第8話

朝、雀の鳴き声と俺の瞼をくすぐる朝日で目が覚めた。


「ん…今何時?」


 壁にかかっている時計の短針は、9時を指している。


「え、9時?!」


 しまった、完全に寝坊だ。

 逆に落ち着こう。

 どう足掻いても遅刻なら、準備だけはしっかり。


 俺は柄にもなく自分で朝ごはんを作り、優雅に食べ始める。

 結局、俺が家を出たのは10時だった。



 学校に着くと、国語の木下先生が授業中だった。

 教室に入って遅れましたと伝えると、木下先生は日比君が遅れるなんて珍しいわね、と言い、授業に戻る。

 席に着くと、右の方から強い視線を感じる。

 そこを向くと、遥がむすっとした表情でこちらを睨んでいる。

 俺は少し怖くなり、バッグから教科書を取るフリをして視線を遮る。


 授業が終わるや否や、遥がズカズカと足音を立ててこちらに近づいてくる。

 俺はいつものように怒鳴られるかと思い耳を塞ぐが、一向にその気配がない。

 おかしいと思って遥の方を向くと、遥は顔を赤らめたままむすっとした表情で立っている。

 謎の沈黙が暫く続いたあと、遥は俺に顔を寄せて、耳打ちする。


「ちょっと、何で今日遅れてきたのよ。」


 何だ、そんなことか。

 てっきり身に覚えのない罪で怒られるのかと思った。


「ただの寝坊だよ。」


 俺が言うと、また遥は黙り込んで、急にモジモジし始めた。


「…なんだよ。」


 と聞くと、遥は渋々喋りだす。


「昨日の件……あれが嫌で私と気まずいから学校休んだのかと思った。」


 ……え?

 予想だにしない答えが返ってきた。


「……ほんとにそれだけ?」

「……うん。」

「……」

「……なによ。」


 手持ち無沙汰なのか、遥は肩まである髪を指に巻き付けて遊び出す。


「そんなんで気まずくなったりしないし、俺は昨日のやつは別に嫌だと思ってないから!」

「ほ、ほんと?」


 遥の表情がぱぁーっと晴れる。

 遥は元々感情が顔に現れるタイプだけど、最近は特に顕著だ。


「じゃ、じゃあさ……?」


 と、遥は何故かまたモジモジしだす。

 が、今度は意を決した表情で、


「今度の休み、2人で遊び行こ?!」


 顔をずいと寄せて言い放つ。

 俺はその勢いに圧倒されながら、


「もちろん、てか今までも遊んだことあったのに意識しすぎだろ!」


 思わず言うと、遥は


「うっさいわね!こっちも緊張すんのよ!」


 と俺の頭をひっぱたきながら席に戻っていく。

 でもその足取りはどことなく軽そうだった。


 その後俺が次の授業の準備をしていると、不意に颯太が俺の視界に映り込んでくる。


「龍太郎、昨日の告白はどうだった?」

「え?あぁ、めっちゃびっくりした…って何で知ってるんだよ。」


 颯太は不敵な笑みを浮かべる。


 それから俺は颯太から、昨日のカラオケは遥からの提案だったこと、告白はもともとの予定だった事を聞かされ、俺は颯太に事の顛末てんまつを話した。



「ほぉ〜、お前告白されといてキープ宣言とは、恐れ入るぜ。」


 颯太が俺の肩をバシバシと叩く。


「うっせ。遥にはちゃんと言ってるから大丈夫だろ。」


 俺は颯太の手を払い除けながら言う。

 颯太ははいはい、と呟きながら自分の席に戻って行った。



 授業が終わった放課後、バッグに教科書を詰めていると、遥に話しかけられた。


「龍太郎?」

「んー?」

「一緒に帰ろ?」

「良いけど、こうして帰るのは久しぶりだな。」

「…うん。」


 俺たちは、特に仲が悪くなったとかじゃないけど高校に入ってからは一緒に帰ることは無くなった。

 だから、一緒に帰るのは本当に久しぶりで、少し気恥ずかしい。


 俺たちは並んだまま校門を出る。

 しかしその間に会話は無く、俺は周りの景色を眺めながらぼんやりと歩いていた。

 T字路にさしかかったところで、俺と遥の家がある左に曲がろうとしたら、遥がいきなり俺の袖を摘んできた。


「…どうした?」


 と聞いても、遥は俯いたまま何も言わない。

 俺は特に気に留めず左に進もうとしたら、遥は俺の袖を摘んでいた手で、俺の腕をがっちりと掴み、右方向に走り出した。


「おい、遥!」


 俺はどうしたのかと思いながら、遥の後ろ姿を追いかけるように走り出す。

 その時に思い出した事だが、あのT字路を左に進むと俺たちの家が、右に進むとあの神社がある裏山につくのだ。


 しばらく走っていると、案の定あの裏山の麓に着いた。

 遥はそこで俺の方を少し振り向いて、山を登り始める。

 遥は、少し悲しそうな表情をしていた。

 俺ははぁ、と軽くため息をつきながら遥の後を追う。

 自分の言いたいことを言い出せないのは、遥の悪い癖だ。


 神社前の階段を登る。

 何年か前に見た時よりも汚れており、石段の上に乗っている大量の枯葉やこびりついている苔が、経った時間の長さを思い出させる。

 階段を登り終えると、あの時と全く同じ境内が姿を現す。

 もっとも、元々古ぼけていたせいもあって劣化具合が分からなかっただけかもしれないけど。

 遥が本殿の階段に腰掛け、こちらをじっと見つめる。

 俺も遥の横に座る為、みしみしと音を立てる階段に座る。


「…今度、ここで小さい祭りがあるんだって。」


 遥が、空を見つめながらぼそっと呟く。


「…へぇ、じゃあこんな汚かったら駄目だな。」


 と返すが、返事が無い。

 この状況を打破するため、俺は仕方なく切り出す。


「もしかして遥、俺と一緒に行きたいのか?」


 遥が肩をびくっと震わせる。

 俺が遥の横顔をじっと見つめているのにも関わらず、遥はまだ空を見つめたまま、こくりと小さく頷いた。


「はぁ、別に断るわけないんだから勿体ぶらずにさっさと言えば…ってうわっ?!」


 急に押し倒され、遥が馬乗りになる。

 遥は拳を振り上げ、軽く俺の胸を叩く。

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ハッピーエンド確定論 逢沢 今日助 @kamisilon

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