第10話 好意を持たれる秘訣(※レナ視点)
私の名前はレナ。魔力の大きさを示す称号と姓がつけ加えられたから、正式な名前はレナ・ズィーベン・ベスタ……らしい。
村では皆名前で呼び合っていたから自分の名前の後に更に名前っぽいのが続くのは数年経ってもどうにも慣れない。
ベスタ村に魔力測定官が来たのは私が12歳の頃。都市に住んでいる子達は10歳になる年に領主様の館で魔力測定を受けるらしいんだけど、都市に住んでない子ども達は魔力測定官って人達が3、4年おきに国中の村や貧村に測りに来る。
もしそこで大きな魔力を持つ子が現れたら国が保護する代わりに村と家族に大金が支払われる、村にとって一大イベント――そこで私が大きな魔力を持ってる事が分かった。
ズィーベンは魔力の大きい平民だけに与えられる、凄く特別な称号なんだって。
皆と同じアハトの方が響きが良くていいんだけどなぁ――と思ってるのは私だけだったみたいで。
「ズルいー! レナだけ凄い魔力もあるなんて、本当ズルいー!! でもそのズルさのお陰でこんな美味しいパン食べれるからレナ、ありがとー!!」
私が国に引き取られるって話になって、魔力測定官が村長とお父さん達にピカピカの金貨や銀貨が入った小袋を渡してた。
数日後、村の皆にサイコロ状のチーズが入ったパンと干し肉、果実水が配られた。
皆食べた事もないパンに感動したり、大人達はお酒飲んでたり――そこから数日後には村の壊れた柵やずっと隙間風が吹いてた所や雨漏りしてた所が直されてたり。
皇国の馬車に乗る前に村の皆は私の為にチーズパンと新しい服と、化粧品を買ってきてくれた。私の食事や衣服は全部国が用意してくれてるのに。
「上手くやるのよ、レナ! あんた、空気読めない所あるから!!」
「貴族の端金は私達の大金! 皇都の道に落ちてるお金見つけたらこっちにまとめて送って! 貴族誑かしてどんどん稼ぐのよ!?」
「駄目よ!! せっかく魔力に恵まれてるんだから裕福な貴族と一緒になった上で自分も稼がないと!」
「うん、皆も元気でね! 一人前の魔道士になったら仕送りするから、死なないでね!!」
私が居た所は『居場所を失くした人間は悪に染まりやすい。税を払えない以上何かあった時に何かしてやったりはせんが、悪事を働かない限り追い出す事もせん。弱者といえど協力し合えば自分の村位は守れよう』という寛大な公爵様の意向もあって貧民同士で協力しあって暮らしていた。
皆、良い人だった。大人は皆気性が荒い人が多くて殴り合いもしょっちゅうあったけど、翌日には恥ずかしそうな表情で声かけあってたり――そんな想い出を振り返っていると涙が出てきて、馬車の中で泣いてしまった。そんな私を魔力測定官の人が励ましてくれた。
「貴方が魔法を学び、国の役に立てるようになればあの村の税を収めて余りある収入が得られるでしょう。学院では色々と辛い目にもあう事もあるでしょうが、頑張ってくださいね」
寒い冬も魔物の襲撃も不作な年も、皆で力合わせて乗り越えてきたけど魔力に恵まれた私が頑張って村の皆の分の税を収めて保護を受けられるようになれば、皆もっと楽になれる――幸せになれる。
(私が頑張って、お父さんやお母さん、村の皆に良い思いさせてあげないと……!)
魔力測定官の人の励ましはしばらく私の心の支えになった。
学生寮は村にいた頃とは比べ物にならないくらいしっかりした作りの建物で、隙間風も雨漏りもしない。食事も色とりどりで豪華な物を食べられるし、フカフカのベッドで寝られるし、支給された服だって綺麗だ。
でも、あの時皆で食べたチーズパンほど美味しくはなかったし、身を寄せ合って眠る床と麻布ほど暖かくはなかったし、手首や足元まで覆う服は何だか落ち着かない。
村にいた頃よりずっといい環境にいるはずなのに、幸せじゃないのは何でだろう――そんな疑問の答えが出るのはすぐだった。
「まあ、貴方……まともに文字も読めないの?」
普通は10歳位で引き取られて、文字を教えられた状態で入学するらしいけど12歳で引き取られて完全に文字を教えられないまま学院に放り込まれた私の自主勉強はなかなか上手く捗らず。
教科書に読み詰まっている所に金髪の令嬢に声をかけられた。
「えっと……あなた、ロザンヌ、だっけ? そうなの、読めない文字が多くて困ってるから教えてくれない?」
「仲良くもないのに名前を呼び捨てにするなんて失礼でしてよ。文字よりまずは人に物を頼む言い方を勉強なさったらいかがかしら?」
ロザンヌには凄く嫌な感じで見下されて、周囲の令嬢達にはクスクスと笑われた。
嫌な気分になった。でも私は貧民で、彼女達は貴族様だ。
村の皆からは『お貴族様は俺らとは全く別の生き物だからな。何言われても気にすんなよ!』って言われてる。
翌日、目がまたロザンヌと目があった。周りの人とクスクス笑うその姿に、本当に嫌な気持ちになった。
嫌われてるなら関わらない方が良いかな――って1人で頑張る事にした。
だけど、寮の自分の部屋に戻る度に涙が溢れた。この学院の人達は殆ど貴族だ。別の生き物だらけの場所で生きなきゃいけないのは、ちょっと、辛かった。
移動中も、食事中も、クスクス笑われて――彼らと出会ったのはそんな頃だった。
「貧民には難しい課題かも知れませんが、貴方は特待生なのだからこの位乗り越えてもらわないと」
「その芋臭い振る舞いと言葉遣いを何とかしろ。じゃないと仲良くしようがない」
「その年でまだ文字もまともに読めないのですか……哀れですね」
チェスター様やツィリン様、テト様から棘のある言葉や哀れみの視線を向けられた中でタイラー様だけ『多少文字が読めるのなら』と文字の絵本をくれた。
文字を覚えたての子どもが読むような本は文字が分からなくても絵で内容を伝えてくれて、私に学ぶ事の楽しさを教えてくれた。
タイラー様の気遣いもじんわり心に染みた。けど、タイラー様は色々忙しいみたいでなかなか話す機会がなかった。
村ではずっと誰かが傍にいてくれた。一人ぼっちでいる寂しさに慣れない中、図書室の隅で私が読めるような本を探して向き合っていた時、ヴィオラと初めて会話した。
「よ……良かったら、私と一緒に勉強しない? ひ、1人で勉強するより、2人で勉強した方が効率いいと思うのよ。特に振る舞いなんて誰かに見てもらわないと気づきにくいし」
この学院で初めて、そんな風に言ってくれる女の子が現れた事に驚いてしまった。私が声を出せないでいるとヴィオラはふいと視線をそらしてしまった。
「……貴方が私なんかと仲良くしたくないなって思うなら、無理にとは言わないけど」
「ううん、一緒に勉強しよ! 私、レナ! 貴方は確か、ヴィオラだよね!?」
ヴィオラも色々手こずっててクラスの皆に笑われてるのは知ってた。でも、別の貴族の人に話しかけて冷たくあしらわれたから、貴族って嫌な人ばっかりなんだと思って――ヴィオラもそうなんだろうなって思って、ずっと声をかけられなかった。
ヴィオラに文字を教えてもらって、振る舞いや言葉遣いもお互いに注意しあって――そうするうちにいつもヴィオラと一緒にいるようになって、私に近づく人達の態度が少しずつ変わっていった。
ヴィオラとタイラー様の態度だけがずっと変わらなかった。昔も――今も。
「だから、タイラー様は皇国から命じられた私のお目付け役? っていうのかな、私が変な事しないように、されないように見守る人で、チェスター様は特待生がちゃんと学院生活送れてるか見守る人で、ツィリン様は魔力が大きい私を自家に招き入れる為に近づいた人で、テト様は私を教会に勧誘しようとした人。だから皆が皆私に好意抱いてた訳じゃないんだよ?」
「貴方から見ればそうなのかも知れないけど……」
ヴィオラを自分の部屋に招いたささやかなお茶会の中で過去を振り返りながら皆との馴れ初めを話すと、ヴィオラはちょっと納得いかなそうな目で呟いた。
「誰から見てもそうだよ! 『魔力が大きいから相手してるだけですので勘違いしないでください』とか『俺がお前を愛する事はない』とか言われたもん!」
「私と話す前にそんな事言われてたんだ……」
もう6年近くも前の、ヴィオラと出会う前の辛い出来事――ヴィオラが頑張ってる中で水を指すのも悪いと思って言えなかった事。
「そうだよー。そんな事言ってきた人が好意持つなんて考えると思う? そりゃあ最初会った頃に比べて皆優しくなったなーとか丸くなったなぁって思うけど、それって私がようやく見られるようになってきたからちゃんと自分の役目を果たそうって思いだしただけだと思うし、ハーレムなんて絶対皆の勘違いだよ!」
入学当初の私は本当に痩せ細ってて貧相で、振る舞いもなってなかったからそんな風に言われても仕方ないのかなって思ってたし、お三方それぞれ良い所もいっぱいあるし、皆頑張りや屋さんだと思うし、意地悪な人だなんて全然思ってない。
人間誰だって嫌な所の1つ2つ持ってるものだし。村の皆だってカッとなるとすぐ手が出ちゃう人はいっぱいいたし。
でも――そういう人達と仲良くする事は出来ても好意なんて抱けるはずがなくて。
「でもね、タイラー様は最初から私に優しかったの。文字が完全には読めない事を馬鹿にしなくて、分かりやすい本をくれた。あの4人の中でたった1人だけ、最初から優しくしてくれた人だったから……ヴィオラが告白するって聞いた時、やだな、って思っちゃったの」
タイラー様がヴィオラと結婚しちゃうかも知れない――って思った時に感じた気持ちは凄くイガイガしてて、体がソワソワして。どうすればいいか分からなくなって。
「でもヴィオラの事も大切で、シュゼム先輩からヴィオラの事聞かされて、私ヴィオラの役に全然立ててなくて、ヴィオラが追い詰められてる事にも気付けなくて、大切な人が2人も同時にいなくなっちゃうと思ったら、パニックになっちゃって……あの時は本当にごめんね……!!」
「もうその件はいいから……本当に恥ずかしいからやめて」
「今2人きりなのに?」
「2人きりでも恥ずかしいものは恥ずかしいの……!」
向かい合うヴィオラは顔をそらした。その横顔は真っ赤に染まってる。私はまだ謝り足りないんだけどなぁ――と思うけどヴィオラが嫌だって言うならやめなきゃ。
あの事件以来、ヴィオラはポツポツと私の態度や発言にイライラしてた事を教えてくれた。
私、村の皆にも結構空気読めない所あるとかしつこいって言われてたから、また悪い癖出ちゃってたんだ!? と慌てて謝ったらヴィオラは『私もずっとレナに酷い態度だったから』って許してくれた。
ヴィオラの態度が酷いって思った事、一度も無いんだけどなぁ。
「……ねえレナ、何で私なんかとずっと一緒にいてくれたの?」
ヴィオラがハーブ入りのクッキーを摘みながら、ポツリと呟いた。そのままヴィオラの口に含まれたクッキーのザクザクした音が耳に響く。
「また私なんか、とか言うー! 好きだからに決まってるじゃない!」
「こんな性格悪い女の何処を好きになったのか、分からなくて……シュゼムも私の事好きだって言ってたけど、何処が好きなのか分からなくて、上手くいくのかなって……」
「あ、そっか……確かサイ・ヴァルトでシュゼム先輩と1年間お試し同居するんだっけ?」
「うん1年間、彼の近くで過ごしてみてから決めたいって手紙に書いたら何でかそういう話になって、家賃とか家具の購入とか考えなくていいな……って思ってたんだけど、明後日迎えに来ると思ったら急に不安になって……」
そう――明日は高等部の卒業式で明後日には私達は寮を退去する事になる。
私は卒業したら治癒師兼浄化師として各領を回る事になってる。
必要とあれば結界の張り直しとかもしなきゃいけないらしくて、もう聞くからに忙しそうな日々が待ってるんだけど、タイラー様が護衛騎士として旅に同行してくれるしベスタ村やヴィオラのいるサイ・ヴァルトにも定期的に足を運べるみたいだから悪い事ばかりじゃないし、不安もない。
でもヴィオラは今、卒業後シュゼム先輩と暮らす事に不安を感じてるみたい。
(このクッキーもそうだけどシュゼム先輩からヴィオラ宛てに<友達と食べるといいよ>って毎節お菓子やお茶の差し入れが届くし、心配する事なんて無いと思うけどなぁ……)
ヴィオラに塩対応された後、寂しそうにヴィオラの背中を見つめるシュゼム先輩と、シュゼム先輩の話をしようとすると表情を曇らせるヴィオラ――何だか2人の関係は複雑みたいだった。
『複雑な男女の間にお節介で割って入っても良い事なんて一つもないよ』って村のお姉さんが言ってたからグッと堪えて見守ってたけど、あの事件以降二人の仲も大分改善したみたいで本当に良かったと思う。
好きって気持ちは拗れちゃうと大変な事になるんだなぁって分かったからこそ、拗れに拗れちゃったらしい2人の関係が少しずつ解けていくのが嬉しかった。
(でもヴィオラが今、不安でいっぱいなら何とか力になってあげたい)
ヴィオラは出会った時から何処か影があった。何か抱えてるんだろうなぁって、いつか話してくれたら力になりたいなぁって思ってた。
だから中等部で素敵な人見つけられなかったら村長の息子と結婚しなきゃいけない、って事情を打ち明けられた時には友達として認められたみたいで嬉しくて、力になろうと必死に皆に伝えて――だけど、結局力になれてなくて。ヴィオラを追い詰めちゃった。
――でも、今なら。今なら、私、ちゃんとヴィオラの力になれそうな気がする。
「……ヴィオラ、私ね、本当魔力しか取り得がなくて、ヴィオラみたいに美人じゃないし、頭も良くない……でもタイラー様は今も私と一緒にいてくれてる。私はお母さんが言ってた好意を持たれる方法のとおりにしてるだけなんだけど……その方法、教えてあげよっか?」
今度こそ、
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