第44話:雨降って地固まる

 紆余曲折がありつつもバザーは何とか無事に終わった。心地の良い疲労感と清々しい達成感を胸に、俺達はささやかな打ち上げを行っていた。


「ごめんねぇぇえええ!! 花園さぁぁぁんっ!! 本当にごめんねぇ!!」

「アハハ……もう何度も謝ってもらったので大丈夫ですよ」


 陽が沈み出した教室で女子生徒が滂沱の涙を流して謝罪の言葉を口にしながら環奈に抱き着いていた。

「でもでも……花園さんのことを傷つけるようなことたくさん言っちゃったし……本当にごめんなさい!!」


 環奈は困惑した様子で女子生徒の背中をあやすようにポンポンと叩く。その感動的な様子に教室にいるクラスメイト達から拍手が送られる。


「ねぇ、五木。私達は何を見せられているのかな?」

「それ以上何も言うな、浅桜。俺にもよくわからん」

「陰で悪口愚痴言ってごめんなさい会。謝れるのはいいことだよ」


 物知り顔で言いながらどこに隠していたのか出所不明のお菓子を頬張る笹月。確かに現在進行形で環奈にわんわんと泣きながら抱き着いて謝っている女の子は放課後に〝パパ活でもしているんじゃないの?〟と口にしていた子だ。

 とはいえ環奈自身はその発言を直接聞いたわけじゃないのでこんな風に謝られているのが不思議でしょうがないはずだ。


「まぁ何はともあれ。色々あったけど無事にバザーが終わって本当によかったよ」

「しかも歴代最高の売り上げだったって葛城先生が言ってた。つまり私達は歴史に名を残したってことだね」


 むふぅっとドヤ顔をする笹月だが口元にお菓子の粉を付けているので台無しである。とはいえ二人が話しているように、鹿の角のアクセサリーは過去一番の売り上げを記録するほどの大盛況だった。

 しかも早々に完売してしまい買えなかった人達が続出。環奈の会社で作って販売するのはどうかと校長から提案されるほどだった。

 俺がこの案を思い付くことができたのは、ひとえに俺が渡したストラップを環奈が持ち続けていてくれたからこそだ。


「聞いた話によると、これまでの記録は葛城先生の先輩が打ち立てたらしいよ。しかも三年連続で記録を更新し続けたって話だよ」


 凄まじいね、と苦笑いをする浅桜の話を聞いて、俺の脳裏には煙草をふかしながらニヒルに笑う恩師の姿がよぎった。


「大丈夫、私達も同じように三年連続で記録を更新すればいいだけ」

「フフッ。確かに、私達ならやれないことはないね。そうだよね、五木?」

「今回みたいなウルトラCをまた使うことができれば可能かもな」


 いくら鹿の角のアクセサリーが都会では珍しいとはいえ、ここまでの反響を呼んだのにはもう一つ要因がある。

 それは一つの記事。内容は天橋立学園で毎年行われているバザーの特集。

 内容は主に陣平たちのクラスのことが書かれており、環奈やクラスメイト達がみな楽しそうに鹿の角のアクセサリーを作っている写真が掲載されている。

 最後には〝みんなで協力してモノづくりができてとても楽しいです〟という環奈のコメントが添えられていた。


「のんびりバカンスしているマネージャーに連絡して記者とその上司の連絡先を調べてもらった。私、頑張った」

「その後私がその記者たちに連絡をして滅多に受けない単独インタビューに応じる旨を伝えたんだよ。バザーの特集記事を書いてもらうことを条件にね」


 この記事の仕掛人は他でもない浅桜と笹月。

 以前笹月が口にしたハムラビ法典作戦とはつまり炎上記事を消化するために別の記事をぶつけるというものだった。

 もちろん多少の代償───浅桜が単独インタビューを受ける───は支払うことになったが、これで環奈の印象も回復したし、それ以上にバザーに例年以上の人が集まってアクセサリーも完売になった。まさに一挙両得だ。


「二人とも、環奈のためにありがとな」

「いいってことさ。五木にとって環奈が大切な幼馴染であるように、私にとって環奈は大事な友達だからね。ピンチな時は一肌でも二肌でも脱ぐよ」

「私も。ちょっと痴女なところはあるけど花園は私の大事な友達。これくらい当たり前だのクラッカー」


 軽い口調でそう言うと、二人は助けを求めている環奈の下へ向かった。泣いて抱き着かれていた女の子はそのままに、他のみんなにも囲まれて大変なことになっていた。一人でいることは多くてもその逆の経験はない環奈がパニックになるのは無理もない。まぁ楽しそうにしているし、援護は浅桜たちに任せるとしよう。


「まさか鹿の角を持って来るとは思わなかったぜ。しかもあの量の角を全部一人で加工したんだろう? 大分無理したんじゃないか?」


 窓際に立ってぼんやりと幼馴染の様子を眺めていたら、両手にジュースを持った和田が声をかけてきた。差し出されたそれを受け取りながら、俺は肩を竦めながら答える。


「一人で全部ってわけじゃないさ。爺ちゃんと先生にも手伝ってもらったからな。三日ほど寝ずに作業したら終わったよ」

「五木よ。事もなげに言っているけど相当やばいからな? 自分が異常だってことを少しは自覚しろよな?」

「アハハ……まぁさすがに疲れたらか先に帰らせてもらうわ。みんなによろしく伝えておいてくれ」


 それじゃ、と言い残して俺は教室を後にする。去り際に環奈の様子を確認すると、クラスメイトに囲まれて楽しそうに笑っていた。


「これなら大丈夫だな」


 環奈はもう一人じゃない。嬉しさ半分寂しさ半分の複雑な気持ちを抱きながら俺は帰路へとつくのだった。


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