第30話 追跡に次ぐ追跡!




 ふわりと身体が浮かび、アスファルトに叩きつけられる。衝撃が駆け抜けて、苦痛が全身を満たす。一瞬、意識を失いかけた。が、それを必死で繋ぎ止める。

 急げ。倒れてる暇なんかない。

 心中に呟きながら、なんとか正常な呼吸を取り戻し、ゆらりと立ち上がる。

 遠く、走り去るバイクの後ろには、日向とあんな、りんごちゃんの姿があった。三人は既に外国人部隊の防衛線を突破して、こちらを振り向いて必死に叫んでいた。が、丸刈りはバイクを止めなかった。正しい判断だ。そのまま行け!

 ふっと、鼻先を灰色の塊が横切った。

 ぷうちゃんが蹴り飛ばされて飛んできたらしい。アスファルトが砕ける音と、ぷうちゃんの悲鳴が木霊する。

 悪魔憑き、だな。

 俺の眼が悪魔憑きの姿を捉え、奴もこちらを睨みつける。グッと、俺はナイファンチの構えを作る。

 あんなはもう行ってしまった。日向がついてるから多少のトラブルにも対処できるだろう。ならば、俺がやることは一つ。このクソ面倒臭そうな悪魔を足止めする。


「お前、悪魔だろ。かかって来いよ」


 俺の挑発を、悪魔はふん、と鼻で嗤う。


「小僧なんぞと戦えるか。寝言は寝ていえ」


 悪魔は吐き捨てるように言い、次の瞬間、高く飛び上がった。奴は俺の頭上を飛び越して、あんなを追って駆け出した。


「くっ。待て!」


 俺も慌てて走り出す。しかし──


「──ウェウェウェウェェェェェイト!」


 目の前に、敵兵士が躍り出す。そいつは銃剣を構え、一直線に突進してきた。

 焦るな!

 俺は全身にゆるみを持たせ、機が合う瞬間を狙う。

 もう少し、もう少し、もう少し……。

 今だ!

 銃剣が突き出されると同時、俺は斜め前へと滑り出す。銃剣の腹に手を添えて、ゆるりと攻撃を受け流す。小銃を伝う腕の甲が、徐々に重みを増していく。

 むん! と、拳を発射する。攻撃は敵の胸板に突き刺ささり、カルシウム質の何かが砕ける感触が伝わる。本家引導返しである。

 敵兵は一撃で倒れ、血の混じった吐瀉物を撒き散らしてのたうち廻る。

 息を吐く暇もなかった。

 続けざまに、二人の敵兵が襲い掛かる。その攻撃は、完全に俺の隙を突く物だった。ギラついた銃剣が、首筋へと伸びる!


「大人しくしなさあああい!」


 叫びながら、髪の長い女性警官が横やりを入れた。俺を打ち据える、と見せかけた竹刀の一撃が、横薙ぎに、敵兵の顔面に炸裂する。パァン、と乾いた音が鳴り、敵兵が悶絶して転げ回る。


「しまった。失敗失敗」


 てへ。とベロを出しながら、女性警官は再び俺を打ち据える。と見せかけて、もう一人の敵兵の後頭部を殴りつけた。たまらず、兵士は崩れ落ち、アスファルトをのたうち回る。


三秋みあきひとみいいい! 何をやってるんだ。味方を殴ってどうする。後で始末書だぞおおお!」


 上司と思しき警官が、怒気を露に女性警官を叱りつける。そいつもまた、外国人兵士の後頭部を竹刀で殴りつけていた。


「はい、すみません! 今度こそ逃がさないわよ、大人しくしなさい!」


 叫びながら、女性警官が竹刀を振り上げて俺へと突進する。が、それはまるでコントの様な光景だった。俺がかわしもしないのに、女性警官の竹刀はぶんぶん音を立てるだけで、攻撃は全て外れる。挙句、女性警官はつんのめって転んでしまった。


「あ、しまった。やったわね! この隙に逃げたりなんかしちゃったら、許さないわよ!」


 なんて、棒読みで叫ぶ始末だ。

 俺は全てを理解して、ペコリと頭を下げて、駆け出した。全力で駆ける俺の隣に、暴走族のバイクが並ぶ。


「はい、はい、こっち。後ろに乗って!」


 赤い髪の不良が言う。俺はそのバイクに飛び乗った。

 ぐん、とバイクが加速して、風が頬を打つ。「どけどけ!」と赤髪がハンドルを切り、外国人兵士達の間を縫って突っ走る。お陰で、やっと敵の防衛線を抜けた。敵兵士が悔しげに此方に怒声を上げているが、その姿も遠ざかっていった。

 もう間もなく、高千穂神社が見える筈だ。しかし……。

 頭上で嫌な羽音がした。

 軍用の武装ヘリコプターが追撃して来たのだ。


「ははは! やべえの来た!」


 何故か、不良は大笑いしながらバイクを蛇行させる。そこへ、ヘリコプターが躊躇なく、小型ミサイルを発射した。

 ドォォオン! と爆炎が上がり、熱風と衝撃が連続で襲う。轟音が耳をつんざいて、アスファルトの欠片が頰を掠める。

 俺達は、炎の中を突っ切った。


「うわあああ! 負けるかあああ! なめんじゃねえぞおおお!」


 不良が大声で叫ぶ。


「うおおお! 負けるかあああああ!」


 俺も思いきり叫んだ。

 不意にエンジン音がして、俺の傍らに軍事車両のハンビーが並ぶ。運転しているのは蓮美だった。敵の車を奪ったのか。


「ねえ国士君、野球は得意?」


 蓮美はすみが悪戯っぽい微笑を浮かべて叫ぶ。その額からは血が流れ、少し鼻血も滲んでいた。


「野球は嫌いだ。集団行動が苦手だからな」

「ふうん。じゃあ、ライカンスロープの動体視力と運動能力を信じるしかないわね」


 と、蓮美は、運転席から金属質な球体を放る。俺は咄嗟にそれをキャッチする。

 手榴弾だった。


「ぷうちゃん!」


 蓮美が叫ぶと、ハンビーの天井が開き、中からぷうちゃんが姿を現した。


「ガウ! ルーシーニマカセロ」


 ぷうちゃんはまだ変身状態だった。そして何故か、木製のバットを手にしている。俺は蓮美の狙いに気が付いて、思わずニヤリとしてしまう。


「いくぞぷうちゃん。よく狙え!」


 俺は手榴弾のピンを抜き、ぷうちゃんに放り投げる。


「ウウウウウッ。ナアアア!」


 思い切りのよいスイングが振り抜かれ、球体を気持ちよくかっ飛ばす。

 打球、否、打弾は真っすぐ伸びて、敵の軍用ヘリコプターの下っ腹にコツリと命中する。

 ド派手な破裂音と、爆炎が四散する!

 たちまち、ヘリコプターは爆風でバランスを失って、ぐるぐる回転し始める。やがて高度を落とし、俺たちの遥か後方に墜落した。


「あっはっはっはあ! あんたら、最高じゃないすかあああ!」


 バイクを運転している不良が叫ぶ。彼は再びアクセルを全開にして、加速した。


 ★


 鋭いブレーキ音と共に、バイクが停止する。

 目の前には、神社の石造りの鳥居があった。高千穂神社である。

 やっと辿り着いたのだ。

 だが、簡単には神社に入れそうになかった。鳥居の前では悪魔憑きが腕組みをして、仁王立ちしている。日向は悪魔を前にして、息を切らして肩を揺らしていた。腕、足、頬に擦り傷がある。日向は、あんなとりんごちゃんを守って戦っていたのだ。りんごちゃんは日向に守られながら、祈りの言葉を唱えている。


「国士」


 日向は俺を見て、安堵交じりの微笑を浮かべる。

 ふと、焦げ臭い煙が鼻を衝く。

 三台のバイクが横転して燃えていた。車体は見る影もなく変形している。その近くには暴走族が三人倒れていた。丸刈りと、その仲間だ。三人とも、腕や足が変な方向に折れ曲がっていた。


「総長……野郎!」


 俺を乗せてきた不良が怒りを露にする。俺はその肩を掴み、引き戻す。


「ここから先は俺の戦いだ。見届けてくれ」


 と、不良を宥め、バイクを降りる。

 俺は血気を押し込めて、静かに日向と肩を並べた。


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