第45話:感謝の気持ち

 帰宅するや否や俺はベッドに倒れ込んだ。その瞬間、津波のようにどばっと睡魔と疲労感が押し寄せてくる。

 夜行バスで実家に戻り、そこからバザー当日まで碌に寝ずに作業をしていた。これにはブラック企業も真っ青となって労働基準監督署に報告しに行くことだろう。和田がドン引きするもの当然だ。

 俺がそうまでしたのにはなにも商品を間に合わせるためだけではない。むしろそれだけなら規則正しい生活の範囲内で可能だった。それでも俺が身体に鞭を打って無理を押し通した理由。それは───


「陣平君、大丈夫ですか?」

「五木、生きてる?」

「起きて、五木。寝たら死ぬよ」


 ガチャリと扉が開く音とともに部屋に環奈、浅桜、笹月が駆け込んできた。俺が教室を出てからまだ三十分と経っていない。


「血相変えてどうした? 打ち上げは終わったのか?」

「いえ、今頃みなさんカラオケに移動して二次会をやっていると思います。ってそんなことはいいんです! 大事なのは陣平君の体調の方です!」

「私達も二次会に行くつもりだったんだけど、和田から五木が先に帰ったってことを聞いてね。心配になって帰ってきたってわけさ」


 そもそもここは俺の家であってキミ達の家ではないのでは、というツッコミのかわりに俺は苦笑いを零す。


「五木が夜な夜な一人でコソコソと作業をしていることに私達が気付いていないとでも思ったの?」

「マジか……みんな気付いていたのか」


 一度も起きてこなかったからてっきりバレていないものだと思っていた。


「隣で寝ているはずの五木の温もりが突然消えて気付かない奴はこの中にはいないよ」

「どうして一人で無理をしたんですか……?」


 悲しさと申し訳なさが混じった顔で環奈は言った。浅桜も笹月に至っては怒ってすらいる。だが全部誤解だ。俺は重たい身体に鞭を打って持ち上げてベッドから降ると、幼馴染の頭をぽんぽんと優しく撫でる。


「これは誰のせいでもないよ。確かに多少の無理はした自覚はある。それで心配かけたのは申し訳なく思ってる。でもこれはみんなのためにどうして俺一人で作りたかったんだ」


 言いながら俺は机の引き出しの中に隠していたある物を取り出す。これこそが俺の寝不足の原因であり、何としてでも今日までに間に合わせたかった物だ。


「これをみんなに渡したかったんだ。受け取ってくれると嬉しい」


 環奈には桜色のピンクの。浅桜には澄んだ空の青の、そして笹月には夜空に輝く星の黄色の。三人の雰囲気にあった色のリボンを巻いた木箱を手渡した。


「綺麗……もしかして陣平君が作ったんですか?」


 早速中を開けた環奈が感嘆した様子で尋ねてきた。彼女に渡したのは真っ白な鹿の角を羽の形に彫刻したイヤリングだ。


「バザーで売っていたものとは全然違うね……」

「まさしく一点物。こんな素敵な物を貰っていいの?」


 同じく箱を開けた浅桜と笹月は喜びと同じくらい困惑した様子を見せる。ちなみに浅桜には花を模ったブレスレットを、笹月には星をモチーフにしたペンダントをそれぞれ用意した。


「もちろん。角の一番白くて綺麗なところを使って掘り出してみたんだけど、初めて作ったから武骨なのは許してくれ」


 若くして成功を収めている三人だからこそ、これから先も様々な困難が立ちはだかることだろう。だから福を呼び、魔除けにもなる御守りとしてプレゼントしたかった。それとここまでの感謝の気持ちを込めて。


「一人でこっちに来て、上手くやっていけるか不安だったんだ。でも環奈や浅桜、笹月のおかげで寂しさを感じる日は一日もなかったし毎日楽しいんだ。これはそのお礼」


 本当にありがとう、と最後に付けたしながら俺は頭を下げる。

「違います。間違っていますよ、陣平君。私はあなたからたくさんの物を貰いました。今の私があるのは他でもない、あなたのおかげです」

「環奈の言う通りだよ。私の方こそ五木にはいつも感謝しているよ。毎日身体のケアをしてくれているおかげでいつも万全の状態で練習できるんだからね」

「五木が見つけてくれなかったら私は今もずっと独りぼっちだった。感謝してもしきれない」 


〝ありがとう、私達をわかってくれて〟


 口をそろえて笑顔で言われて目頭が熱くなる。


「それじゃ陣平君。せっかくなのでこのイヤリング、着けてくれませんか?」


 ずいっと身体を密着させながら上目遣いで懇願してくる環奈。思わず俺の口からすっとんきょうな声にならない悲鳴が漏れる。

 不意打ちは勘弁してくれと内心で嘆きつつ戸惑いっていると、すかさず浅桜と笹月が環奈の首根っこを掴んで引きはがしにかかる。


「抜け駆けはダメだよ、環奈?」

「ここは公平にじゃんけんで決めるべき」

「……俺が三人にアクセサリーを付けるのは確定なのか」


 だが悲しいかな。俺の懇願が届くことはなく。いつものように仁義なき順番決めの戦いが始まってやいのやいのと楽しそうに騒ぎ出す環奈達。

 最初はうるさい、たまり場にするなと思っていたのに今では何故か無性に心地いい。むしろなくてはならないものになっていた。


「みんな、ありがとう」


 願わくば一日でも長く、この生活が続きますように。

 俺はそう心の中で祈りつつ、戦いの行く末を見守るのだった。


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【あとがき】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


皆様のおかげで書籍化が決まりました!

ここで一度更新をお休みさせていただき、諸々作業に入ります。


話が面白い!推しヒロインが決められない!等と思って頂けましたら、

モチベーションにもなりますので、

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引き続き本作をよろしくお願いいたします。


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【書籍化】学園の美女たちが俺の家を溜まり場にするんだがどうすればいい? 雨音恵 @Eoria

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