第2話 雇用主は変な生命体だろう

 業務内容:人体切断


 カメラもマイクも備えていないインターホンを押し込む。

 セキュリティなんて知らないような洋館。

 今日からここが職場になる。


 3つだけ積んで敷地を囲っただけのレンガの塀。

 咲き誇るばかりで手入れされていないような薔薇の低木。


 とても臭い。

 放った腐った物よりも臭い。

 淀んだ都会の空気に紛れることができない腐臭が漂っている。

 生ゴミを適当に捨てているに違いない。

 ……人体切断と何か関係があるのか?


「いらっしゃいませ、本日から人体切断業務を担当する焼石やけいしさんですか? わたくしは人間調教担当の柴樹しばきゆかりと申します」


 重厚な扉を開けたのは、着込んだスーツに合わないシャンプーハットを被った真面目そうな声の人間。

 緩慢に見える動きで頭を下げると、シャンプーハットがなんとか留めていたらしい紫色の粘液が、足元に糸を引きながらこぼれた。

 宇宙人の唾液にとても似ている。


「はい、そうです。よろしくお願いします」

「人体切断は母屋の執務室娯楽台で行いますので、執務室まで案内します。えーっと人体切断業務ははじめてですか? 初心者でもわかりやすく説明できるよう努力いたします」


 足が沈むような赤いカーペットを土足で歩く。

 ここらでは珍しい生活スタイルだ。

 近所の一般的な金持ちの家でやったら刺客を送られても仕方ない。


「左手の部屋が一般執務室です。右手の穢らわしい部屋が娯楽台付き執務室です。人体切断はこちらの部屋でのみお願いします」


 穢らわしいと語気を強め、扉を蹴破るように開ける。

 扉が蹴破られたせいで室内が目に入る。

 腐臭が嗅覚を壊しにかかり、血液であろう強い鉄においが鼻にツンと刺さるが、赤い血液は一切見えない。


「うわぁ……」


 ただ、部屋の中央にバラバラになった男がいる。

 透明な粘液を滴らせ、体は再生し続けているようだ。


「俺が雇用主です。ありがとう、いい目をしているね。きっと生来優しい顔をしているだろうに、そんな表情をさせてしまったのか俺は。ただの嫌悪だというのにそれさえ褒美のようだ。給料を二倍にするから今、正直な力で鞭で打ちつけてくれないか?」

「雇用主、新人は雇用主を切断しにきただけで、雇用主と気持ちの悪い夫婦ごっこをしにきたわけではありません。新人が職を離れたがる前に業務の開始を推奨します」


 表情、感情のすべてがない先輩が告げる。

 どうやら人体切断とやらは、この生命体を切るだけらしい。

 犯罪に加担させられるわけじゃないならいい。

 しかし、初対面の人間には本来向けるべきではない嫌悪感やら、気持ちの悪さだとか、そういう感情を持ってしまっている。

 この仕事は長く続けられるだろうか。


 もう辞めたいが。

 辞められるだろうか?

 覚悟を決めて、ノコギリの柄を握った。

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激臭探偵とバーナー助手 茶縞 @totemoii-otya

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