第6話 午後の部


4つの拷問を潜り抜け、時刻は12時40分。昼飯時の到来だ。


昼食はいつも教室で取っている。カウンターテーブルのように、机を窓側の壁にくっ付けて。with my friend (彰人)ではあるが、青空と街の景色すらおかずにできるこの場所は、俺の至福の時間であった。


「数学の小テストキモかったなぁ」


俺は弁当を机の上に出し、ぼやいた。


「それな、いちいち1次関数と2次関数を組み合わせんなっての」


箸で白米をつまみながら、彰人も愚痴る。


「まぁ、俺もお前も受かってるからいいだろ」

「零二に言われると煽られてるみてぇな」

「そんなつもりはないさ」


窓の枠の向こう側を眺める。静岡の東側に位置する町が、陽炎でゆらゆらと揺れているのが見えた。灰色と土色、その上にある空色。人工物と自然が織りなす景色に、人々が行き交っている。


思えば、俺らは人間の手がないと生きていけないことが当たり前になっている。この校舎だって、生徒がいなければ成り立たないし、先生もいないといけない。グラウンドの木に登っている迷彩服のおじさんだって……え?


箸をおいて、自分の目を擦る。なんだあのおじさんは。


「零二?どうかしたか?」


彰人は不思議そうに声を上げる。いや、あのおじさん見てみろよ…


「うぇ!なんだあいつ…自衛隊か?」

「自衛官があんなことするわけないだろ…間違いなく不審者だよ」


再度俺はその不審者を観察する。半袖の迷彩服に、肌にはドーランが塗られている徹底ぶりだった。帽子をかぶっているのでよくは見えないが、白色の髪を持っていた。


そして、胸元には若干のふくらみもある。身長も高くて、180近くはあるように見えた。あれ…どこかで見たような雰囲気だ。


あの不審者、タシュケントさんなのでは?


いやしかし、なぜタシュケントさんがこの学校に?というか、なんでそんなことしてんだよ。


「零二、さっさと先生のとこ行こうぜ。こりゃニュースになるぜ」


彰人は興奮気味に言った。


「いや…あれは…その……ただの木登りだよ」


俺は何とかして言い訳を考えた。


「は?何言ってんだよお前、早くチクらないと逃げちまうぜ」

「ひ、人は時には、ああいう変質なことをしたくなるんだよ」

「はぁ?wお、おい零二あいつ俺らのこと見てないか…?」

「気のせいだよ気のせい。俺も変質者だからわかるんだ」

「いいんかいな…」


彼を何とか言いくるめ、昼食を再開した。


しかし、なぜタシュケントさんはあんなことを?そういえば、彼女はロシアで諜報員をやっていたといっていた。あの精巧なドーランも、卓越した木登りスキルも、そういうことなのか?


庇ってはやったが、これは正しい選択だったのだろうか、だって、不審者やん。


「零二、もしかして……」


やば、感づかれたか。


「あれお前の母親か!?」


「ちげぇえわ」


「じゃあなんだよ」

「しらんけど…多分清掃作業の人だろ。女子高生の魅惑に耐えられなかったとか。うん、そうに決まってる。この学校美人が多いことで有名だしな」

「あぁ…このクラスにもいるもんな。二見さんとか」

「そうそう。あの高級食パン野郎な」

「高級食パン…?」


「私がなんだって?」


後ろから真帆の怒声が。


俺と彰人は気まずそうに振り返る。すぐそこには、ニコニコ顔の彼女の顔が。


「いや…ちゃうんすよ。二見さんは美人でいいよなぁって…」


彰人はごまかす。


「ふぅん…零二くんはどう思うの?」

「はぁ…俺ぇ…?」

「うん」

「び…美人でかわいいかと」

「ふふん!ありがと♡」

「うむ」


真帆は満足げに座席に戻って行った。


「危ねぇな。確かに二見さんは美人だけど、何考えてるかわからなくて怖い」


彰人はそう言って、嘆息を吐いた。


俺もそれに頷く。なんというか、元気っ子なのにどこか裏がありそうな顔をしていそうなのが、彼女ではあった。


そう言えば、タシュケントさんはまだいるのだろうか。そう思って、俺は窓の外を見る。しかし、もうそこに人影はいなかった。


「とっとと昼メシ食い切ろうぜ。5限目が始まっちまう」

「せやな」


俺と彰人は、冷めた弁当をいそいそと食べた。





やっとのこと授業が終わり、俺は下校の支度をしていた。


彰人はもう先に教室から出ていた。というか、部活に入ってる人間はもう大半がこの教室にはいなかった。


帰宅部なのは俺ぐらいか、と自虐をし、俺は教科書類をリュックに詰め込む。


「部活、ね」


一人つぶやく。


部活に入ることもできた。運動神経はそれほど悪くはないし、それほど強豪校でもない本校だったら、エンジョイ勢としてバレーやバスケ部に入るのもアリだったからだ。


しかし、『面倒くさそうだから』という理由を、適当に誤魔化して入らなかったのだ。


まぁ帰宅部になったことに後悔はしていないが、たまに、羨ましくなるのだ。汗をかく若者たちを見ると。


帰るか。


外から陸上部の歓声が聞こえる中、俺は教室に背を向けた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

酒保しゃんぜりぜ 白山 @YY1230

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ