第8話 拗れて歪んだ初恋・2 (※シュゼム視点)


 ヴィオラはタイラー達がベスタ嬢に好意を持って近づいてきたんだと思っているみたいだけど正確には違う。

 彼らは家の命令でベスタ嬢に近づいた。護衛の為に、監視の為に、卒業後の彼女を自家に取り入れる為に、教会に取り入れる為に、それぞれの目的を持って。


 ベスタ嬢の魔力は治癒師に最適な、限りなく白に近い桃色だ。怪我人や病人の治療は勿論、魔法学を学べば魔物の血や体液に汚染された土地の浄化や魔物が近づけない結界を張る事もできる。

 彼女には貧民出なんてどうでもよくなる位の価値があるのは勿論、彼女と子を成せば魔力の強い子が生まれる――その打算はどの令息からも感じ取れた。そこに好意が滲み出始めたのはしばらくしてからだ。


 だからいくらヴィオラがベスタ嬢に比べて美しくても彼らがヴィオラに興味を示す訳がない。

 美しさは貴族の世界において、地位と魔力に勝る魅力にはなり得ない――というより、ヴィオラ程度の美しさでは魅力と呼ぶに値しない。

 この国でヴィオラ以上に美しい令嬢なんて、何百、何千といる。その上ほぼ平民のヴィオラは高位貴族である彼らとの共通の話題も乏しい。


 だからヴィオラが横取りに失敗するのは目に見えていた。ベスタ嬢に真実を暴露されて大恥をかけばいいと思っていた。


 その結果、ヴィオラが僕を責めるなら僕が責任を取れば良い。

 ヴィオラが僕を責めないなら僕が責任を取ると言えば良い。


 僕は世間体なんてどうでもいい。アベンチュリン領の主都の文官に求められるのは実力だけ。世間体は全く重要視されない。そもそも領主である侯爵の世間体が酷い。


 だからヴィオラが惚れるかもしれない薬を使って、バレて大恥かいて孤立するようにベスタ嬢を誘導した――はずだった。


 食堂でヴィオラとベスタ嬢がパンを買って出ていくのを見て、後をつけて――ああ、今日この後タイラー様に告白するのか、って感じの会話を盗み聞いた後、一人になったベスタ嬢に声をかけた。


「ヴィオラは有能な男達に囲まれる君に嫉妬してたんだ。だから僕が作った相手を惹き付ける薬を使って君に想いを寄せる男達を君から奪おうとしてる」

「えっ……!?」


 良心の呵責に苛まれてる風を装ってベスタ嬢がヴィオラに悪意を持つように、言ってやるとベスタ嬢はとても驚いていた。


「少し前から君もおかしいと思ってただろう? 皆がヴィオラに向ける眼差しが変わってる事に。僕もこんな事は駄目だと思ってたんだけど……ヴィオラが『レナは誰も好きじゃないから』って。でも、本当にそうなのかな? 君が自分の想いに気づいたら可哀想だと思って……」

「ヴィオラが、まさか、そんな……」


 べスタ嬢はいい子だった。僕の説明を全く疑う事無く受け止めている。

 こういう純真無垢で優しくて――相手の心情の裏を見透かそうとしない鈍感な子が人に好かれるのはよく分かる。


 手や足がショックに震えるベスタ嬢は想定内だったけど――想定外だったのはそこからだった。


「私のせいだわ……!! 私がちゃんとヴィオラに寄り添えてなかったからヴィオラを追い詰めちゃったんだ……!!」


 ベスタ嬢はヴィオラを一切責めなかった。すぐに魔力探知を発動させたかと思うとヴィオラの元に走り出し、タイラー卿への告白を横取りした上でヴィオラを庇ったようだった。


 ヴィオラは何が起きたのかわからないような顔をしているヴィオラが見えたけど、僕も何が起きているのか分からなかった。


 親友が自分に好意を抱く男を横取りしようとしてるのは、親友に寄り添えなかった自分のせい――何をどう考えたらそういう発想になるのか本当に分からなかった。


 呆然とする内にヴィオラがベスタ嬢に抱きしめられて泣きだした。防音障壁を張られて嗚咽こそ聞こえなかったけど、ヴィオラが心の底から泣いてるのが伝わってきた。


 泣きじゃくるヴィオラと、ヴィオラの頭を撫でるベスタ嬢を見てどうしようもない敗北感が、心の内を覆った。


 僕が、村で、あるいはヴィオラが学院に来た時に『僕のせいでごめんね』って素直にヴィオラに謝れていたなら――




「……こんな物を彼女に渡したらどうなるのか何も考えてなかったのか? もし公になっていたら君も彼女も処刑されていたかも知れないんだぞ!?」


 あの事件があった日の夕方、寮の僕の部屋に1人で押し入ってきたタイラー卿は惚れるかも知れない薬を摘みながら渋い顔で僕を睨んできた。

 

「ははっ、タチの悪い冗談だね……僕を裁くならこの薬に合格を出した薬学部の教師、ひいてはヴァイセ魔導学院の責任も問わないといけない。そうなったら理事長の孫のチェスター卿は困るでしょ? トラブルの元凶であるベスタ嬢の責任も問われる……ただでさえ貧民という悪い立場なのに国の意向で高等部に進学せざるをえない彼女の立場は危うくなるし……そもそも、他人から貰った食べ物を容易に口にした被害者の未熟さも指摘されるだろうねぇ」

「貴様……」

「……僕は僕なりに彼女を助けようとしたんだよ。結果的に君も君の大切なベスタ嬢も無事なんだからそんなに睨まないでくれない?」


 自嘲を込めて笑ってやるとタイラー卿は無言で背を向けて部屋から出ていった。

 今回の件で何も失ってない――それどころか何もしてない癖に報われた奴に偉そうに物申されても何も響かない。


 あいつらがベスタ嬢に惹かれだした理由は容易に推測できる。

 令嬢達は皆、相手を見定める。貴族なら当然の行為だけど、まだ10代の未熟な令嬢達はそれを取り繕う術を持ってない者が多く、その見定めの視線も表情もけしていいものではない。


 ベスタ嬢はそれがない。相手を見定める必要がないからただ相手と向き合う。だから構えなくて済む、そんな安堵感は平民ならではの武器かもしれない。


 類まれな魔力で有力貴族の子息達を引き寄せて、純粋な振る舞いで惹きつけて――聖母のような優しい気持ちで何もかも包み込む器の大きさがレナ・ズィーベン・ベスタがハーレムマスターたる所以なんだろう。


 僕もヴィオラも自分の事に精一杯で、他人の事情や気持ちまで思いやれなくて一番大切な物を見落としていた。


 気を張らずにいられる温かさと、他人を思いやり、心から寄り添う気持ち――なんて、誰でも持てそうで、持てないもの。僕達に決定的に欠けていたもの。


(……まあ僕は人の心にズカズカ踏み込んでくるような子は嫌いだけどね)


 むしろ、自分が踏み込めなかったヴィオラの心にズカズカ踏み込まれた事が悔しい。

 ヴィオラを助けてくれたベスタ嬢に感謝はしてるけれど、この苦い気持ちと敗北感はずっと引きずっていくことになるんだろう。


 本当に、これでベスタ嬢が美貌まで兼ね備えていたらアルマディン女侯と並び――


(……いや、ベスタ嬢には複数の伴侶を平等に愛するという器用な芸当はできないみたいし、あくまでプチハーレムマスター、といった所かな)


 ハーレムの事に意識がいったのを機に机の引き出しから紙をペンを取り出し、書きかけの論文に手を付ける。

 アベンチュリン領の文官の中でも僕が希望する部に就く為にはこの論文を完成させなきゃいけない。



 男性と女性のハーレムの大きな違いは完全なハーレム――つまり、複数の婚姻関係を作り上げる事が出来るかどうかは男性と女性で大きく差が開く。


 男性がハーレムマスターの場合、短期間で複数の女性と子を成す事が出来る。その間の身体能力の低下も無い為、ハーレム完成率は女性に比べて大分高い――いや、女性のハーレム完成率が異様に低いとも言える。


 女性がハーレムマスターの場合、1年~2年に1人産めるかどうか。その上長期間の身体能力の低下や体調不良、出産時の激痛などが原因と推測される。


 何より、少しでも優れた子孫を後世に残したいのが女の本能だ。その為複数の男からもっとも優れた男の遺伝子のみを宿そうとする者が多く、結果、婚姻関係に至る前に穏便に解散するプチハーレムが多い。


 基本的に女を主としたハーレムは構成の難度こそ男と変わらないもののハーレムの持続、あるいは完成となると本能と非常に相性が悪いのである。


 本能と言えば『種をバラ撒くのが男の本能。だから男の浮気は仕方ない』という本能だけに重きをおいた暴論に対しては『より有能な男と出会えばそちらに乗り換えるのが女の本能。だから女の浮気も仕方ない』という皮肉が成立する事をここに余談として記しておく。


 これらの理由により女性が「ハーレム」を完成させた例は歴史を紐解いても数が少ない為、以降、本研究では女を主としたハーレムは逆ハーレムと記す――


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