まだ炊けてないって言ったじゃないですか

「全く……何考えてるんだよ!」


 ぶつぶつと文句を言いながら、俺はストレスを発散するように服を投げ入れた。

 バサッ!と大きめな音が脱衣所に響くが、ちっとも気にしなかった。

 なんであんなにもがさつなのだろうか。


 本当に学校での先生と、今家にいる先生は同じ人なのか怪しい。

 実は二重人格で、学校の時とは人が入れ替わっていると言われても信じてしまうくらいだ。

 別のそれで先生に失望したとか、嫌いになったとかそういう感情は湧いていないが。

 むしろ今までにない感情を抱いていて、ちょっと動揺している。


 嬉しさなのか、恥ずかしさなのか、はたまた別のものなのか。

 誰かこの感情に名称があるなら教えて欲しいものだ。


「あっ……」


 浴室のドアを開けようとしたその時、何かを踏んだと思って下を向くと、そこには黒のブラジャーがあった。

 でっっっっっ……! いや、これ以上は何も言うまい。


 とりあえず文句は後で言うとして、俺はそれを尋常じゃない速さで拾って洗濯機の中にぶち込んだ。

 恥ずかしいという感情が生まれる前に処理してしまえば、あとはもうどうということはない。


 そうして浴室のドアを開けると、そこも酷いことになっていた。

 

「マジかよ……」


 シャンプーやボディーソープが入っているボトルは軒並み倒れていて、少しだけ零れている。

 さらにシャワーを外れていて、お湯がちょっとだけ漏れてしまっていた。

 どうしてこんなにも散らかすことができるのか。


「はあ……」


 せっかくさっぱりしようと思っていたのに、これでは逆に疲れるだけだ。

 風呂掃除をするのは全然構わないのだが、それは前提として掃除することが分かっていた時に限る。


 『これからシャワー浴びてさっぱりするぜ!』というテンションの時に掃除がのしかかってくると、いつもより怠さが襲い掛かってくるものだ。


 俺は大きなため息をつきながら掃除をして、さっとシャワーを浴びて浴室を後にした。

 タオルで髪を拭きながらリビングへ戻ると、冷華さんが涙目になりながらご飯を食べていた。


「ああ~! 栄一くん! ねえ聞いてよ! ご飯がとっても固いの!」

「固いって……そりゃあまだ炊けてませんからね。あともう少しかかるかと……」

「そうだったの!? どうしよ……。私、もうよそっちゃった」

「さっき言ったじゃないですか……。まだ炊けてないですって」


 何となくこうなるような予感はしていたけど、まさか本当にやらかすとは思っていなかった。

 もっと涙目になって瞳を揺らす冷華さんは「勿体ないから」と言って、中途半端に炊かれた米を口に運ぶ。

 ……こういうところを見ると、悪い人じゃないんだよな。

 尋常じゃないくらいポンコツなだけで。


「にしても今までご飯とか炊いたことないんですか?」


 尋ねると、冷華さんはビクッと体を跳ねらせて誤魔化すように酒の缶を開けた。

 ゴクッゴクッと喉を鳴らしながら飲み干すと、勢いよく缶をテーブルに叩きつける。


「私だって最初はご飯作るつもりだったの!」


 切実な叫びが部屋中に響き渡る。今までにないほど声が震えているので、きっと本心だろう。


「初めての一人暮らし……! 壁紙も貼って、ピンク色のソファー買って、そこに熊さんのクッションとかおいて、熊さんのカーペット敷いて、熊さんのぬいぐるみおいてとかしたかったの!」


 ひとしきり叫んだ後、冷華さんは再び酒を浴びるように飲んだ。

 止めた方がいいかもしれないなという思考が頭を過ったが、なぜか身体が動かなかったので俺は暫く見守ることにした。


 ……にしても熊多いな。


「家事だって! おしゃれなご飯作って、たまにはお菓子とかも作って、健康的な食事をしようって思ってたの! でも! 思ったよりも仕事が大変で、何もできなかったのよ!」

「そう……ですか」

「今日もコンビニ……明日もコンビニ……。たまに作っても失敗して、やっぱりコンビニ……。そして部屋がどんどん汚くなって……」

「結果、足の踏み場も無くなってしまったと」

「だから栄一くんには本当に感謝してるのよ! それじゃあかんぱーい!!!!」


 突然元気な声を上げた冷華さんが新しい缶を開け出した。

 あれ? もしかして今までの話全部、酒を飲むための口実だったのか?

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冷酷な魔女と言われる担任は、家ではポンコツお義姉ちゃんでした そえるだけ @soerudake

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