毎日真っ白パーカー女

古野ジョン

毎日真っ白パーカー女

 俺の大学に、毎日同じパーカーを着ている女がいる。無地の真っ白なパーカーを着て、講義を聴いている。友達はいないようで、大抵一人で過ごしている。


 暑くても寒くても、毎日同じパーカー。最初は何とも思っていなかったが、こうも毎日だと気になってくる。他の皆も気になっているようだが、ほとんど誰も彼女と話さないんだから分からない。


 そもそも、毎日同じパーカーを着ているのに汚れていないのはなぜだろう。真っ白だから、毎日着ていればどんどん汚れるはずなのに。以前「そのパーカー、何着持ってるの?」と聞いた奴がいたが、「一着しか持っていない」との返事だった。つまり、彼女は一着しかないパーカーを汚さずに着続けていることになる。


 毎日熱心に洗濯しているんだろう。そう思っていたのだが、最近考えが変わり始めた。というのも、ある奇怪な出来事があったからだ。


 数か月前、前に住んでいたアパートが取り壊しになったので、俺は別のアパートに引っ越した。引っ越した日に隣の部屋に挨拶に行くと、なんと件の彼女が出てきたのだ。つまり、俺は彼女の隣人になったというわけだ。


 最初は特に問題なかったのだが、気になる出来事があった。ある日、ゴミ捨て場に行った帰り道で彼女とすれ違った。彼女はなんだか重そうにゴミ袋を抱え、よたよたと歩いて行った。ごみの中身までは分からなかったが、一人暮らしにしてはやけに多くのゴミ袋を抱えていた。


 その後も何回か、彼女が多くのゴミ袋を抱えているのを見た。一回だけならともかく、流石にこうも多いと気になってくる。ゴミ袋をあさるわけにもいかないし、どうしたもんか。


 こういう出来事があったから不思議に思っていたが、結局謎は解けないままだ。そんなある日、アパートに帰ると隣の部屋の前に財布が落ちていた。もしかして、彼女の財布だろうか。そう思って部屋のインターホンを押すと、彼女が現れた。


 彼女は「あのー、どうかしましたか……?」と怪訝そうな顔をしている。俺は「これ、落ちてましたよ」と言いながら、財布を見せた。すると彼女はびっくりした表情で、「それ、私のです!!」と答えた。


 よかった、彼女のだったのか。安心していると、彼女が「あのー、同じ大学の方ですよね……?」と話しかけてきた。どうやら、向こうからも認識されていたらしい。玄関先で話が弾み、すっかり打ち解けてしまった。それ以来、大学で会った時にはよく話すようになった。


 そんなある日、大学からの帰宅途中に商店街で彼女を見かけた。歩いている方向が同じだったので、意図せずつけている格好になってしまった。途中、彼女は横道に入っていった。どこに行くのか見ていたが、道沿いの服屋に入って行った。毎日同じパーカーなのに服を買うこともあるんだな。そう思いながら、その場を去った。


 その数日後、家でゴロゴロしているとインターホンが鳴った。誰かと思えば彼女だった。彼女は「お茶を入れたので、よければ一緒にどうですか……?」と言い、部屋に招いてきた。暇だし、特に断る理由もないな。案内されるがまま、彼女の部屋に入った。


 部屋に入ると、ちゃぶ台に紅茶とお菓子が用意されていた。俺はちょこんと正座し、紅茶を啜った。その後、彼女といろいろな話をした。大学のこと、地元のこと、趣味のこと。大いに盛り上がった。


 話がひと段落したとき、ふと部屋を見回した。よく掃除されていて埃一つない。というか、そもそも物が少ない。何というか綺麗すぎるな、不気味にすら思える。


 思い切って、以前から気になっていたことを聞いてみることにした。

「あのさ、どうして毎日同じパーカーを着ているの?」

「えっ……」

それを聞いた彼女はひどく動揺し、手が震えだした。

「え、大丈夫?」

「だ、大丈夫ですよ」

そう言いながら、彼女はかちゃんとちゃぶ台にカップを置いた。


 すると、紅茶が彼女のパーカーにこぼれてしまった。

「ああっ……!」

彼女はさらに動揺した。

「すいません、お見苦しいものを……!すぐに着替えますから!」

「お、おい」

「すいません、すいません!」

そう言うと彼女は、パーカーどころかインナーまで脱ぎ出した。

俺は思わず目を逸らす。


 すると目線の先にゴミ袋があった。よく見ると、同じ真っ白のパーカーが何着も入っている。気になって近寄ってみると、パーカーと一緒に服屋のショッパーも入っていた。


 分かった。彼女はたしかに。毎日新品のパーカーを購入して、着たものはそのまま捨ててるんだ。ようやく謎が解けたが、なぜこんなことを……?


 すると後ろから、静かに彼女の声がした。

「気づいたんですね」

「ああ、着た服を全て捨てているのか」

「そうです。私は。だから、一度着た服なんて二度と着られません」

「そうか」

そういうことだったのか。どちらにせよ、お茶どころではない。


 俺は彼女に背を向けたまま、玄関の方に歩き出そうとする。

「でも、捨てられないものもあるんです」

ふとした一言に、思わず振り向いてしまった。

そこにいたのは全裸の彼女だった。

その肌は爪で傷つけられていて、痛々しい赤色をしている。

彼女は、ゆっくりと口を開いた。


「これだけは、脱ぐことが出来ませんから」

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