第28話 切迫! 邪馬台国流逃走術
一休みして、俺達は再び出発した。
「もう少し行ったら駐車場がある。そこに車を用意してあるから、それまでは頑張って歩いてね」
と、蓮美は俺達を先導する。
暫く行くと、俺達は国道に出た。
「じゃあ、車をとって来るから少し待ってて」
蓮美はそう言って駆けていった。道路の隅の木陰には古い公衆電話があった。
「あ、電話だ!」
何故か、日向は電話へと駆け寄ってゆく。
我々は、あんなのアパートを出た時から、ずっと携帯端末を持っていない。キャッシュカードの類もだ。盗聴や追跡を防止する為だった。蓮美によると、外国の諜報機関が携帯端末を盗聴するのは容易い事なのだそうだ。また、銀行のカード等、半導体が内蔵されている物を所持しているだけで、そこから盗聴、追跡する事が可能であるらしい。裏の科学技術は表の科学よりも格段に進んでいるらしいが、こんな話を学校でしたら、まず間違いなく嘘つき呼ばわりされるだろう。
日向は、俺が止めるのも聞かず、誰かに電話をかけた。日向なりに考えがあってのことらしいが、電話の使用に関しては、蓮美から厳しく禁止されている。敵に見つかる可能性が高いからだ。それを承知の上での電話だ。余程のアイデアがあるのか、バカなのか。
やがて、日向が電話を切って戻ってくる。丁度、蓮美が自動車でやってきた。幼稚園の送迎用と思しき、小型のワゴン車だった。
「さあ、乗って。少し古いけど我慢しなさいよ?」
蓮美に言われ、俺達はワゴン車に乗り込んだ。
そして、車が走り出す。
ワゴン車は特に妨害を受けることもなく、二◯分程で峠を抜け、いよいよ阿蘇山の東南側へと差し掛かった。
「で、次はどっち?」
蓮美は運転しながら言う。
「左に曲がって下さい。少し遠回りにはなりますが、そっちはあまり警戒されていません」
りんごちゃんの手元でダウジング用の
蓮美は素直に指示に従って、黙々と自動車を走らせている。余程、りんごちゃんの超能力を信用しているのだろう。
だが、単体の敵までは感知できなかったらしい。
突然、五◯メートル程前方の歩道橋から、日傘を差した人影が飛び降りた。
咄嗟に、蓮美が急ハンドルを切る。ワゴン車は、鋭いブレーキ音を撒き散らしながら交差点を右折した。おかげで、飛び降りた女を轢くことはなかったが……蓮美がハンドルを切ったのは、そいつを轢かない為じゃない。逃げる為だ。
「最悪。またあいつだよ!」
日向が顔を青くして叫ぶ。
そう。日傘の人影は、昨夜、俺達が遭遇した悪魔憑きだったのだ。
蓮美がグッとアクセルを踏み、ワゴン車が加速する。それを、パジャマ姿の悪魔憑きが凄い速さで追いかけて来る。単純に、人間離れしたスピードだった。
「蓮美、よく、一瞬であれが悪魔憑きだって分かったな」
俺は問う。
「勘よ、勘! だいたい、ホラーな存在って嫌いなのよ。ああいうヤバいのって、なんか雰囲気でわからない?」
愚痴る蓮美の額に冷や汗が滲む。我々の背後には、もう、すぐそこに悪魔憑きが迫っていた。
「何よ、何よ。あいつ自動車よりも速いじゃない! もう、追いつかれるよぉ」
日向が叫ぶ。言葉通り、悪魔憑きはワゴン車に並走していた。ちぢれた長髪を振り乱しながら、汚れた手をドアのレバーへと伸ばす。指先が触れそうになった刹那──、ふん! と、俺はドアを蹴り開ける。ドアが強かにぶち当たり、悪魔憑きは転んで地面を転がった。
「蓮美、今だ!」
「わかってる。りんごちゃん!」
「はい。そのままの速度を保って進んで下さい。速すぎても遅すぎてもいけませんよ。ルートは──」
「──分かってる。あそこに行けば良いんだよね!?」
と、蓮美は再びハンドルを切る。そのまま暫く進むと、前方に踏み切りが見えてきた。
「速すぎます。少しだけ、速度を落として下さい」
りんごちゃんの指示に従って、蓮美は自動車の速度を落とす。が、バックミラーには、もう既に、追い縋る悪魔憑きの姿が映り込んでいた。
「だめ。このままじゃ追いつかれちゃうよ」
日向が涙目で叫ぶ。悪魔憑きは、後続車を次々と蹴り飛ばしながら、ワゴン車へと距離を詰める。蹴り飛ばされた自動車は宙を舞い、次々と前方に落下する。蓮美は悲鳴を上げながらハンドルを切りまくり、自動車を避けまくる。が、スピードを落としたせいで、もう追いつかれそうだ。
混乱と交錯するように、警告音が鳴り響く。前方の線路で、遮断機が降り始める。
「今です。加速して下さい!」
りんごちゃんの叫びに応え、蓮美が「いっくよお!」とアクセルを踏み込んだ。ワゴン車は遮断機に車体を擦りながら、ギリギリ線路を渡り切る。直後、列車がやってきてワゴン車と悪魔憑きとを分かつ。
これなら、いくら悪魔憑きでも追っては来れないだろう。りんごちゃんは、これを狙っていたのか──。
理解した刹那、人影が高く飛び上がり、列車を飛び越した。ドシリと線路に着地して、悪魔憑きが不気味な笑みを浮かべる。再び絶望が胸を満たしかけたが、その瞬間、悪魔憑きがいる線路に他の列車が突っ込んだ。まるでクルミが砕けるような音がして、悪魔憑きは彼方へと弾き飛ばされていった。
「ふう。とりあえずは作戦通りね」
言いながら、蓮美は再びアクセルを踏む。
俺は、りんごちゃんに驚きの目を向ける。りんごちゃんは、列車が交錯するタイミングまでも読み切っていたのか。まるで、未来が見えていたかのようだ。本当に、超能力としか言いようがない。あの悪魔憑きがどうなったかは分からないが、列車に轢かれて無事で済む筈がない。当面は、追って来ないだろう。
★
我々は、遠回りしながらも確実に目的地へと近づいていた。あと三◯分も走れば、高千穂神社に辿り着くだろう。時間は午後に差し掛かり、少し、腹が減ってきた。
「……少し困りました」
ふと、りんごちゃんが呟いた。蓮美は自動車を路肩に停めて、りんごちゃんの話に耳を傾けた。
「もう間もなく県境です。熊本を抜けたらすぐに宮崎で、高千穂神社もすぐ目の前なのですが……」
「橋。だよね?」
日向が問う。
「はい。橋だけは避けて通ることが出来ません。そしてどの橋も、現状は敵の手に落ちています」
「つまり、味方が戦線を押し上げて橋を奪還できなかった場合、強行突破するしかないんだな? だったら、味方が勝つまでのんびり待てば良いじゃないか」
「国士君、それは出来ないのよ」
「なんでだよ、蓮美」
「あんなちゃんには時間がないの。地球に降り注ぐ紫外線はね、国士君が思っているよりもずっと有害なの。これ以上浴び続けたら、あんなちゃんの寿命が縮むだけじゃ済まないんだよ」
「それはつまり……あんなが皮膚癌とか、なにか病気になってしまうってことか?」
俺は静かにあんなに目をやった。あんなは気丈を装って、可愛い微笑を浮かべてはいる。
「マ……りんごちゃん様。私は平気なんだけど。大丈夫なんだけど。きっと耐えられるんだけど。だから、皆で待つ方が良いと思うんだけど」
あんなの提案に、素直に頷く訳にはいかなかった。
そして、俺と蓮美と日向は頷き合う。
「じゃあ、決まりね」
「馬鹿馬鹿だけど、やるしかないよね」
「ああ。強行突破で決まりだ!」
俺達は言い合って笑い合う。あんなだけが、何処か寂しげな顔をしていた。
二◯分後、俺達は高台の木陰に
そこからは、神都高千穂大橋が見えた。橋は、山と山とを繋ぐように架けられており、随分と大きくて長い。橋の前には二台の警察車両が停まり、橋を封鎖している。橋へと続く道路には検問も設けられているようだ。警察車両の向こうには、外国の軍事車両が二台停車していた。軍事車両の影では、三○人程の外国人が、自動小銃を手に周囲を警戒している。
「ううん。ガッチガチだわね。武装戦力の数は多くはないけど、ワゴン車で突っ込んで強行突破するには危険すぎる」
「俺にも見せてくれ」
俺は蓮美の双眼鏡を取り上げて覗いた。
「ん……目がイッちゃってる奴がいるぞ。橋の真ん中あたりだ。あれって、さっきの悪魔憑きじゃないか?」
俺は指差した。その先には、先程の悪魔憑きの姿があった。恰好はパジャマ姿なのだが、堂々と腕を組んで仁王立ちしており、何処となく尊大な雰囲気が滲んでいる。
「はい。間違いありませんね。あの異常な回復力から察するに、恐らく中級……かなり強力な悪魔が宿っているみたいです」
「中級で強力なのか?」
「魔術師にとって、悪魔は本来、崇拝の対象であって使役の対象ではありません。最下級の悪魔を使い魔にするならともかく、下級や中級となると、神仏に匹敵します」
「成る程。要は、なんか凄い魔法使いがあんなを狙ってるんだな?」
「はい。あれ程の悪魔を使役出来る人間がいるとしたら、ストリクスでも首魁級の魔術師ではないでしょうか?」
りんごちゃんは俺の隣で、双眼鏡も使わずに言った。
「首魁級、か。世界を裏から操ってるような魔術師が、近くに居るってことか?」
「いいえ。彼らは決して表には姿を現しません。悪魔だけを送り込んできているのです。それが、魔術師のやり方です」
「ストリクスってのがいけ好かない連中だってことは解った。じゃあ、こっちは送り込まれた悪魔をやっつけるだけで、反撃も出来ないのか?」
「残念ながら。現状では防ぐしか方法がありません。ですが、日本はそもそもそういう憲法を掲げている国ですよ? 御存じですよね、国士さん」
と、りんごちゃんは清らかな微笑を浮かべてみせる。俺は何も言い返せなかった。
「どうであれ、強行突破するには
蓮美が仲間たちに声をかける。
「そういえば、前に蓮美と一緒に居た超能力者はどうなったんだ?」
「ああ、桜ちゃんのこと? 安心して。あの
「エヘヘ。ジャア、ルーシーガアイツラ、ヤッツケテヤル!」
ぷうちゃんは言った。
「そういえば、この子っていったい誰なの? ずっと一緒に居るけど……随分可愛いわね」
と、蓮美はぷうちゃんの頭を撫でる。
「ああ、その子はライカンスロープのルーシー。愛称はぷうちゃんだ」
「ふうん……え? ラ、ライカンスロープ? なんで、どうして!?」
蓮美は急に手を引っ込めて、恐怖を滲ませた。
「ドウシタンダ? ハスミ、ヨワムシナノカ?」
「そうだ。蓮美はトラウマ塗れで弱虫で、可哀そうな中二病のお姉さんだ」
と、俺はぷうちゃんの頭を撫でてやる。
日向はニヤニヤしながら俺の肩を叩き、口を開く。
「それよりも……プランなら一応、私にもあるんだよね。聞いてみる気、ある?」
意外や意外、提案したのは日向だった。
やがて、俺達は日向の作戦を聞き終えた。
「うううん……滅茶苦茶な作戦ね。勝算も、あまり高いとはいえないし」
蓮美は腕組みをして愚痴る。
「じゃあ、蓮美さんにこれ以上のプランはある?」
「ない。まあ……やってみるしかなさそうね」
蓮美が観念してい言い、話は纏まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます