最終話 (逆)ハーレムを作れなくても


 好意を持たれる方法――そんな方法が本当にあるとは思えない。でも実際にレナは色んな人から好意を持たれてる。

 半信半疑で「聞きたい」と答えるとレナは柔らかく微笑んだ。


「好きだって気持ちや、いいな、凄いな、ありがとうって思った気持ちもすぐ伝えなさいって。お金もない、魅力もない。頭が良い訳でも無いなら好きって気持ちは変に飾ったり、出し惜しみしちゃいけないんだって。『駆け引き』は頭の良い美人だけが使える上級スキルだから私には絶対使えないって」


 それは――簡単といえば簡単な、だけど私には到底できそうにない方法だった。


 だって、子どもの頃、純粋な褒め言葉を嫌味に受け取られたり、変に受け取られたりした事があるから。

 反応に困ってる内にレナは言葉を付け加える。


「あ、嫌な風に受け取られたら、もうその人には言わなくてもいいんだよ? その人と自分は合わない、それ以上考えなくていい。でも、シュゼム先輩はきっとヴィオラの言葉をちゃんと受け止めてくれるよ」

「でも……何だか難しそう」

「ヴィオラは恥ずかしがり屋さんだもんね。でも、自分が思った事を素直に伝えて相手が喜んだら凄く嬉しくなるんだよ? 試しに私に好きって言ってみてよ」

「な……」

「私の事好きでしょ? 好きじゃない?」


 両肘を着いて、そこに顔を乗せて可愛く首を傾げるレナに言葉が詰まる。


「す……好きか嫌いかで言ったら、好きって事になるけど」

「うん。私もヴィオラの事が好きだよ。私に一緒に勉強しよう、って声をかけてくれたのがヴィオラで良かった」


 好き、と伝えたレナの笑顔は本当に嬉しそうで――心がスッと軽くなる。


「自分の事を受け止めてくれる人に感じた小さな好きや大きな好きは、すぐに言うの。そうしたら、自分の心も相手の心も温かくなるから」

「これ、もうちょっと早く教えて欲しかった……!」

「タイラー様達と食事するようになってから何度も言ったんだけどね。でも今思い返すと『ヴィオラって何でそんなに無愛想なの? もっと笑った方が可愛いよ!』とか『もっと素直になった方が良いよー』なんて……ヴィオラが嫌な気持ちになっちゃう言い方してた。私達、振る舞いとかマナーばっかりに必死でその辺駄目駄目だったよね。でもヴィオラと過ごした6年間は本当に楽しかったんだよ?」


 そう言われてふわっとレナからは悪意のない助言をされた日々が頭によぎる。あれも、これも全部、善意だったのだと思うと何だか肩の力も抜けて、確かに駄目駄目だったな、と苦笑いしてしまう。


「そうね……私も、レナとちゃんと向き合えたこの3年間はすごく楽しかった」

「それ! そんな風に言われたら凄く嬉しくなる! 卒業前に聞けてよかった!」


 レナの嬉しそうな表情に、タイラー様達が惹かれた理由が分かった。何のしがらみも情念もない慈愛の微笑みは凄く暖かくて――心地いい。

 自分が誰かを純粋に喜ばせたり笑わせたりする事が出来ているというのは、それだけで凄く心が弾む。


 レナと親友になれたこの3年間――何の重圧もなく色々な事が学べて、話せて――本当に楽しかった。

 今まで得られなかったものが一気に満たされていくような感覚は同時に心に余裕ももたらしてくれて、気付けばレナ以外の生徒とも気楽に話せるようになっていた。


「……良かった。私、タイラー様を横取りする形になっちゃったからヴィオラがシュゼム先輩と良い感じになって、本当に良かった」

「横取りする隙間なんて無かったわよ……それに、いいなぁとは思ってたけどレナみたいな想いは抱いてなかったから、本当気にしないで」

「シュゼム先輩には?」

「……抱いてなかったら、多分レナの旅に付き合ってたかな」


 レナは私の気持ちを受け止めてくれる――だから、素直な気持ちが自然と口に出た。そしてレナは少し驚いた顔をした後、やっぱり、優しく微笑んだ。


「そっかー……ヴィオラと一緒に国中回ってみたかったけど私、タイラー様以外の人だったら応援するって言っちゃったもんね! 私正直シュゼム先輩ちょっと苦手だけど……でも、シュゼム先輩がヴィオラを想う気持ちは本物だと思うから、ヴィオラが頑張る限り応援するし、何かあったら助けに行くね……!!」


 シュゼムが送ってきたハーブクッキーを両手にレナが微笑む。その温かさが渦巻いていた不安を落ち着かせてくれた。



 そして、卒業式を終えて――寮の退去日を迎えた。

 レナは皇城から人が迎えに来て早々に寮を出てしまった。そして、私の迎えもそこからそう時間が立たない内に現れた。


「……迎えに来る時位は、ちゃんとしないとなと思ってね」


 明緑を基調にしたジュストコールに暗緑を基調にしたベストとキュロットは完全に高位貴族や高位の文官が身につけるそれで、身に付けている小物もかなり値の張るものだと分かる。


 いつも前髪に隠れていたダークグリーンの眼がはっきり見える。

 顔立ちはかつて惹かれた時と同じ――いや、それ以上に綺麗に整っていて、端から見たら何処の有力貴族だろうと思う位のオーラが漂っている。


「それにヴィオラ、子どもの時『いつか白馬の王子様が私を迎えに来るの』って言ってたし。僕、王子じゃないからせめて白馬だけでも――って思ったんだけど白馬も希少だから薄灰の馬しか手配できなかった」


 やっぱりこの男の前であれこれ話した子ども時代の私を恨む――けど、夢を叶えてくれようとしてたのは素直に、嬉しい。

 だって、それは私の事が好きだからしてくれる事。私の言葉を気にかけてくれてるからできる事、だから。


「あ……ありがとう、ゆ、ゆ、夢叶えようとしてくれて……う、嬉しい」

「……」

「な、何? 何か変な事言っちゃった?」


 怪訝な表情のまま固まったシュゼムに失敗しちゃったかな、と不安がよぎった、けど――


「ご、ごめん、まさか、お礼言われるとは思ってなかったから……喜んでくれたなら何よりだ。あ、荷物、僕が持つよ」


 顔が少し赤くなったシュゼムが私のトランクケースを持って、私を馬車までエスコートしてくれた。

 乗合馬車じゃない、専用の馬車に乗るのは初めてで――しかも結構高級な感じがするからドキドキする。


「ごめん、何だかこの馬車、凄く落ち着かない……」

「良かった、僕もあんまりこういうの好きじゃないんだ。でも乗合馬車に比べて振動がずっと少ないから本読んだりできるんだよ」


 シュゼムはそう言うと床の隅にある木箱から一冊の本を私に差し出した。あ、これ私が前に手紙で読みたいって言ってた本だ。


「……家にもいっぱい本があるんだけど、僕も仕事が忙しくてまだ読めてない本がたくさんあるんだ。だからヴィオラが読んで面白いって思った本を教えてくれたら嬉しい」

「分かった。あ、でも……先にシュゼムが読んだ本の中で面白いって思った本を教えてくれる? シュゼムが読む本って私も面白いなって思う本、結構あるから」

「う、うん……じゃあ今僕が読んでる本をまずオススメしようかな……この馬車の中で一気に読み切っちゃっていい?」

「もちろん。私もこの本早く読みたいし」


 その後、二人して無言で本を読み耽る。

 穏やかな時間と、読み終えた後のやりとりが心地よくて――レナに相談していた時の何ともいい難い不安はすっかり消え失せていた。



 それから、数年後――私とシュゼムの結婚式がサイ・ヴァルトの教会で行われた。


「私、村の子達に嫌われて――村の人達も皆私の事嫌ってるって思ってたけど、それって自分が殻に閉じこもってたからそう見えてただけかもしれない」

「ヴィオラがそう思うなら、結婚式には村の皆を招待してみようか」


 シュゼムとそんなやりとりがあったのもあって、式には村の皆を招待した。

 予想通り、私と年が近い子達は1人も来なかったけど村の大人達や子ども達からは祝福されたし、お父さんとお母さんが私のドレスを見て大泣きしてくれたし、アトモスさんがずっと好きだったっていう奥さんを連れて来てくれたし――


 何よりレナが『ヴィオラ! お洒落する時間がなくて、着の身着のままでごめーん……!!』って息と魔力切らせて駆けつけてくれた。

 ただ、扉を開け放ったタイミングが丁度シュゼムとの誓いの口付けのタイミングで式場一体が不思議な緊張に包まれた時は私もどうすればいいのか分からなかった。

 どうやら私が招待状を皇都にあるレナの家に送ったタイミングとレナ達が皇都に戻ってきたタイミングが悪かったらしい。


 高速移動ステップっていう凄い速さで移動できる上級魔法でここまでやってきたそうで、その3時間後――パーティが終わりかけた頃にタイラー様が馬に乗ってレナを追いかけてきた時は皆で笑った。


 平謝りのレナと困りながらも優しい目を向けるタイラー様、ずっと良かった良かったとよりそう合うお父さんやお母さん、奥さんの為にせっせと料理を持っていくアトモスさん、互いに料理の感想を言い合う村の夫婦達――皆が皆、容姿だとか、地位だとか魔力だとかに拘らずとも人はちゃんと幸せになれるんだって教えてくれる。


 逆に、どれだけ容姿や地位や魔力に恵まれていても、大切な物が欠けていたら幸せになれない事もあるんだろう。

 自分の殻に閉じ籠もって見えてなかったものが、色んな人のお陰でようやく見えてきた気がする。


(……私も、シュゼムと一緒に幸せになりたい)


 自分で踏み躙ってしまった初恋――あんまり綺麗とは言えない、子どもにもちょっと説明しづらい歪んで拗れた初恋だけど、これからずっと、大切にしていきたい。


 チラ、とシュゼムの方を見ると彼も穏やかな眼差しで私を見つめていた。それが嬉しくて見つめ合っていると「熱いなぁ、新婚さん!」と野次が飛んで、お互い顔を真赤にして顔をそらした。


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※最後までお読み頂きありがとうございました!本作はこれにて完結となります。

面白かった、と思われた方は下の☆☆☆から評価を入れて頂けると次回作への励みになります……!


 本作に出てきた公爵や侯爵が出てくるお話もありますので興味がありましたら作者ページからどうぞ!

(「婚約破棄された桃色の子爵令嬢~」や「選ばれなかった紫色の侯爵令嬢」にはラリマー公やアルマディン女侯が、「馬鹿にされた萌黄色の伯爵令嬢~」にはアベンチュリン侯が出てきます。またこの世界に日本人が異世界転移してくる「異世界に召喚されたけど価値観が合わないので帰りたい。」も連載中です♪)

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追い詰められた胆礬色の男爵令嬢~(逆)ハーレムを作る為に必要なもの~ 紺名 音子 @kotorikawa

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