第43話:戻ってきた日常
「ちょっと笹月さん! 一つのアクセサリーに角は一つって言いましたよね!? どうしてそんなにたくさんつけちゃうんですか!?」
「その方がカッコイイから?」
「アハハ。確かに環奈の言う通りいくらなんでもつけすぎだよ、美佳」
久しぶりにいつものメンバー全員が揃った我が家で俺達はバザーに向けての商品づくりに勤しんでいた。
思い返すと小恥ずかしい演説の後、クラスが一致団結して作業に取り掛かったところまでは予定通りだったもののさすがに一日で終わるような量ではなかった。
とはいえ開催まで悠長にしている時間がないことと学園から俺の家まで近いこともあり、一部を自宅に持ち帰って作業を進めることにしたのだ。そこに環奈達が加わり、夕食を食べてから作業をしているというわけだ。
「これではアクセサリーというよりどっかの部族の族長が倒した敵の骨で作ったコレクションです。せめて三つまで数を減らしてください」
「族長のコレクション……花園に座布団一枚あげる。今のツッコミはセンスがあってよかった」
「プッハァ! 族長のコレクションって! やめてよ、環奈。もうそうとしか見えなくなってきたじゃないか!」
怒られていたはずの笹月が何故かドヤ顔でサムズアップをし、浅桜がテーブルを叩きながら爆笑する。そして環奈は拳をぷるぷると震わせて怒りのボルテージを溜めている。爆発まで三秒前といったところか。
「やめてください! 私までそう見えてきてしまったじゃないですか! もう、陣平君からも何か言ってください!」
「ま、まぁ……一個くらいあってもいいんじゃないか?」
レア感あるし、というと笹月が両手を掲げてガッツポーズをし、浅桜が腹を抱えて転がり倒れて環奈が頭を抱えながら深いため息を吐く。
「教室でワイワイ騒ぎながら作業するのも悪くないけど、こうして四人で小さなテーブルを囲って作業する方が私は好きかな」
「浅桜にしてはいいことを言う。私も五木の家で作業する方が好き。明日もやろう。というか今日からバザーまで泊りでやろう、そうしよう」
「……笹月さん。あなた、もしかして天才では?」
「ボケにボケを重ねるんじゃない。そんなのダメに決まっているだろうが」
日常が戻ってきたのは喜ばしいことだが、周回遅れを取り戻そうとアクセルを全開まで踏み込むことはやめてほしい。クラッシュして大事故が起きたらどうするんだ。
「そうだね。いくら何でも三人で毎日泊まるのはやめた方がいいと私も思う」
「さすが浅桜。お前だけが頼りだ」
「だからバザーの前日以外は日替わりで泊まるっていうのはどうかな?」
「前言撤回。お前もボケ担当だったか!」
勘弁してくれ。いくらなんでもボケが三人もいたらツッコミが追いつかない。俺は顔に手を当てて天を仰ぐが、けれど口元は歪んでいるのを自覚する。この数日間が嘘みたいな喧噪が心地いい。
「神機妙算。ナイスアイディアです、と言いたいところですがそれはダメです。あなた達が陣平君と二人きりで夜を明かすなんて何が起きるかわかりません!」
「その通り。花園や浅桜みたいな痴女を幼気な五木と二人きりにしたら絶対によくないことが起きる。故に断固反対!」
「ちょっと笹月さん? 浅桜さんはともかくどうして私まで痴女扱いするんですか? 援護どころか背中から撃たないでくれませんか?」
「五木が入浴中にバスタオル一枚で突撃して、挙句の果てに洗体プレイをしようとした子が痴女じゃないわけないと思うけど?」
そうして美女三人はお泊り会から誰が痴女かという食い意地のはっている犬ですら目を逸らすであろう議論を始める。意見を求められる前にこの場から逃げ出したい。
「お風呂での話をするなら浅桜さんと笹月さんも似たようなものですからね!? というかむしろわざわざスク水を着ている方が痴女度は高いと思いますけど!? しかもあれ、中学生のときのやつですよね!?」
こんなところでとんでもない事実が明かされた。なるほど、サイズ感がおかしくきつそうにしていた───特に胸元のあたり───のはそのためだったのか。などと俺は目に焼き付いているあの時の映像を思い出しながらアホなことを考える。
「フフンッ。花園はまるでわかってないね。スク水を着てお風呂に突撃されて喜ばない男はいない。聖書にもそう書かれている」
「今すぐ聖書に土下座して謝ってください」
「まぁ環奈の裸にバスタオル一枚で突撃も悪くなかったと思うよ? ただそれだと安直すぎるね。水着を着ていると思わせておいて実は何も着てませんでしたぁ! くらいのお約束破りをしないと」
「ちょっと何を言っているかわかりません」
得意気な顔でボケ倒す二人に怯むことなく応戦する環奈を応援したい気持ちはあるが、そろそろ喋ってばかりいないで手も動かしてほしくもある。
「それに花園は上手く隠しているつもりだけど、一着だけ明らかに様相の異なるものがあった。あれは紛うことなき勝負下着。しかも布面積少なめ」
「ちょちょちょ、ちょっと笹月さん!? どうして知っているんですか!? もしかして漁ったんですか!?」
お客様の中に耳栓をお持ちの方はいらっしゃいませんか。はい、いませんよね。わかっています。俺は心の中でお経を唱えて心頭滅却を試みる。
「木を隠すには森の中とはよくいうけど、さすがにバレバレだよ、環奈。まぁ美佳も持ち込んでいる辺り人のことは言えないけどね」
「それを言ったら浅桜も同じ。カ●バンクラ●ンの下着とか男の好きなのをよくわかってる」
「フフッ。お褒めにあずかり光栄だね。そういう美佳こそ、可愛いとセクシーの両方を兼ね添えたベビードールを選ぶとは中々やるね。その点環奈ときたら……」
「ホント、安直」
やれやれと呆れ混じりのため息を吐く浅桜と笹月。考えないようにしていたのにあまりに具体的に話すせいで頭の中で二人の下着姿が浮かんできて作業の手が止まってしまう。
「……いいでしょう。そこまで言うなら今夜は三人で泊まってファッション勝負をしようじゃありませんか」
好き放題言われて堪忍袋の緒が切れたのか、ゴゴゴゴゴと怒りが隆起するような効果音とともに環奈が静かな声で浅桜と笹月に宣戦布告をする。これに対して二人は不敵な笑みを浮かべながら〝受けて立つ〟と答えた。
「決まりですね。それでは今夜の陣平君の隣で誰が寝るかはこの戦いの勝者ということにしましょう」
いつの間にか泊まっていくことになっているが家主の了承を求めないのは如何なものかと思う。というより彼女たちの制服や私服、寝間着に下着まで揃いつつあるのは由々しき問題だ。これでは溜まり場どころか最早女の子三人との爛れた半同棲生活である。
「公正を期すために決戦は寝る前にしよう。お風呂上りにしたら最後に入った人にバフが効いて有利になるからね」
風呂上がりの火照った身体の一糸まとわぬ下着姿は確かに強力なバフだからな。魅力も色気も倍増するのは想像に難くない。その点寝る前にならみんな平等だ。さすが、浅桜。よく考えている、というとでも思ったか馬鹿野郎。
「勝ったらそのまま五木と布団にイン。フフフッ。完璧だね」
勝利を確信しているのか、戦いの後のことをすでに妄想をしてよだれを垂らしそうな程だらしのない表情をする笹月に俺は優しく手刀を落とす。アホなことを考えていないで現実に戻ってこい。
「さて。そうと決まればもう少しだけアクセサリー作りをしましょうか!」
「そうだね。ここで頑張った姿を見せれば加点してくれるよね」
「族長のコレクション的なアクセサリーはポイント高いよね、五木?」
「言いたいことは山ほどあるけどあえて一つに絞るぞ。ファッション勝負とやらの審査員は誰がやるんだ?」
わかっている。聞くまでもないことだってわかっているさ。話の流れ的に誰が審査員をするかなんて火を見るよりも明らかだってことは重々承知している。でも万が一、億が一の可能性にすがりたい。
「もちろん、陣平君ですが?」
「当然、五木だね」
「五木以外に考えられない」
三者三様の回答は俺が縋ろうとした藁を一切の容赦なく蹴散らすもので、俺はがっくりと肩を落としてうなだれる。傍からすれば桃源郷だとか合法的にラッキースケベするなとシュプレヒコールが起きそうなイベントだが、当事者としては地獄以外のなにものでもない。
「まだまだ夜は長いですからね。寝不足にならない範囲で頑張りましょう!」
環奈の号令に二人も元気よく〝おぉ!〟と答えてようやく作業が再開された。
それから数時間。明るく会話しながら俺達はアクセサリー作りに精を出した。それから美女三人は俺の心労をよそに仲良くお風呂に入ったり髪の毛を乾かし合ったりとわちゃわちゃとお泊り会を楽しんでいた。
ちなみに問題のファッション勝負は無事開催される運びとなり、案の定理性と本能の狭間を反復横日しながら苦渋の決断を強いられることになった。結果、誰を選んだのかは俺の名誉の為に黙秘とさせていただく。
そして日付が変わり、疲労困憊で布団の中に入った三人が可愛い寝息を立て始めたのを確認してから、俺は一人作業を進める。開催までに間に合うといいな。
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【あとがき】
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
タイトルにも記載しましたが、本作の書籍化が決まりました!
これもひとえに皆様のおかげです!!
刊行時期やレーベルなど、詳細は追ってご報告いたします!
引き続き本作をよろしくお願いいたします。
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