激臭探偵とバーナー助手

茶縞

金が欲しいので求職してみる

第1話 金が欲しくてマッチをする

 老人が紙巻きタバコをくわえる。

 彼が示す前にふところからマッチを出す。

 箱でマッチ棒の頭をり、酸素で焼き、タバコに火をつける。

 甘ったるい悪臭が、煙として室内に上る。


 半分ほど開いた真紅の遮光しゃこうカーテン。

 強く差し込む西陽が、おぼろげな煙の影を床にわせる。

 乾燥気味の老いた指がタバコを叩き、灰を絨毯じゅうたんに落とした。


 私は焼石やけいし

 金持ちのタバコに火をつけるバイトをしている。

 この仕事の業務内容は楽だ。

 ただ、12時間立ち仕事で、マッチを擦ることしかない。

 喫煙きつえんは不規則で、少しの集中力が必要だが、問題ない。


 通常時給1800円。

 葉を詰めるオプションをつけて2000円。


 最近、婚約者からひかえるように言われたらしく、仕事が減っている。

 具体的には、1時間平均50回から減っている。

 しばらくは大丈夫そうだが、本格的に禁煙をはじめたら解雇されそうだ。

 同じ業務内容で次のバイトを探すのは大変そうだ。


 同じ条件でのバイトはもう、見つからないかもしれない。

 時給2000円の生活からグレードを落とせる気は全くしない。


 思考の間に老人がタバコを取り出す。

 再びマッチをこする。

 赤い頭はくすんだ色の側面で化学反応を起こし燃え上がる。

 付けた火を差し出すと、先端がタバコにほのかに熱を与える。

 タバコの頭をチリリと焼いて、火が先端に含まれるように付くのを見届ける。

 マッチが抱えた火を、手首を振る最小の動きでかき消す。


「雇用について話がある」

「はい」


 できる限り淡白な返事。

 彼が大袈裟おおげさな返事を望んでいないことを最近知った。

 勝手に見た交換日記に“マジ気持ち悪い”と書かれてあったので確実だ。


「最近、私が禁煙をはじめたのは知っているだろう」

「はい、1時間平均25本に減りました」

「……その通り、近いうちに君がマッチをらずに済むようになるだろう」

「私を解雇されますか?」


 少し考えるような表情をしている。

 灰を被ったように白混ざりの黒髪。

 血色けっしょくが悪い顔。


「今日にでも辞めてもらえるように、書類は用意してある。しかし、それでは君にも存在するであろう生活が苦しくなるだろう。ということでだ、君が良ければ次の職場を紹介しようと思う」


 言葉を切りながらも、彼は長く早く告げる。

 ほぼ記入を終えた書類と数枚の求人チラシを広げる。

 斜め後ろにいる私には、しっかり見える。


 ヤニカス歓迎

 時給2500

 業務内容、マッチり、胡麻擂ごますり、人体切断


 自称ヤニカスのクズしか集まらなそう。

 人体切断とは……。

 胡麻……定食屋なのか……?


 時給2500円ならしょうがない。

 解雇される前に次を探せるのはとてもいい。

 ありがたいですね……。


「今までありがとうございました」


 サインを書き。

 ハンコを押し。

 礼を言う。


「……うん、最後に一言いいかな……?」

「なんです?」

「君、風呂は毎日入った方がいいよ」

「……あ、はい」


 厚い絨毯を踏みしめるように、部屋から出る。

 風呂にはそれなりに入っている。

 捨て台詞のように酷いことを言う……。


 2重の尖った門を閉めて出る。

 振り向く西洋風の邸宅が影を落とし、薄暗い。

 白いはずの壁はヤニで黄ばんでいる。

 庭の木々も心なしかしぼんでいる。


「ヤニカスバーカ! アホ! 口臭い! 口臭うんこ! 老人会の代表! 死ね! ロリコン!」


 門越しに罵倒を投げつける。

 これは“西洋風の建物で解雇されたら、罵倒してもいい”という、この街の伝統だ。


「アホ! カス! きっしょいバイト! マジ死ね! 体臭キツすぎ! 死臭! 臭すぎ! 口も臭い! 歯茎腐ってる臭すぎ死ね! 俺まだ20代だからお前死ね! うんこマジお前も死ね!」


 そしてこれは、伝統の罵倒返し。

 死ねは5回までしか言ってはいけない。

 違反すると金を取られる。


 次はヤニカス歓迎バイト。

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