第9話 拗れも歪みもしない初恋(※アトモス視点)


 俺とノーラさんとの出会いは、俺が12歳の時だった。

 森から現れるグリーンベアに結界の薄い場所の農作物を荒らされるようになって、親父が冒険者ギルドにグリーンベア討伐を依頼した。


 ノーラさんを最初見た時は頬に魔物に引っ掻かれたような古傷があって、正直怖かった。

 だけど、屈強な3人の男達と一緒に長方形のデカい刃物を2つ器用に扱ってグリーンベアを仕留めるノーラさんを見た時、体がビリビリするのを感じた。


(すっげぇ、超カッコいい……!!)


 お礼に家に泊まってもらった時、防具を外したその人の腕や足にも無数の傷があったけど、その時はもう怖いなんて思わなかった。

 短くても艷やかな黒髪と深緑の目、筋肉質かつしなやかな体型は(色っぽいってこんな感じの人の事をいうのかな?)と思う位、見惚れた。


 それから数年間、グリーンベアが森から出てくる度に冒険者ギルドに依頼を出して、ノーラさんは村に立ち寄ってくれた。


 超カッコよくて、超強くて、超美人なノーラさんに少しでも自分を認識してほしかった俺はノーラさんに弟子入りを志願した。


「俺もあんた達みたいに強くなりてぇ! 手合わせしてくれ!」


 そう言って、魔物退治の間の数日間だけ訓練してもらって――もちろん自主鍛錬も1日も欠かさなかった。5年後には魔物退治にも強引に着いていくようになった。


 魔物討伐に怪我はつきもんで、ただでさえあんまり見てくれが良くない顔を怪我した時は父さんも母さんも相当渋い顔をしていたが、弟のシュゼムだけは「ノーラさんとお揃いだ。カッコいいね」と言ってくれた。


 ヴィオラちゃんとこの村と合併して結界の力が強化されてもうグリーンベアが出なくなった時は村の被害が収まって一安心したけど、ノーラさんともう会えなくなる寂しさも大きかった。


「また手合わせしに来てくれよな!」

「ああ、ここの芋は美味いからな……気が向いたらまた寄らせてもらうよ」


 最後にそんなやりとりをしてノーラさん達の背中を見送った後、俺は体を鍛えた。ノーラさんは物凄く食うから芋を収穫できる量を増やす為に畑も広げた。


 けどノーラさんも、一緒に来ていた男達もそれから誰一人村に立ち寄ってくれる事はなかった。

 それでも俺はいつか来てくれる事を願ってひたすら体を鍛えたし、その力量を見込まれて他の村から魔物討伐の協力を仰がれた時は、もしかしたらノーラさんに会えるかもしれないなんて希望を抱いて現地に駆けつけたが、会える事もなく。


 もう会えねぇのかなぁ――なんて思ってた時にシュゼムがヴィオラちゃんと喧嘩した。


 2人が喧嘩する少し前に村の子ども達にヴィオラちゃんを仲間外れにするなって注意したんだが――逆に火に油を注いじまったのかも知れない。

 普段泣かないシュゼムが主都に行く時に泣いていたのが殊更俺の罪悪感を刺激した。

 これ以上ヴィオラちゃんが追い詰められる事がないようにと俺に出来るだけの事はした。

 

 ヴィオラちゃんは元々この村にいた女の子からしたらシュゼムに近づく新参者で、ヴィオラちゃんの村の女の子からしたら一足先にシュゼムと仲良くしてるズルい子だ。


 俺も女の子からしょっちゅうシュゼムとの仲介役を任されたり大人達からは顔だの頭の出来だのを比較されてウンザリしてたからヴィオラちゃんの気持ちもかなり分かる。


 流石に10歳下の弟に怨みを抱くほどガキでもなかったが俺も、ヴィオラちゃん位の年齢だったらどうなってたか分かんねぇ――そう思うとヴィオラちゃんが可哀想で仕方なかった。

 だから見守ってやる以上に気にかけてしまってた面は否定できねぇが、それが不味かった。


 ノーラさん以外の女性を気にかける俺を見た親父達が浮足立って向こうに縁談を持ちかけた時は流石に「俺は自分の半分も生きてねぇ女の子に興味ねぇ!!」と怒ったが、向こうの親父さんが「娘が学園でいい男を見つけてこなけりゃ受ける」なんて言い出すから話がややこしくなった。


 事の顛末を綴った手紙をシュゼムに渡すようにヴィオラちゃんに頼んで、3年――


 <僕がヴィオラを高等部まで面倒見るから。その後ヴィオラがどうするかはヴィオラ次第だから。両親とヴィオラの両親には兄さんから上手く言っといて>と簡素な手紙が届いた。


「……全く、世話かけさせやがって」


 それを俺に説明させるってどうなんだよ? そこは自分で説明しに来いよ――とは思ったが文官1年目のあいつは色々忙しい時期だろうし、ヴィオラちゃんさえ幸せなれたならそんでいいんだ、俺は。


 ついでに可愛い弟も幸せになるなら願ってもねぇ、と落胆する両親にはっきり自分の気持ちを告げた。

 ヴィオラちゃんの両親は平謝りだったが表情は明るかった。あらかじめ言ってなかった俺が悪いとは言え、嬉しさが滲み出てる態度にとちょいと凹みつつ――そこからまた1年の月日が流れた。



 気持ちがいいくらいの青空の下、家の外で薪を割っているとこっちに向かってくるフード付きのマントを羽織った人間が視界に入った。

 この村の人間じゃないのは明らかだった。冒険者か、野盗か――何にせよ、話しかけないという選択肢はねぇ。


「あんた、冒険者かい? 悪いがこの村には宿屋なんて洒落たもんはねぇんだが……」

「いや、キャクタス卿の依頼でこの手紙を村長の息子に届けてほしいと頼まれて……って、まさかあんた……アトモスかい?」


 忘れるはずもない声に頭が真っ白になってる内に向こうも俺が誰か気づいたようで、そっとフードをおろした。


「ノーラさん……!?」

「これまた随分と大きくなっちまって……まさか頭まで筋肉になってないだろうね?」


 何年ぶり、だろう――少し老いた感じはするけれどその目つきも古傷も、かつて憧れた女性のものに他ならなかった。


 家の中には父さんと母さんがいる。邪魔されたくなくて家から少し離れた丸太を保管している小屋の方に案内した。


 作業の途中で小休憩できるよう小屋の中には椅子やテーブル、ポット、茶葉が置いてある。貴族が飲む高級なもんじゃないクズっ葉だけど、無いよりマシだ。


「ちょっと待っててくれ、芋もあるから今から煮て……」

「そんなに構わなくていいよ」


 椅子に座ったノーラさんは苦笑いする。まあ芋は後でも良いか、とちょっと冷静になって俺もテーブルを挟んだ向かいの椅子に座った。


「……ノーラさん、あんた一人で来たのか?」

「ああ」

「皆はどうしてんだ? パルクさんとかビットさんとか……」


 ノーラさんと一緒にいた男達の名前を指折り数えるとノーラさんの表情が曇った。そして視線を伏せて、俺が淹れた茶をじっと見つめながら言葉を紡ぎ出した。


「バルクは……私がヘマやらかしたせいで死んじまってねぇ。私もその戦いでもう剣を振れない体になっちまった。ビットやブレイスの足手纏いになるのも嫌だからパーティも解散したんだ」

「だ……誰かに求婚とかされなかったのか!?」

「はは……顔にこんな傷が出来ちまったらもうもらってくれる男なんていないさ」


 ノーラさんは自嘲するがぶっちゃけ、ノーラさんはモテてた。傷があっても色気があるというか覇気があるというか、とにかく今も昔も良い女感が全面に出てる。

 ノーラさんのパーティーの男達全員がノーラさんに懸想してたのも間違いない。


「……あんたの周囲にいた男は、そんな傷で引くような男達じゃなかった。あんたは強い。だからあんたに惚れる男は皆、強い男だ」


 笑い飛ばされないように真剣にノーラさんを見つめると、ノーラさんはお茶に少し口をつけた後、肩を竦めた。


「……お察しの通り、2人から求婚されたけど全部フッたんだよ。幸い、あいつらには皆、慕ってくれる女の子がいてね。大切にしてくれる人がいるなら、その人の傍にいた方が絶対に良いだろ? 私はどっちにもそういう想いを持ってなかったからね」


 人の事を思いやるノーラさんに心が温かくなると同時に、どっちの男にもそういう想いを持ってなかった事にホッとする。

 もしかしたらバルクさんにはあったのかも知れねぇけど――なんて思ってる内にノーラさんは言葉を続けた。


「それで……それまで稼いだ金を元手に主都の隅に小さな家を買って自分1人で出来る仕事で細々食い繋いでたらあんたの弟がその手紙を届けてくれって家に来てね。ついでにあんたが未だに私と結婚するなんて夢見てるっていうから、依頼を受けるついでに現実見せに来たのさ」


 言いながらスッと差し出された手紙を開いてみる。ザラついた紙じゃなくてちょっと質の良い紙に弟も出世したなぁ――なんて思っていると、


<今まで色々迷惑かけてごめん。これで許して>


 あーーーーいーーーーつーーーー!!


 1行埋めるにも満たない、弟らしい手紙に脱力する。だが、この1行を書くまでに弟がどれほど苦労をしてきたかも察さざるを得ない。


 アベンチュリン領の主都の文官の中でも領内のギルド関係は把握し、ギルド登録者の名簿まで確認して実際にコンタクトを取る事が出来るのは――侯爵補佐かギルド監察官じゃないと難しい。


(俺の為にそこまで頑張ってくれたってのは嬉しいんだけどよ……!!)


 でも俺が今でもノーラさんと結婚したいと思ってる事まで言わなくてもいいじゃねぇか――という怒りは取り敢えず喉の奥に突っ込んでおく。これはシュゼムに会った時に吐き出そう。


「まあ……それなら話は早いな。結婚してくれ」

「あんた、今私が話した事ちゃんと理解してるかい? 私はもう……」

「大切にしてくれる人がいるならその人の傍に居た方が絶対に良い、ってさっきノーラさんが言ったばかりじゃねぇか。俺の見てくれや性格が不快だってんなら諦めるけどよ」


 村の女の子からどうしようもなく評判が悪い見てくれだ。ただ、ノーラさんを取り巻いてた男達は皆俺みたいな感じだったし、多分ノーラさんは面食いじゃない、そう信じたい……!!


「はぁ……あんたは会えば手合わせだの強くなったら結婚してくれだのうるさかったねぇ。あんたがまだ私を諦めてないって事を聞いた時は本当、呆れたよ」


 困ったような苦笑いだが、声は冷たくない。ただ、本当に困ってるように感じた言葉は少しの沈黙の後、更に重ねられる。


「……私は今は良ければ、楽しければと思って生きてる人間だ。誰かを大切にしようなんて思った事一度もない。私はあいつらのように、あいつらを慕ってた子達みたいに、人を大切にできるとは思えないんだ」

「心配しなくて良い。俺はあんたに大切にしてもらいたいなんて思ってねぇ。あんたが傍にいてくれるだけでいいんだ。俺が作った芋を美味しく食ってるだけでいい」


 小っ恥ずかしい言葉がスラスラ出てくる。顔が熱い。頭も熱い。それでも言葉が止まらない。


「正直子どもは欲しい。でもあんたが嫌なら養子なりなんなりもらう。あんたが死ぬ時に傍で看取らせてくれりゃそれでいい。俺があんたを大切にするのを許してくれるだけでいいんだ」


 俺は超カッコよくて、超強くて、超美人な人を大切にしたいだけなんだ。昔も今も、その気持は全然変わってない。


「……あんたはいい男だよ、アトモス。嫁が居ないのが不思議なくらいだ」


 ノーラさんの優しくて穏やかな表情に胸も急激に熱くなっていく。


「……ま、強くなったらな、で交わし続けた私の負けだ。あんたがこんな傷だらけの、しかもあんたよりずっと年上の私でもいいってんなら結婚してやるよ」

「15歳差なんて大した事ねぇ。ノーラさんはあの時からずっと、俺にとって誰よりカッコいい美人だ。それじゃ俺、芋取ってくるからちょっとここで寛いでてくれ!」


 もう全身が熱くなってとにかく走り出したくて、芋を口実に俺は小屋を飛び出した。

 家に行くまでに何回ジャンプしたか分からない。浮足立つ――というより全身が浮き立つような衝動に駆られた。


 その日の夜は、何かもう色々諦めてたらしい両親が咽び泣くわ、ノーラさんは美味しそうに芋の煮物食べてくれるわ、村の大人達は俺の長年の恋が叶った事を祝ってくれるわで最高の1日だった。


 その翌日――俺とノーラさんは一緒に主都に向かった。ノーラさんの家を引き払う為と、<許す>と一言だけ書いた手紙を届ける為に。


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