第5話 5日目 晋州(チンジュ)へ
トラベル小説
朝5時に晋州のバスターミナルに着いた。朝早くから開いている店があったので、
そこに入り、朝食をとることにした。
日本人は珍しいらしく、
「イルボニン?」(日本人か?)
と聞かれたので、
「Yes 」と答えると、その後店の中にいる人たちは皆無口になった。その理由は城の中に入ってわかることになる。
朝食はソルロンタンだった。白湯スープであっさりした味でおいしい。
「マシッソヨ」(おいしかったよ)
と言って、店を出たが、反応はなかった。
晋州城の正門についた。堂々とした門構えである。左右には城壁が連なっている。1周1700mあるということなので、1辺が400mほど。結構な長さである。高さは5mから8m。そびえたっているような気さえする。
晋州城に秀吉軍が攻めてきたのは2度ある。1度目は黒田長政率いる2万の軍勢が攻め込み、わずか3000の守備隊がこれをはねのけた。2度目は加藤清正や小西行長といったそうそうたる武将が10万の大軍で攻め込んだ。伊達政宗も参加していたらしいが、さほどの活躍はしていない。守る側は城に逃げ込んだ市民も含めて7万人と言われている。11日間の激戦の上、そのほとんどが討ちとられたという。三大激戦地のひとつと言われている。
晋州城内に入る。中が広い公園となっている。左の川側に行くと、高床式の楼閣があった。そこで清正らは戦勝祝いの宴をしたと書いてある。そこに芸妓としてよばれた朝鮮人女性ノンゲという女性が、秀吉軍武将と連れ立っていき、下の川(南江)に抱き合って飛び込んだという。飛び込んだ時、武将を抱きしめた手が離れないように全ての指に指輪がつけられていたという。覚悟の死だったのである。韓国人女性の強さを感じる逸話だ。ノンゲは、義妓(ぎこ)として人々から敬われ、その霊を弔う廟が城内に建てられている。
国立博物館に入った。古代の土器などを始め、いろいろな所蔵品があるが、一番印象的なのは秀吉軍に勝った1回目の戦いのことである。武具や将軍の紹介、秀吉軍を打ち破った戦法などの紹介がされている。ミニシアターがあり、アニメでその時の様子がモニターで紹介されていた。秀吉軍がまるで鬼のように描かれ、雑兵まで頬あてをつけて攻め込んでいる。日本人が見ると違和感しか感じない。2度目の戦いのことはほんの少ししか触れられず、ノンゲのことが大々的に紹介されている。
3人とも気分が沈んでいた。日本語で会話することさえ、はばかれる雰囲気だった。朝食で入った店で、冷たい視線をあびたのはわかる気がした。7万人も殺されたのだ。無理もないと思うが、今から500年前の話である。それと比べれば70数年前の先の大戦のことは最近といっても過言ではないのだろう。
博物館から出て、広い公園内を歩く。
「韓国人のイメージ変わりましたね」
という木村くんの言葉に長谷川さんが反応した。
「そうかしら。私の知っている韓国人はみないい人たちよ。日本をスキだと言うし、日本人より世話好きな人たちが多いの」
「それは長谷川さんの近くにいる人たちだからですよ。ぼくの知っている韓国人もいいやつですよ。でも、集団になると変わるんです」
「どういうふうに?」
「簡単に言うと熱いんです。集団心理が働きやすい国民だと思うんです。デモとかになると一体感が生まれるんですよね。ソウルの市庁舎広場に集まる人たちの熱気ってすごいじゃないですか?」
「それは今までももっていた韓国人のイメージと同じでしょ。私はそのイメージは変わっていないわよ」
「変わったというのは、韓国人の執着心です。500年前のことをいまだに忘れないようにしている。それも国立博物館ですから、国をあげてですよね」
「それは朝鮮というのは、戦争に勝ったことがない国だからよ。三国時代に高句麗が満州に攻め込んだことはあるけれど、中国やモンゴルや日本にやられてばかりいるじゃない」
「歴史的にはそうですよね。だから負け組の心理がしみついているんじゃないかと思うんです。だから、やたら勝負にこだわるんじゃないかと思うんです」
「うーん、それはあるかもね。でも負けず嫌いって、パワーになるよね」
「負けず嫌いの人って、周りの人がひくことがあるじゃないですか」
「そう? 私も負けず嫌いよ」
その一言で、二人の会話が止まった。しばしの沈黙がながれ、私が助け船をだした。
「知り合いの韓国人が言っていたけれど、日本人は歴史教育をしっかりしていないと言っていた。秀吉軍も明治時代の朝鮮統合もいわば侵略なのに、それを学校で教えていないのが問題だ。ということだ。どうですか?木村くん」
「ぼくは国語の教員なのですが、たしかに受験勉強で戦争のことはしませんでしたね。そういう問題がでませんから。日本全体で戦争にふれたくないんでしょうね」
「そのくせ、元寇は歴史教育で必ず出てくる。攻められた歴史は忘れない。それは韓国も日本も同じじゃないかと思うんだよ」
「そう言われるとそうですが・・・」
「大事なのは、前を見ることじゃないかな。過去を忘れろとは言わないけれど、前にすすまないとね」
その言葉でまた沈黙が流れた。木村くんも長谷川さんも私が妻を亡くし、傷心旅行に行ったことを知っているからだ。すると、長谷川さんが
「そうね。私も前にすすまないといけないわね」
と一言発した。その時、私はその意味が分からなかった。
「なんかおいしいものを食べましょうよ。情報によるとユッケビビンバがおいしいと書いてありますよ。そのお店をさがしましょう」
と木村くんが明るい声で誘ったので、沈みがちだった気分をふりはらって、その店をさがした。30分ほど歩いて、その店をさがした。
店は結構大きく、ゆったりしていた。日本人と聞かれることなく、ユッケビビンバがでてきた。観光客が多いので、疎外されるような雰囲気はない。
この店のユッケビビンバは別々の皿ででてきた。まぜるか否かはお客しだいということだが、周りの客はみな混ぜていた。私もそうやって食べてみたら、甘いビビンバになった。おもしろい味だった。
さて、店を出てバス時刻まで4時間。どうやって過ごそうかと思っていたら
「お風呂行ってみません。韓国式のサウナってどうですか? 男女いっしょに入れるところもあるみたいですよ」
という長谷川さんの提案に、木村くんは
「えー! 男女混浴なんですか!」
「木村くん、変な想像したでしょ。裸じゃないわよ」
「でしょうね」
バスターミナルの近くへ行くと、大きな看板のチムチルバンがあった。韓国式サウナの店である。フロントで、800円ほどの料金を払い、更衣室で室内着に着替える。タオル状のバスローブみたいなものだ。そこで、サウナ室に入る。男女いっしょだ。
でると男女別のシャワールームがある。ロビーにはゴザのところと簡易ベッドのところがある。サウナに入ったりでたりする。簡易ベッドで一晩過ごすことも可能だ。
3時間そこで過ごし、10時の深夜バスでソウルに向かう。またもや優等バスなのでゆったりだ。
朝4時にソウル着。そこから空港に向かい、5時には到着した。私は8時のフライトなので、シャワーを浴びてから荷物を受け取り、二人と別れた。
「木村くん、今度会う時は国内の城めぐりかな?」
「そうですね。しばらくは海外旅行はなしです。教員の仕事に専念します」
「がんばってね。木村先生。私も応援していますわ」
「長谷川さんもお元気で」
「また会いましょう。私も前を向いて進みます」
長谷川さんの言っている意味がよくはわからなかったが、3人で旅をすることはこれが最後だと感じていた。でも、長谷川さんと外国二人旅をするとは、この時は夢にも思っていなかった。
あとがき
木村がメインの旅シリーズを時系列でおうと
「スイスを旅して」
「韓国グルメ旅」
「ドイツを旅して」
「南フランスを旅して」
「韓国城めぐり」
「ベルギー城めぐり」
そして今回の
「韓国城めぐりⅡ」です。
次回は、木村と長谷川さんのフランス旅です。なんか訳あり風の長谷川さんがコーディネートする旅です。どんな旅になるかお楽しみに。
韓国城めぐりⅡ 飛鳥 竜二 @taryuji
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