第25話 至高領域の戦い




「ぐ! げぼ、あ……死ぬる」


 ボクサツ君が呻き声を上げて、地面に倒れ込む。早速、敵から殴られたらしい。


「はい、そこ! やられたふり禁止! もう強いのはバレてるんだから真面目にやりなさい!」


 日向がぷりぷりとボクサツ君を叱りつける。


「うううん……だから集団戦は苦手だっていってるのに」


 と、ボクサツ君は仕方ないといった調子で起き上がり、外国人兵士との戦闘を再開する。俺も、武装した男と殴り合いになっていた。

 敵が使う武術は、軍隊格闘技の類だと察せられた。急所ばかりを躊躇ちゅうちょなく狙う直線的な連続攻撃。隙あらば投げ、締め、関節技も狙って来る。が、


「そこだ!」


 俺は、敵の中段突きを弾きながら踏み込んで、渾身の猪砕きを叩き込む!

 なんというか、あまり手応えがなかった。衝撃が突き抜けた感じがする。だが、敵は一撃で崩れ落ちて、口から血を拭き出した。完全に気絶していた。

 なんたる威力か。防弾ベストの上からの攻撃だったのに。

 俺は自分の技に、初めて脅威を感じた。どうであれ、人間相手にはおいそれと切り札を使えないことが解った。下手をすれば殺してしまう。敵は、ゆっくり思考させてはくれない。もう既に、他の戦闘員が俺に襲い掛かっていた。

 ストレートパンチからの肘打ち。鋭い二段攻撃が襲う。俺はそれらを受け流し、弱めの引導返しを発動する。

 グッと、拳が顔面に突き刺さり、敵が崩れ落ちる。とりあえずは本家引導返し、成功だ。しかし、意識を失ったわけじゃない。俺は咄嗟にそいつの腕を取り、三角締めを仕掛けた。

 締め技を仕掛けながら場を見渡すと、目の前で日向が戦っていた。


 日向はナイフの攻撃を掻い潜り、素早い連続蹴りを放つ。攻撃が敵の眉間を掠め、隙ができる。その瞬間、日向は奇妙な蹴りを放った。

 見た目は横蹴りだった。但し、蹴り出す際に両手で膝を抱え、ぐっと蓄勁していた。しかも、叩き込んだのは足刀ではなく、かかと蹴りだ。見た瞬間に、エゲツない技だと解る。デコピンと同じ要領なので、術理的には引導返しと似ている。

 大きな弓矢で射抜かれるようにして、敵が倒れ伏す。やはり、口からは血を吐き出して気を失っていた。


「わっ。危なすぎるでしょ、この技!」


 日向は日向で、新しく覚えた技の威力に驚愕していた。

 その背後から、次なる敵が襲い掛かる。


「もう! 次から次へと」


 日向は仕方なく攻撃をかわし、反撃に、敵に一五、六回殴りを仕掛けた。これでもかと、敵が可哀想になるぐらい乱打が放たれて血風が舞う。

 ドッと、三日月蹴りが突き刺さり、敵が崩れ落ちる。日向はそいつの背後に跨って、泰十郎譲りの締め技を仕掛けた。

 こうして、俺と日向は暫く動けなくなった。


 一方、ぷうちゃんは、二人の特殊部隊員を相手に互角に戦っていた。双方実力が拮抗しており、すぐには決着が付きそうにない。


 ボクサツ君はというと……何をしているかよくわからなかった。

 ボクサツ君は「ひい、ひい!」と声を上げながら、二人の敵の攻撃を避け続けている。そして何故か、リュックサックを漁っていた。敵が大きなナイフを振りかざし、ボクサツ君を追い詰めてゆく。


「ふう。これ程言っても武器を使うのかい。じゃあ、仕方ない。僕も獲物を使わせて貰うが……後で文句をいうんじゃないよ」


 ボクサツ君が、冷徹に言い放つ。

 ボクサツ君は武器術までも使いこなすのか? 興味深い。

 そう思って見ていると、ボクサツ君はリュックサックから、三◯センチぐらいの、陶器の美少女人形を取り出した。どう見ても武器ではい。


「これは〝希少戦士ガングロー〟の人形だ。泰十郎が焼き物教室に通ってまで、手ずから作り上げたこだわりの一品だよ」

 言いながら、ボクサツ君は、人形で敵の頭部を殴りつける。

「主な用途は鈍器だ!」

 叫び声と共に、ガングロ人形が粉々になる。その一撃で敵特殊部隊の男が崩れ落ち、気を失った。


「やめなさい! あんた、それ泰十郎師匠の宝物でしょ。後で殺されるわよ!?」


 日向が顔を青くして叫ぶ。

 続けて、ボクサツ君はリュックサックから、三◯センチぐらいの、ロボットの超合金を取り出した。


「これは泰十郎秘蔵の、鬼道戦記リフジンの、プレミア付き超合金だ」

 と、ボクサツ君は超合金で、もう一人の敵を殴りつける。

「主な用途は鈍器だあ!」

 叫び声と共に、超合金が敵のヘルメットに突き刺さる。敵は一撃で崩れ落ちちた。超合金は返り血に染まり、壊れてバラバラになっる。


「だからやめなさいって! あんた、師匠になんか恨みでもあるの!?」


 日向は何故かカンカンだ。

 ボクサツ君の前に残る敵は、コートの男のみとなった。

 ボクサツ君は続けて、可愛らしい仔猫の意匠が施された、大きなマグカップを取り出した。


「これは泰十郎が後生大事にしている、猫さんマグカップ──」

「──やめなさいって言ってるでしょ! 猫さんは鈍器ではありません!」


 言い終わる前に日向が叫ぶ。

 その瞬間、ドカリと、コートの男が猫さんマグカップを蹴り上げる。マグカップは粉々に破け、破片が空中に散らばった。


「ああ! 師匠のお気に入りアイテムたちがあああ!」


 日向が悲しげに叫ぶ。


「ふっ。俺は猫が嫌いなんでね」


 と、コートの男は微笑を浮かべる。

 ぴんと、空気が張り詰めた。

 ボクサツ君とコートの男は、もう、静かに兆しを伺い合っていた。高い次元の戦いが始まろうとしている。その予感が、皆に沈黙を強いている。

 じわり、じわりと、二人が距離を詰める。

 木の葉が、ふわりと落下した。

 突然、二人は踏み込んで、猛烈な打撃の応酬を始めた。突きに蹴り。コートの男が攻撃を仕掛けまくり、ボクサツ君が回避しながら反撃を叩き込みまくる。速すぎて目で追えない。恐ろしいまでの攻撃が双方に炸裂し、ゴリ。と、骨が砕ける音が鳴り響く。


「ぐっ、なんだその技は」


 咄嗟に、コートの男が胸を押さえて飛び退いた。ボクサツ君の攻撃を食らったのだろう。


「肋骨と胸骨を砕いた。鎖骨も折ったから右腕が上がらない筈だ。降参するかい?」


 ボクサツ君は涼しげに言い放つ。

 彼方から、パトカーのサイレンが聴こえていた。どうやら、此方へと近づいている。

 俺と日向はやっと敵を締め落とし、ボクサツ君と肩を並べる。ぷうちゃんは少し離れた場所で、やっつけた二人の戦闘員の服に食らいつき、凄い力でぶんぶん振り回していた。


「ああ。時間切れのようだ。降参して撤退するしかなさそうだ」


 コートの男は苦痛に顔を歪ませながらも、穏やかに言う。


「あれ。随分とあっさりしてるね。本当に、良いのかい?」

「逃がしてくれるならな。こちらとしては、撤退する理由をくれて感謝したいぐらいだ」

「……成程ね。そういうことか」


 ボクサツ君とコートの男は言い合って、後退りして距離を開ける。

 コートの男は倒れていた部下を呼び集め、撤退を始めた。


「待ちたまえ、碧眼の愛国者パトリオット。君の名前は?」


 ボクサツ君がコートの男に声をかける。コートの男は足を止め、肩越しに口を開く。


「言えないね。だが、俺の組織では、ギルバートと呼ばれている」


 と、コートの男は妖艶な微笑を残し、仲間を連れて森の奥へと姿を消した。


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