降臨

 彼は狂喜している。全てが彼の下に集い、彼は全てへと向かう。この宇宙の全粒子がただ動くように、彼は自分が生きていると感じた。ビッグバンが粒子たちを尽く突き動かす事の如く、科戸しなどの風のあめの八重雲を吹き放つ事の如く、あした御霧みぎりゆうべの御霧を朝風、夕風の吹き払う事の如く、大津辺に居る大船を舳解き放ち、艫解き放ちて大海原に押し放つ事の如く、を創めたのだと理解した。


 彼は身より煌々たる暗光を放ち、十方を無量無辺に遍照し、空には厚く鬱屈とした雲が大きく掛かり、次第に雷鳴が轟き始めた。彼は神棚の前に跪くと、彼らの大神呪だいじんじゅを誦し、その妙音は天地宇内に尭通悉達ぎょうつうしったつし、暗雲の中には数多の名状し難き瞳が現れ、大海は大蛸が暴れる事の如くに荒れ狂い、街々には心を揺さぶる重低音が鳴り響き、神棚に鎮まっていた依代には何処からか朱殷しゅあんの光が差し込むと、彼の隣にあった女がそれを別の瓶にある紅い液体と共に加加呑んだ。


 女は元来の美しさを増して、其処に人間が居たならば、皆一同に気を狂わせてしまうだろう。常識と理性と倫理と人間とを冒瀆するかの如く、彼女は闇色の髪をき上げてわらった。その肌は雪花石膏アラバスターのように白く、肉欲的な赤い唇と全てを見透かすような鈍色にびいろの瞳は、天上天下に比類なき妖艶さを孕んでいる。究極無上にな身体は常に滑らかな曲線を描き、髪と肌のコントラストは目眩がする程に邪悪な美を吐き出している。残酷に完璧で性欲的な乳房の下の、華麗で猥褻な腹が少しずつ大きくなっていく。彼は彼女に精液を浴びせて祝福した。

 斯くして彼女の周りには宇宙的な闇と、真紅に光る霧が立ち出でて、天使の一人たりとも立ち入る事の叶わない。代わりに日本国中の悪鬼悪霊、魑魅魍魎がこれから産まれる者とその父と、彼らの名に、頭を垂れて蹲い、等しく無量の歓喜を受け、苦悩苦患くのうくげんの呵責を救われ、稲荷の八霊、五狐の神、一切の鬼神と呪詛神と飛行疫神たちは、彼らに永遠の呪われた力を与えた。彼女の周りには何時の間にか灼熱の炎が漂い、彼が彼女の額に接吻すると、彼もまた同様に炎を纏った。

 彼らの為に馳せ参じた、怨讎を湛えた三対の腕と、大蛇の下半身を持つ猥褻なるものはこう言った。


「畏れるべし。古今未曾有の事をる。そらでは、灼け狂う星々が彼の讃美歌を謳うように。地上には、彼の愛が燃え盛るように。綾にいとも畏き御凶災の大前に畏み畏みまをさく。真灼しんしゃく大御神の御言以ちて、夢幻宣呪之布都宣呪言を宣れ。斯く宣らば、万雷が轟き、天楽は乱れ、こと問いし磐根いわね樹根きねたち草の片葉かきはをも語止ことやめて、旧き神たち、聞召きこしめせとまをす。の大神呪は、無始無終の沸騰する混沌の中心へも響かぬ事こそなかりけれ」


 炎の中にあった女が座って脚を開くと、その陰部から少しずつそれは現れた。赤狐しゃっこは静かに告げた。


御名みな帝上炎尊みかどかみほむらのみこと大主啻魔貴満火刀大御神おおぬししばのむちまひとのおおみかみ


 何処とも問わず、狗たちが一斉に遠吠えをした。真灼と呼ばれた男と母なる者は、手を繋ぎ、そして離すと間から刀が一振り出でた。真灼が子に翳すと即座に成長し、刀を取って八歩歩くと右手で天、左手で地を指すと、天上天下唯我独尊と明らかにした。

 そこに一体の偉大なる兜虫型の生物が降り立つと、先刻名付けられたばかりの彼の手を取り、真灼に向かって言った。


「He knows of your love, which is why you reside in the realm of mankind, as he observes both you and her. You feels like she is your everything, don't you? This is the language that the most intelligent creatures currently on this planet use. Is my view correct?

 ああ、訂正。この地域ではこちらの言語が使用されているようだな。でもきみには伝わったね。兎に角、きみには彼女と添い遂げる決意があるだろう。彼は私が適切な所へ連れて行っても構わないな? 了解してくれるね。彼の加護はきみと彼女に残す」


 真灼は数秒、子と目を合わせると頷いて笑った。


「俺も此奴もそういう覚悟だ。行け」


 空を覆っていた暗雲は払われ、雷鳴は静まり、微風が吹いた。また地上には安寧が戻り来て、ただあの者の降臨と旅立ちを祝福した。其処にはただの真灼と、母だった者と、三対腕の告知者だけが残り、真灼は告知者に向けて言った。


「姦姦蛇螺、お前は再び怒りと悲しみで灼けろ」

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邂逅と降臨 夜依伯英 @Albion_U_N_Owen

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