最終章 私、宇宙人なんだけど?

第32話 メタトロン七号と日ユ道祖論




 ここが、高千穂神社か。

 感慨を胸に、俺達は高千穂神社の鳥居を潜る。その頃には、各地で発生していた局地戦も終結していた。蓮美の話によると、神に属する勢力とストリクスとの間には、特定の神社や神殿には手を出さないという取り決めがあるらしい。あんなが高千穂神社の鳥居を潜った瞬間に、勝負は決したのである。

 我々は、勝ったのだ。

 俺達は手水舎ちょうずやで身を清め、神前へと進む。お社の前では、水干に身を包んだ神官が待ち受けていた。若い神官は深々と、りんごちゃんにお辞儀をする。


「ここから先は奥の院となります。資格のない方の入場はご遠慮願います」


 神官が言う。蓮美とぷうちゃん、そして不良達は、奥の院への入場を許されなかった。彼らは社務所へと通されて、俺達の帰りを待つことになった。


「ま、仕方ないわね。天下の八咫烏様には逆らえないから」


 蓮美はふてくされるように言ったが、その顔には笑顔が浮かんでいた。ぷうちゃんも、おやつを与えられて上機嫌だった。


 俺とあんなと日向、そしてりんごちゃんの四人は、蓮美達を残し、神殿の裏手へと通された。


「ん。何もないじゃないか」


 俺は呟いた。裏手には小さな木の囲いがあって、鎮石なる石があるぐらいで、特に変わった物は見当たらない。


「ええ。この次元には」


 と、りんごちゃんが微笑する。

 この、りんごちゃんなる人は、一体何者なのだろう? あんなは、りんごちゃんにやたらと敬意を払っているし、随分と色々なことを知っている風な物言いも気になる。

 なんて考えた次の瞬間、突然、円筒状の光の柱が俺達を包んだ。


「あんな!」


 突然の浮遊感に戸惑い、あんなへと手を伸ばす。身体が地面に沈んで行く。踏ん張りようがなくて、抵抗も出来ないでいる。


「慌てないで、愛しい人。大丈夫なんだけど」


 と、あんなは、俺と日向の手を取った。


 ★


 俺達は完全に地面に沈み、何処とも知れぬ不思議な領域を通ってその場所へと着いた。

 そこは、広大なドーム状の空間だった。かなり遠くに壁らしき物が見えるが、少しも閉塞感がない。大きな野球場が何百個も入りそうな空間に、一つの都市が丸々収まっていた。だが、地下街というにはあまりにも広すぎる。建物の多くは可愛らしいドーム型をしており、遠くには草原とか、林や小川までもがあった。


「ここは……何なんだ。いくらなんでも広すぎるだろ」


 俺は驚きを口にする。


「ここは太陽人と地球人との交流のいしずえ。地球保護艦隊の大型星間開拓船、メタトロン七号の内部なんだけど。広いのは、空間圧縮技術が使われているから。実際には、船の大きさは二キロぐらいなんだけど」


 あんなが言う。


「船? じゃあUFOか。それに空間を圧縮する技術とは……成る程、凄いテクノロジーだな。よし、あんな。早速お風呂に入ろう」

「だから、もっと驚きなさいよ!」


 と、日向がツッコミを入れる。


「おかえり、あんな」


 ふと、背後から男の声がする。穏やかな声に目をやると、そこには、見知らぬ背の高い男がいた。


「ひっ、怖っ!」


 日向が驚きの声を上げる。無理もない。その男の肌は、濃い緑色をしていたのだ。髪や眉は白く、瞳も緑色だった。


「紹介するんだけど。この人が、地球保護艦隊司令部のラー室長なんだけど。前にも話したことがあると思うんだけど」


「ん。そういえば、確かに聞いたことがあったな。中二病的妄言だと思っていたが」

「君は失礼な少年だな。国士君」


 と、ラー室長が苦笑いを向ける。本当に、異質な印象の男だった。彼の肌の緑色は、常緑樹の葉っぱみたいに濃い。ただ、この男が俺の名前を知っているということは……。

 俺はいくつかの事実に気がついて、軽く怒りが込み上げてきた。


「兎に角、疲れただろう。奥に案内するから、少し休むと良い。それから」


 と、ラー室長はりんごちゃんへと歩み寄り、深々とお辞儀をした。


「長らく、本当に長らくお待ちしておりました。まさか、あんなが見事使命を果たすとは。私はあんなを見逸れておりました。どうか、我々に貴女様の知恵をお貸し願いたい」

「ええ。どうか頭を上げて下さい。かぐやさんはお元気ですか?」


 りんごちゃんはラーの肩に触れ、顔を上げるよう促す。俺には、二人の会話が意味不明過ぎて理解が追い付かなかった。


「ちょっと待った。かぐやって、かぐや姫のことか?」


 つい、口を挟む。


「ああ。その通りだよ。そこにいるあんなのひいお婆様だ」


 ラー室長はそう言って、ニヤリと笑みを浮かべた。


 ★


 俺達はラーの案内で、来賓用と思しきドーム状の建物へと通された。大広間には食事が用意されており、座り心地のよいソファーもあった。

 俺達は、早速ソファーに腰を下ろした。


「で、あんな。色々と話が見えないんだが。説明して貰えるか? この状況と、そこにいるりんごちゃんについても」


 俺は早速、疑問を口にする。


「それについては私が答えましょう」


 と、りんごちゃんが真剣な眼を向ける。


「私の本当の名はマリア。かつて因幡の白兎と呼ばれ、天鈿女あめのうずめ命と呼ばれ、卑弥呼とも呼ばれた邪馬台国の女王。世界の終りまで、光を守る者です」

「マリア? マリアって、聖母マリアのことか?」

「いいえ。聖母マリアは私の義理の母。私はマグダラのマリア。イエスの妻です」


 りんごちゃん、改め、マリア様は言った。俺は再び口を開きかけたが、その直前で、日向が俺の背中をパシリと叩く。


「なんだよ日向。どうして、いきなり叩くんだ?」

「なんだじゃないわよ。あんた、どうせろくでもないこと言おうとしたんでしょう? 中二病とか、中二病とか、中二病とか!」

「う。それはそうだが」

「そうだがじゃないわよ? あんた、誰に暴言を吐こうとしたか本当に分かってる? 怖いもの知らずも大概にしなさい」


 マリアがクスリと微笑する。


「無理もありませんね。突然こんな話をされて、信じろという方が無理なのですから。ですが、どうかこのままお聞きください」


 マリアがラーに視線をやり、軽く頷く。ラーは応えて、パチリと指を鳴らす。直後、大広間いっぱいに三次元立体映像が浮かび上がった。現れたのは地球だった。地球が回り、アラビア半島の辺りが拡大されて、次に聖書らしき物が浮かび上がり、ページが開かれる。

 そして、マリア様は語り始めた。


 ★


 マグダラのマリアは新約聖書に登場する。一般的な認識では亜使途と呼ばれ、十二使徒と同様に、イエスの弟子とされる。異端とはされるが、一説によると、マグダラのマリアはイエスの妻であったといわれている。

 マリアはイエスの生前、イエスの衣に触れたことにより、不老不死の肉体となった。


『よく聞いておくがよい、人の子が御国の力をもって来るのを見るまでは、死を味わわない者が、ここに立っている者の中にいる』


 マタイ 一六章二八節。


 イエスが、十二使徒に語った言葉である。このイエスの発言が示す者については、続く会話で『彼』と表記されている。この〝彼〟については、多くの場合、マグダラのマリアの兄のラザロ──。黙示録のヨハネとされることが多い。ただ、この時代のイスラエルには、人数を示す時に女性を頭数に入れない習慣があった。更にいえば、イエスは、〝死を味わわない者〟が一人だけだとは一言も言っていない。つまり、異説とされる例外についても真剣に考えるべきであり、その例外こそが、マグダラのマリアだった。


 不死のマリアはイエスと結婚し、イエスが地上を去った後は、妻として遺産を相続することになる。遺産の中には古代イスラエルの至宝、〝契約の聖櫃アーク〟も含まれていた。

 契約の聖櫃アークは人類にもたらされた聖遺物の中でも最高の、特別な宝物である。

 黄金製の聖櫃の中にはイスラエル三種の神器である、十戒石板、アロンの杖、マナの壺が収まっており、その一つ一つが、とてつもない権能を有しているそうだ。


 さて、このマグダラのマリアは、イエスの死後に大きな使命を負うことになった。

 イエスが十二使徒の元を去ってから暫くして、マリアは動き出す。神の言葉に従ってイスラエルを脱出し、その後、長い長い旅を経て、契約の聖櫃を日本へと運び込んだのだ。旅には大勢のユダヤ人原始キリスト教徒が付き従った。その規模は、数万人単位である。

 日本に渡来した原始キリスト教徒達は、日本では「はた氏」と呼ばれた。勿論、マリアが日本を目指したのには、ちゃんとした理由がある。そこに、失われたイスラエル十氏族がいたからだ。


 イエス誕生から遡ること七◯◯年程前、古代イスラエルはアッシリアの侵攻を受けた。これによって、当時南北に別れていたイスラエルの内、北イスラエル王国が滅亡する。そこに住んでいたイスラエル十氏族は行方不明となり、歴史の影へと身を潜める。

 彼等こそが世に名高い、失われたイスラエル十氏族である。この十氏族は、北イスラエル王国滅亡後に世界中に散らばって行きはしたが、その多くは、陸、海のシルクロード沿いに長い旅を経て、日本に辿り着いていていた。日本建国の裏には、イスラエル十氏族が深く関わっていたのだ。


 日本には古代ユダヤ教を信仰するイスラエル十氏族が住んでおり、そこに更に、マリアを含む原始キリスト教徒(秦氏)の集団が加わった。これによって国譲りが起こり、日本にはイスラエル十二氏族が全て揃ったことになる。つまり、日本は裏イスラエルとも呼ぶべき国なのである。


 ちなみに平安京の〝平安〟は、ヘブライ語に直訳すれば「シャローム」である。即ち「エルサレム(エル・シャローム)」を意味している。


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