ねえ、寂しいよ

 夢を見ていたのは、真っ黒いベッドの上で猫のように丸くなって眠る博士だ。

 目を覚ました博士は、大きな瞳の下を緩く擦りながら、寝起きで寂しく痛む胸を押さえた。

「懐かしい夢、嫌な夢、いっぱい見ちゃった……今見た記憶を、響さんも見たのかな? 彼女は、以前に藍さんとも同化したって言ってたっけ。嫌だな、僕と同化してたら。藍さんへの八つ当たりも、嫌な気持ちも、泣いていたのも、全部知られてしまう。恥ずかしいよ!」

 一人きりになって気の緩んだ博士は、金森たちの前ではしゃいでいた時よりもさらに子供っぽくなっている。

 博士は、どうか知られていませんように! と真っ赤な顔を黒いクッションに押し付けて、パタパタと両足をばたつかせ、悶えながら祈った。

 だが、残念ながら、今回も金森は博士と同化してしまったため、彼が知られたくないと思ったことも、普段は意識に登ってこない日々の楽しい感情も知られてしまっていた。

 羞恥のままに潜り込んだ毛布の中から、真っ黒いベタ塗りの瞳を覗かせ、恨めしそうに岩壁の後ろに隠れた通路を睨む。

「あーあ、あんなの、無きゃよかったのになあ!」

 プクッと頬を膨らませた。

 どうにも、先日の賑やかさが恋しい。

 ここ数日の博士は、わざと声を出したり大袈裟に動いて物音を立てたりしていた。

 そうして、無意識に騒がしさを求めていたのだ。

「怜さん、僕の話をたくさん聞いてくれた。嬉しかったな。ブラッドナイトさんは、可愛かった。響さんは、凄く怒ってた。怖かったな。でも、面白い人だった。あんな風に叱られたの、初めてだ。多分、ああいう風に頭を撫でられたのも……」

 ポコポコと怒って摘まんだ指先は意外と優しい。

 ふわりと頭を撫でる手のひらは、日向のように温かかった。

 照れて逃げ回り、嫌がっていた金森の頬抓みを、実は少しだけ気に入っていた。

 恥ずかしいので、絶対に本人には伝えないが。

「藍さん、すごく、優しい人だった。八つ当たりしたの、悪かったかな……」

 ボロボロと泣いて俯く清川を思い出すと、罪悪感が胸にせり上がる。

 博士はブンブンと首を振って、感情を追い出した。

「藍さんが、本当に王子さまで、凄く悪い人だったら良かったのに。そしたら、いっぱい最低だって叱っても、ココが痛くならなかったのに。そしたら僕、守護者さんをもらえたのかな……無理だって、分かってるもん」

 博士はギュッと心臓の上を押さえつけたまま、自分自身に文句を言うと、モゾモゾと毛布の中に帰って行った。

 毛布を抱き枕のように抱き締めて、真っ暗で星明りの無い夜空のような天井を眺める。

「もう、あんまり意地悪しないから。笑ってもてなすから、また来てよ。寂しいよ……」

 博士は珍しく、小さな泣き言を吐いて瞳を閉じた。

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半透明の守護者 幻想世界と海 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週2投稿 @SorairoMomiji

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