生の不覚! 穴があったら入りたい。

「……黙ってないで何とか言ったらどうなの。バカ兄」

「あ、う、うん。おはよう。あと、覗いてごめん」

 妹が頬を膨らまし始めたので、これ以上はまずいと思い、おはようも兼ねてここは素直に謝っておくことにした。

 昔、一度だけ顔がパンパンになるほど蒼空を怒らしてしまったことがあり、そしたら一週間一言も口をきいてくれなくなってしまい。なんとも辛い日々だった。それ以来、こうして蒼空が頬を膨らみ始めたら謝ることにしている。

 もうあんなこと二度とごめんだ。絶対。

「よろしい。それじゃ朝ご飯もできていることだし、ご飯にしよ」

 そうすると蒼空の表情は、しかめっ面から天使のような笑顔に戻り、その顔に独り静かに癒されながらほっと胸を撫でる。

 テーブルの上に白米、味噌汁、鮭に出汁巻き卵といつもと変わらぬ物がすでに二人分並べてあった。

 我ながら良くできた妹だと心底思う。

「いただきます」

 二人声をそろえて言い、朝ご飯を食べ始める。

 最初に出汁巻き卵を口に運ぶ。

 味は期待道理の美味しさ。鮭もいい焼き加減と塩加減、白米との相性はぴか一、生まれながらにして鮭と米は運命共同体と言っても可笑しくはない。そうでないとしたら、作る側が特別なのかもしれない。毎朝の様に食べているが、厭きることが今までで一度もない。それだけが、僕の一番知りたい妹の最大の謎だ。

 一度だけ、何か特別な味付けでもしてるのではと思い。妹に聞いてみたが、全て『ないしょ』といたずらっぽい笑みを向けられ、それ以上の深入りは兄である僕にもできなかった。

 だって、仕方がないじゃないか。

 誰だって実の妹から、笑顔を向けられればそれでいいと思ってしまうのだから。

「そう言えばお兄ちゃん、今日から高校生だね。おめでとう。」

「え?あぁぁ、うん、まぁ」

 急激に現実に戻され、またもや倦怠感が押し寄せてくる。

「…はぁ、そんなに嫌なの?学校行くの」

 どうやら顔に出ていたのか、蒼空は呆れたように深いため息と共にごもっともな疑問を問われる。

「だって、面倒くさいじゃん。あんな人の多い所にいたら、疲れすぎて死ぬ」

「じゃあなんで受験したん。学校行かずに働けばよかったじゃん」

「それはそれで嫌だ。高校だって母さん達が必死に頼むから受けたんだから。僕はね、のんびり生きていたいんだよ。時間があれば趣味に全時間を使いたい」

 蒼空はそこまで聞くと、さらに深い溜息を吐いた。そのまま一気に残りの味噌汁を啜ると、食器を洗いに台所にゆっくりと向かう。

 どうやら僕はまた、何か気に障るようなことを言ってしまったようだ。今後もっと気を付けなければ。

 僕も朝ご飯を全部食べ終えて、皿を洗おうとしたら蒼空にそこに置いとけと言われ、僕は食器を流しに置き着替えをするため自室に戻る。

 今日から中学の時とは別の制服なのだが、これが全く自分に似合わないのだ。

 僕がこれから通う高校『全校一貫、櫻阪学園』は、制服は自分で決められるシステムになっていて、男子は学ランかブレザー、女子はセーラー服か同じくブレザー、と言ったようになっている。

 こんな変わった学校は他にないと思う。

 僕が選んだもの、と言っても勝手に選んだのは母親なのだが。ともかく僕が着ることになったのはブレザーの方だ。

 なんというか、僕には格好が良すぎるような気がするのだ。

 姿見を前にして、一応身だしなみを整える。

 学生カバンに必要最低限の物を詰め込み、ついでに自分が愛用している一眼レフカメラも入れておく。

 学校に向かう準備も完璧なったうえで、もう一度忘れ物はないか確認し、自室を出て玄関へと向かう。

「ちょ、ちょっと、お兄ちゃん」

 新しく買い替えた革靴を履いていると、後ろから少し焦ったような声で呼び止められる。

 そこには家を出る準備もでき、お弁当を二つ持った妹が立っていた。

「お弁当、忘れてる」

 やはり僕は少し抜けているところがあるみたいだ。

「ゴメン、ありがとう」

 蒼空からお弁当を受け取ると、そのまま鞄の中へと突っ込む。

「途中まで一緒に行く?」

「…私は最初からその気だったんだけど」

 途中までだが、一緒に学校に行くか誘ってみると、蒼空は最初からその気だったみたいで、唇を尖らして拗ねてしまった。

 と言うわけで、蒼空と共に家を出ることになった。

 家を出て数分歩くと、遅咲きの桜が連なる並木道に入る。

 春風と共に舞い散る桜の花びらは、まるで僕たちのことを祝うかのように見えた。

 並木道をゆっくりと進んでいると、自分と同じ制服を着た生徒らしき人たちがちらほら見えてくる。そんな中にセーラー服に身を包んだ見知った人の後ろ姿が見えた。蒼空は直ぐに気付いたのか、こちらを見てくる。

「ねぇ、お兄ちゃん。あの人って」

「うん、たぶん……だろうね。同じ高校だったんだ」

「だよね。ていうか、知り合い進路先も知らなかったの?お兄ちゃん。声掛けてみる?」

「あははは……。いや、いいよ。どうせ向こうから掛けてくると思うし」

 蒼空から不意打ちのダメ出しに苦笑いしつつ、あえてこっちから声をかけずに向こうから来るのを待つことにした。

 すると、数分もしないうちに予想は的中した、こちらの視線に気づいたのか、誰か確認するように少しだけ顔を傾けたと思った瞬間、勢いよくこちらに向き直る。

「おっはよう、ヒデ、そらちゃん」

「あ、ああ、うん。おはよう」

「おはようございます」

 あいかわらず元気の良すぎる挨拶に、ワンテンポ遅れて僕たちも挨拶を返す。

 いつになってもこの明るさは変らないな。

 この人、皐月李衣さつきりえは、僕らにとっての昔馴染み、いわゆる幼馴染と言うやつだ。

 李衣は昔から太陽の様に明るく、元気な女の子であった。その所為か、色々付き合わされた記憶しかない。だから僕にとって、一番関わりたくない人物の一人だ。

「もー、ひどいなー。気付いてたくせに、声の一つも掛けてきてくれないの?」

「ええ~、だって面倒くさいし。それに、話す気もなかったから」

「ひどくない!」

 そんな風に、テンションの高く絡んでくる李衣に対し、僕は気怠げに軽くあしらう。というやり取りを続けていると、いつの間にか学校に到着していた。

「それじゃあ、お兄ちゃん。私こっちだから」

 そう言うと、蒼空は中等部の校舎へと駆けて行く。

 走る妹の背中に向かって、無言で手を振る。

 しかし、あることを思い出し、蒼空を呼び止める。

 蒼空が振り返った瞬間で、すでに鞄から取り出したカメラのシャッターを切る。

 僕が写真を撮ったことに気付くと、顔を赤くして逃げるように再び後者の方へと駆けだしていった。

 そんな可愛らしい妹の姿を眺めながら、今度こそ何もせず見送る。

「ねぇ~、私は撮ってくれないの?」

 清々しい気持ちでいる中、空気が読めないのか李衣が羨まし気にジト目を向けてくる。

「李衣は撮る必要ないよ。これから嫌でも覚える程一緒にいるんだし」

「え?あ、う、うん。そ、そうだね」

 どうやら怒らしてしまったのか、耳まで真っ赤にして俯いてしまう。

 どんな顔をしているのか知らないが、きっと鬼のような顔をしているんだろうな。そうでなきゃ顔を隠す必要がない。

 僕はそれ以上刺激しないように、静かに歩き出し、集合場所となっている高等部体育館に二人で向かうのだった。

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