第7話 拗れて歪んだ初恋・1 (※シュゼム視点)


 ヴィオラに初めて会った時、結構可愛い子だなって思った。でも運命的な出会いがどうとか、痺れるような感覚とかそういうのは無かった。


 そういうのを感じたのは、ヴィオラが毒を持つ花に触れようとした時。


 注意したら『何で毒があるの?』って聞いてきて、理由を教えてあげたら目を輝かせて感心したように驚いてくれて、あれは、これは?って質問してくれた。

 村で僕の好きな物に同じように興味を持ってくれる子はいなかったからその反応が凄く新鮮で――嬉しかった。


 今までも本で得た知識を村の皆に披露した事はあるけど、皆『すごい、シュゼムは物知りなんだね』って言うだけで。

 別に僕は褒められたくて勉強してる訳じゃない。知りたいから学んでるだけ。だから村の皆の称賛はむしろ煩わしく感じた。

 だから、僕が好きな物に興味を示してくれるヴィオラが僕の中で『特別』になるのにそう時間はかからなかった。


 この草にはこういう特性があるんだって言ったらヴィオラはどんな反応するんだろう? こんな風に言ったらどんな風に聞き返してくれるかな――ヴィオラと話す内容を考えるのも、実際に話すのもとても楽しかった。


 父さんと母さんみたいに、朝も昼も夜もずっとヴィオラといたいなって思った。ヴィオラを誰にも取られたくなかった。


 だから僕が学院に行く事が決まった日――『手紙を送るにもお金がかかるからしばらくは手紙もまともに送れないと思うけど、ヴィオラを迎えに戻ってくるから待っててほしい』って、ヴィオラに言おうとした時だった。


「シュゼムとはもう遊びたくない」


「もうやだ、シュゼムなんか嫌い! 私から皆離れていったのはシュゼムのせい!! 皆、みーんなシュゼムの事ばっかり! シュゼムが皆に冷たくするから私も皆に冷たくされるの!!」


「もう私に話しかけないで!!」


 後、何て言われたかな――よく覚えてない。ヴィオラは散々泣き叫んだ後、自分の家に篭って。

 村の奴等に詰め寄ろうとしたのを『今お前が何をしても全部逆効果だ』って兄さんに止められて。


 何も出来ない内に僕が学院に行く日が来て。見送ってくれる村人達の中にヴィオラの姿はなかった。


 僕の初恋は想いを伝える事もできずに、ヴィオラを助ける事もできずに、粉々に砕け散って――アトモス兄さんの馬に乗せてもらって主都に向かっている時に、僕は兄さんに当たり散らした。


 何で僕を止めたんだ、僕のせいで起きた事なら、僕が何か出来たかも知れないのに――そう叫ぶ僕に兄さんは至極冷静に返した事を覚えてる。


「村が統合されてまだ一年も経ってない。どっちの村の奴等の気も立ってる。そんな中で村から離れる奴が火種撒こうもんならヴィオラちゃんの立場を悪化するだけだ」


 そんなの知るもんか。僕が何したっていうんだ! 話についてこれない奴らに好きな話を熱く語ったって虚しいだけじゃないか――そう呟くと、兄さんは大きな手で僕の頭を撫でた。


「ヴィオラちゃんの事は俺が見守っとくから、お前は勉強に集中しろ。皇都にはお前以上に頭良い奴がいっぱいいるんだぞ?」

「……戻ったら、ヴィオラと仲直りできるかな? 僕が学院に行ってる間に恋人とかできて、僕の事忘れちゃうのかな……?」

「お前……ヴィオラちゃんの事が好きだったのか?」

「……村で、僕の話に本当に興味を示してくれたのはヴィオラだけだったんだ。だから……」


 涙声になってる自分が恥ずかしくて俯くと兄さんが頭を掻く音が聞こえる。兄さんが困った時の癖だ。


「そうかー……俺も村の皆もお前やヴィオラちゃんみたいに頭良くないからなぁ。でも学院ならヴィオラちゃんみたいにお前の話に興味示してくれる女の子もいるかも知れねぇぞ?」

「嫌だ、ヴィオラが良い」


 頭の中でどんなに頭のいいお姫様や美人を思い描いてみても、寄り添う姿を想像してみても心はちっとも弾まない。ヴィオラとしか話したくないとすら思ってる。


「あんなにこっ酷く拒絶されたのにかぁ?」

「兄さんだってノーラさんに相手にされてないのにずっと待ってるじゃないか」

「わはは、それ言われると弱いなぁ! まあ、兄弟揃って惚れた女への執着心が強いって事だな!」


 兄さんはひとしきり笑った後、ワシャワシャと僕の頭を乱雑に撫でだした。


「……分かった。俺がヴィオラちゃんがこれ以上傷つかないように守っとくから、お前は学院でしっかり勉強して文官か学者になるんだ。それでもヴィオラちゃんがいいって思ったら村から連れ出せ」

「村から……?」

「ああ。旅人や視察の貴族に見初められでもしない限り、ヴィオラちゃんはあの村の男と結婚して、あの村で一生暮らす事になる。村の女の子達だってそうだ。そんな中でお前が戻ってきてヴィオラちゃんと結婚してみろ……村の雰囲気は最悪になる。お前が知らない場所でまたヴィオラちゃんが苦しむのが目に見えてる」


 アトモス兄さんの言葉は冷静で、先を見通していた。

 僕は興味のない事は知ろうとも思わないけど、兄さんは他人の感情に機敏で多くの村人を無難に纏め上げる力に長けていると思う。


「これから先お前に助けてもらう事はちょくちょくあるだろうが、お前が村に永住する必要はねぇんだ。お前があの村に収まっちゃいけない存在だってのは父さんも母さんも俺も分かってるからな」


 兄さんの言葉は頼もしくて、暗闇に一筋の光が指した気がした。



 ただ、村の一件は僕に強い女性嫌悪(ヴィオラ以外)を植え付け――学院に入った後、僕は極力女生徒と距離を取るようにした。

 

 しかし、辺境の男爵家の令息が都会のご令嬢に失礼を働く訳にもいかず。そのうち素っ気ない姿がたまらないとか言われだしてウンザリし始めた頃まで貯めたお小遣いで女性にしか嗅ぎ取れない独特の匂いを放つ植物を取り寄せて、汁をほんのちょっとワックスに混ぜて髪をグシャグシャにしてみただけで女子は誰も近寄ってこなくなった。


 楽だった。どうでもいい奴等からどうでもいい話を振ってこられてもつまらないし、そんな時間があるなら勉強に使いたい。

 幸い僕みたいに孤独を好む人間、あるいは問題児はクラスに何人もおり、僕自身はそこまで悪目立ちはしなかった。



 それから3年後――ヴィオラが高等部の薬学科の教室にやってきた時は思わず声を上げてしまった。



 村にいた頃のヴィオラも可愛かったけれど、その頃より大分大人びて――って、3年も経てば成長するのは当たり前だけど、明らかにぎょっとした顔をされても可愛いと思える位、ヴィオラは可愛く、美しくなっていた。


「手紙、渡しに来ただけだから」


 魔導学院の女生徒の制服を来たヴィオラは兄さんからの手紙を押し付けた後荒々しい足取りで去っていく。

 その後、兄さんからの手紙を読んで空いた口が塞がらなかった。


 中等部在籍中に良い相手が見つからなかったら、ヴィオラが兄さんと結婚する――なんて、絶対嫌だった。

 もちろん、兄さんも嫌だからこんな手紙を送ってきたんだろう。


 ただ、村が合併して結界石が強化されて、魔物の心配がなくなってから3年近く――ノーラさんが再び村を訪れる事もはないらしく。


<ノーラさんは女だてらに何人もの男を従えていたリーダーだったし、もう結婚して引退しちまったのかもなぁ>と半ば諦めが入った文章の最後は<お前がまだヴィオラちゃんの事が好きならなんとかしてくれ。もう好きじゃないってんなら俺も腹を括る>で締め括られていた。


 冗談じゃない。ヴィオラを義姉さんだなんて絶対呼びたくない――!!


 とんでもない状況だ。何とかしないと――と思ってヴィオラに近づいても、僕を毛嫌いしているヴィオラは僕が近づくとあからさまに嫌な顔をした。


 それでも事情を聞くと渋々話してくれて――シュゼムのせいで、って何回言われたか分からないけど、イライラしたけど――やっぱり僕はヴィオラが好きだと再認識した。


 ただ、やっぱりヴィオラは僕に対して酷いトラウマを抱えているのも感じ取れた。どうすれば以前のように気軽に話せる仲になれるんだろう? と悩んでいる間にヴィオラはクラスの中で弾かれているみたいで一人で歩いている姿を見かけるようになった。


 僕も通った道ではあるけど、人目を気にするヴィオラは明らかに惨めなオーラを纏わせてる。それが一層貴族達の冷ややかな失笑を誘うのだと分かっていない。


 見るに見かねてお節介を焼こうとしてもヴィオラは僕を遠ざけようとする。確かに高等部の人間が中等部の人間に構うと悪目立ちしてしまう。

 僕が臭い付きのワックスをやめれば、と思ったけどそうすると村で起きた事と同じような状況になりかねない。


(一体どうすればいいんだ? 僕はただヴィオラを助けたいだけなのに……!)


 まともな発言権もないど田舎の村の男爵令嬢が哀れなオーラ漂わせて歩いてるなんて、見る奴が見れば絶好のカモだ。

 ましてウチの領の侯爵は事なかれ主義の凡人として有名だし、公爵に至っては絶対にアテにしてはいけない公爵として有名だ。


 ああでもない、こうでもないと悩みながら最悪の事態だけは避けられるように注意深く見守っている内に、ヴィオラと同期の特待生も同じ状況に陥っている事を知った。


「ねぇ、図書室で特待生の子も1人で勉強してたけど、助けないの?」


 助けてあげたら? は僕の意志が混ざるから逆効果になると思った。

 でもこの言い方ならヴィオラは自分の意志で動いてくれる――僕の予想通りヴィオラは動いたらしく、それからヴィオラはベスタ嬢と行動するようになった。


 国の保護下にある特待生のベスタ嬢は下級貴族にはおいそれと手が出せない。特待生の護衛役を任されている生徒がいるのは公然の秘密だからだ。


 公然の秘密なのは貧民や平民の特待生に対して貴族子息の護衛を付けます、なんて堂々と言うのは色々問題があるから――というのは置いといて、その特待生の傍にいる人間も自然と庇護下に置かれる。


 卒業後の問題はさておき、ひとまずヴィオラが穏やかな学院生活を過ごせそうな事にホッとした。

 だけど――月日が経って2人が令嬢としてそこそこ見られる振る舞いになってきた頃、ベスタ嬢の周りに男が集まりだしてヴィオラの表情は段々固くなっていった。


 何処となく緊張した面持ちはその手の女に慣れてる男からしてみれば、下心が見えるというか――ヴィオラは村の女の子達と同じような表情をしていた。


 そんなヴィオラを見ていると何だか物凄くイライラした。

 でも僕が『見てて痛々しいよ』なんて言ったらヴィオラは間違いなく怒るだろう。ムキになってベスタ嬢から離れてまた危ない立場に立たれても困る。

 

(……あそこにいるのは皆由緒正しい貴族達だ。魔力も地位も取り柄もないヴィオラが相手にされるはずがない)


 『僕がヴィオラの面倒見てあげるよ』なんて言ってもヴィオラはきっと喜ばない。『村に帰らなくていいよ』なんて言っても、きっと受け入れてくれない。


(……どうしたら、ヴィオラは僕を見てくれるんだろう?)


 ヴィオラを見ている内にどす黒い気持ちが心を侵食していくのに、そう時間はかからなかった。


(ヴィオラが、他の奴らに興味を示さなくなってくれれば……ヴィオラが僕だけに依存するようになってくれれば……そうだ、卒業する少し前にヴィオラを孤独にしてしまえば……)


 危ない発想だとは思った。思ったけど――一度思いついたらもう、それしか考えられなくなっていた。

 困った事に僕は頭が良い。願いを叶える為の計画は脳内で容易く組み立てられた。


(周りから誰もいなくなって、そこで兄さんも好きな人がいるって分かれば、ヴィオラは僕を受け入れてくれるかも知れない……!)


 だから、僕にヴィオラは救えなかったんだ。

 ヴィオラの為じゃなくて、僕の為に動いた僕には、ヴィオラの心は救えなかった。


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