第32話 水色髪の少年

 ──崖の上。


 緑、青、紫と、グラデーションになった森が広がっている──遠くに見える山々は、緑と青の境界を曖昧にしながら、雲に頭を隠している──どこまで続いているか分からない空の海を、止まることなく泳ぐ魚たち──。


 リヨクは、ツキを肩車に乗せ、大自然を一望していた。


 ツキに目があるのか分からないが、できるだけ高い位置から見せてあげたかったのだ。


「よいしょっ」──「スゥーーーー……ハァーーーー」

 リヨクはツキを下ろすと、気持ちの良い澄んだ空気を、肺がパンパンになるまで吸い込み、すべて吐き出した。


 ──「よし」


 ポケットから、葉で編んだ緑色のマスクを取り出し、「モモを探しに行こう」と言い、付けた。


「ツキ!」


 ツキは、初めて見る上からの景色に、まだ見惚れている。

 どうやらちゃんと見えているみたいだ。


「……綺麗だね──もういい?」

 ポピュア村へ向かいたいリヨクは、景色に心を奪われているツキを待って、やがて優しく促した。



 ──ポピュア村の前まで来たリヨク。


「ツキ、やっぱりやめよっか……多分いないよ」


 ポピュアのルエロとリタが歩いてくるのを見て、リヨクは引き返すことにした。


(なんでいるんだよ、学舎行けよっ)


 緑の街ピプロヌに向かった。



 ──消える中毒ラウーサ(店名)


「いらっしゃいませ!」

 若い女性店員は、ハキハキとした口調で挨拶した。


「あ、あの……」

 森に長く居すぎたせいか、ぼくは緊張していた。


「えっと……これ、一つ……」


花氷エーメルのオレンジ(味)ですね。サイズは、オアウィユウィヨとございますが、どれになさいますか?」

「えーっと、じゃあウィユ」

「エーメルオレンジ、ウィユですね、1ランツになります」


 リヨクは、緑の国エドーラ通貨ランツを取り出した。

 500円玉程の大きさのタネを片手で持ち、もう片方の手の人差し指をタネに当てる──そして、人差し指を徐々にタネから離していく──タネの中からタネが、人差し指にくっついて出てきた。


 土で出来たカウンターの天板部分の隅に、ゴルフピンのような植物が生えている。

 これは《イェーキヤーコ》と言って、ランツがいくつ重なっているか、密度を測るもの。

 取り出した1ランツを、《イェーキヤーコ》の上に置く。

 すると、カウンターの天板部分に張り巡らされている、《イェーキヤーコ》の根からピッっと、小さな芽が1つ生えてきた。


 ランツは、引っ張り出す時に太陽エネルギープロンの残熱のようなものが残るらしく、その残熱が《イェーキヤーコ》の養分となり、芽が生えるという仕組みだ。

 ランツを取り出した数だけ芽が生えてくるため、店員はその芽の数をみて計算する。


「ありがとうございます、では今からおつくりしますので、少々お待ちください」

 店員はそう言って、店の奥に消えた。


 あれ? ……遅くない? 前来た時はもっと早かったような……なんの音も聞こえてこないし……もしかして先生に連絡してる? ……シユラたちが……ここに来る⁉︎


 徐々に疑心に駆られたリヨクは、アイスを待つことに耐えきれず、ツキの手を取り、急いで店から立ち去った。




 ──迷いの森ゲムレッチ


「みんな、帰ってきちゃった」

 動物たちはもういなかったが、リヨクは上を向き、雨に打たれながらつぶやいた。


 森を離れたのはちょっとの間だったが、ぼくは、かなり疲労感を感じていた。


 ガクッと下を向き、マスクを外す。


 ──「やっぱりリヨクだった」


 声がして、ゆっくりと顔を上げる──ぼくを覗くように見つめるグオがいた。


「え……グオ?」

「やぁ」

「それ……」

「ごめん……溶けちゃった」


 グオの手には、溶けた花氷エーメルが握られていた。


「え、もしかして…さっきぼくが買ったやつ?」


「そう。……街で見かけて、リヨクかな? っておもって、話しかけようとしたんだけど、リヨク、急に走り出すから……追ってきたんだ。──まだちょっとあるけど…食べる?」


 リヨクは、グオから、溶けまくった花氷エーメルを受け取った。


「ありがとう…おいしいよ……ツキ」

 リヨクは、ペロッと一舐めした後、ツキに近づけた。


「全部食べていいよ」


 ツキは、花氷エーメルに手を置く。

 すると、オレンジ色だった花氷エーメルから、みるみる色がなくなっていく──花氷エーメルは、ただの氷になった。


 ──「ねぇ、その子は?」

 グオは頭を傾げ、不思議そうに聞いた。


「ツキだよ、ここからずっと奥に進んだ所にある、青色の森で出会ったんだ」


「へぇ〜、見たことないよ、こんな生き物……白い…木?」

 顔を突き出し、じっとツキを見ながらグオは言った。


「うん、たぶん木。元々茶色だったんだけど、色々あって白くなったんだ」

「木って…もしかしたら、ペラムの使いかも知れないよ?」

 グオは、眉をひそめながら言った。


「ペラムって?」

「罪人ペラムだよ。メヒワ先生、授業中に話したことなかった? …ポムヒュースを生やした人」

「あー、木を生やせる人のことか。その人、罪人だったんだ」

「うん、指名手配されてるくらい悪い人なんだよ」

「へぇ、けどツキとは関係ないよ、ぼく、ずっと一緒にいたんだし」

「そうかなぁ……ぼくさ、今から師匠と修行するんだけど、来ない? 一度、師匠に見せてみようよ、安全かどうかわかるかも」

「師匠? ……いいよ別に、ツキは絶対に安全だよ」

「うん……けど一応、念の為にさ…大丈夫、師匠は怖い人じゃないよ」

「んー……」

「それに、師匠の家には色んな種類のお菓子やジュースがあるし、見てもらった後、お菓子パーティーしようよ」

「どうする? ……ツキ」


 ツキは手を上げた。


「……わかった。ちょっとだけなら」



 ──グオの師匠がいる場所に向かう道中。


「ぼく、リヨクが消えたって聞いて、あっちこっち探し回ったんだよ?」

「ごめん……」

「いままでずっとこの森にいたの?」

「うん」

「まさか森にいるとは思わなかったよ」

「だよね……誰にも会いたくなかったんだ」

「リゼから聞いたよ……ごめんよ、ぼくがいたら……」

「忙しかったんでしょ? リゼから聞いた」

「もっと早くに聞いてれば、ぼくがシユラをやっつけて」

「いや、いいんだ、別に助けてもらいたかった訳じゃないし」

 リヨクは食い気味に言った。


「アイツの事なんて、気にすることないよ」

「シユラだけが理由じゃない。弱い自分とか……クロスケを殺してしまった自分が嫌になったんだ……」


「クロスケくん殺して、怖くなって、逃げたんだね」


「え?」

 急にグオの態度が冷たく変わったことに、リヨクは驚きと共に混乱を感じた。


「ちがう?」

 グオはキョトンとした顔で聞く。


「……そうかも」

 リヨクは、なんで急にそんなこと言うの? という顔で言った。


「逃げてなにか変わった?」


 グオは、傷を更に広げてくる。


「うん。……いや、なにも変わってない」


 グオの問いによって、久しく封印していた憂鬱が解放され、闇のようにリヨクを飲み込んだ。

 森での平穏な生活の中でほんの少し薄れていた、忘れたい記憶が、再び鮮明になっていく──。


 ──「……リヨク」


「?」

 ぼーっとするリヨクは、眉だけ上げて返事した。


「一週間だけぼくと一緒に修行しない?」

「……修行って、なにするの?」

「色んな植物術を、師匠から教えてもらうんだ」

「んー」

「心配させて悪かったって思ってるなら、ぼくに付き合ってよ」

「……わかった。一週間だけ」

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プラント・レコード aVI @ghostvia

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