第24話 平国士は会得する




「では、全力で心武門の中段突きをやってみたまえ。順突きだよ」


 ボクサツ君が指示を下す。

 俺は、言われた通りに正拳突きを披露して見せた。ちなみに〝順突き〟とは、右前に構え、右拳を衝き出すことをいう。空手に限らず、日本武術はこの形が攻撃の基本となる。西洋武術とは根本的に発想が異なる。と、いう事だ。

 パァン! と、突きと共に、床を踏みしめる音が室内に木霊した。


「ふうむ。形としては合格点だ。だが、出来ていない」

「出来ていない? どうしてボクサツ君に心武門の正拳突きの良し悪しが解るんだ」

「見れば解るよ。君のそれは、必倒の領域に達していない。泰十郎はその技を教える時に、前足を強く踏めと言わなかったかい?」


 ボクサツ君に問われ、俺は記憶を紐解いてみる。


「……そういえば、確かに言われた記憶があるな。でも、ちゃんと震脚をしただろう」

「足りてないんだよ、全然ね。国士君は使っている物差しのサイズが小さいんだ。一五センチの物差しで測れること以外は理解できないでいる。泰十郎が『強く』と言った場合、それは一五センチの物差しで測れる程度の『強く』ではないんだよ。これからは一メートルぐらいの物差しを用意したまえ。そして、僕や泰十郎が〝強く〟とか〝早く〟と言った場合、一二◯センチぐらいの大きさを目標値に据えるんだ。これまでの君の『強い』は、たった五センチぐらいだからね」

「でも、そんな滅茶苦茶な強さは、力学的に生み出せないんじゃないか?」

「出来る、出来ないは問題じゃない。重要なのは、どこに目標を定めるかだ。発勁、筋骨チンクチ、ムチミ、極め、脱力。君達は、大きな攻撃力を生み出す為の修練を施され、全てクリアーしてきた筈だ。それでも出来ないのであれば、イメージに問題がある。力や速さを生み出す術理を理解していないというだけの事なんだ」


 言いながら、ボクサツ君は腰を上げる。


「では、やって見せよう」


 ボクサツ君はそう言って、綺麗な中段突きの構えを作る。それは先程悪魔を仕留めた技であり、我々心武門の正式な順突きの形でもあった。

 ドパァン! と踏み鳴らす震脚の音が、俺の耳を貫いた。異常なまでに鋭い中段突きだった。


「これが正しい中段突きだ。形としては国士君と同じ技なのに、どうしてこれ程までに威力に差が出ると思う?」

「……多分、震脚によって生み出す発勁の出力の差。それに加えて極めの鋭さ、筋骨チンクチをかけるタイミングとその強度……か」

「うん。君の場合、抜きもまだ甘い。勇気が足りていないんだ。今言った全ての要素を、一二◯センチに置き換えて実行してみたまえ。そうだな、国士君は悪魔と戦った時、『強い奴を倒そう』ぐらいの気持ちで攻撃していたのだろう? それじゃ足りない。戦車をイメージしなさい。本気で戦車を破壊するぐらいの一撃を期待する」


 ボクサツ君に言われて、俺は再び中段突きの構えを作る。これまでの技のイメージを解体し、再構築して技を放つ!

 ドシリと床が鳴り、これまでとは違った発動感覚が、拳に乗っていた。


「うん。かなり良くなっている。一五センチを目標に定めたら一五センチの破壊力しか生まれない。一二◯センチを目標にすれば、実際に一二◯センチに届かなくても、五◯とか、七◯センチぐらいの攻撃なら出せるようになる。その領域まで高めた技の名は、正しくは〝猪砕ししくだき〟という。僕と泰十郎の切り札の一つだ。泰十郎の場合は猪砕きを縦拳で放つけど、僕は通常の、手首を返す正拳突きの形でやる。どっちを選ぶかによって要訣が少し異なるが、自分の感覚に合った方を選びたまえ」


 俺は、再び中段突きを繰り返してみた。どうやら、俺の場合は泰十郎師匠と同じ縦拳の猪砕きが合っている感じがした。必要とされる要訣の数が少ないので、発動しやすい。


「こっちにする」

「くっ、縦拳を選ぶのか。まあ、あとは自分で工夫したまえ。基本は既に出来ているから、何度か実戦で使用したら物になるだろう。あと、今日語ったことは秘伝の領域だから、おいそれと他の生徒に話しちゃいけないよ」


 ボクサツ君は言い終えて腰を下ろしかける。その腕を、日向が引っ張った。


「なによ、なによ! 国士ばっかりずるいじゃない。私にも何か教えてよ」

「ん? うううん。そういえば、日向ちゃんは蹴りの子だったね。じゃあ、君の場合は……あの技にするか」


 こうして、暫し武術の講義は続いた。


 ★ ★ ★


 三◯分後、俺達はボクサツ君の講義を聞き終えて建物を出た。ボクサツ君は何故か、あんなにも耳打ちして何か指導していた。


「あ。あああ……凄い面倒くさい」


 ふいに、日向が呟いた。

 正面の出入口を出た瞬間、我々は何者かに包囲されてしまったのだ。待ち伏せされていたらしい。

 ずらりと自動小銃の銃口が並び、俺達に向けられている。敵はどうやらアメリカ軍みたいな印象で、武装から、特殊部隊である事が察せられた。数えられる人数は九人といったところだが、敵も馬鹿ではないだろう。恐らく、他にも狙撃手とかが潜んでいるに違いない。


「ドントムーブ!」


 敵の一人が叫ぶ。


「何? 分からない、分からない。他所の国に来て当然のように英語が通じると思われても困るよ。全く、アメリカ人って連中は傲慢だな」


 と、ボクサツ君は惚けて言い返す。彼がいくら馬鹿でも、ドントムーブが伝わらない筈はない。わざとだな。


「それは失礼したね」


 敵の指揮官と思しき男が歩み出た。その男だけは戦闘服を身に纏っておらず、夏なのに黒革のロングコートを身に着けていた。見た目も若々しく、二◯代後半といった印象だ。金髪碧眼の白人で、顔立ちも、異様なまでに綺麗な美男子だった。

 薄く、冷や汗が浮ぶ。俺だけではない。日向もぷうちゃんも、強い警戒感を滲ませている。

 只者ではない。

 それは見た瞬間に解った。コートの男の立ち方に歩き方、間合いの開け方に力の抜けた感じ──。恐らく、何かの武術の達人だ。しかも、奴は何人も殺している。男からは、悪魔に似た異様な狂気の気配が滲みだしている。一線を越えてしまった者のそれだった。


「周辺の住民に銃声を聞かれたくないんだ。大人しく降参して、榎木あんなを引き渡してくれたら助かるのだが」


 コートの男が言う。


「心にもないことを。全ての銃口に消音機サプレッサーを取り付けておいて、銃声を聞かれたくないだって? もしも僕らが降参してあんなちゃんを渡したら、すぐに発砲命令を出すつもりが透けて見えるのだが」


 ボクサツ君は退屈そうに言い返す。


「あれ。バレた?」


 と、コートの男は薄笑いを浮かべる。


「馬鹿なの? 馬鹿馬鹿なの? 相手は機関銃を持ってるのよ。怒らせてどうするのよ」


 と、日向がボクサツ君を叱る。


「どうしてだい? 彼らは、僕等には勝てないよ。ねえ、あんなちゃん」


 と、ボクサツ君は、あんなに目配せをする。あんなは、こくり、とボクサツ君に頷いた。


「では試してみよう。太陽人以外は撃ってよし。但し太陽人を撃った奴は、この俺が射殺するからな」


 コートの男が指示を下す。直後、特殊部隊の男達が、一斉に引き金に手をかけた。

 やられる──!

 俺は一瞬覚悟しかけた。が、自動小銃は発砲しなかった。

 違和感に気付いた特殊部隊の連中が、自らの手元に目をやった。どうやら、全ての銃の安全装置がかかっていたらしい。連中は安全装置を解除して、再び、銃口をこちらに向ける。その瞬間、カチリ。と再び銃の安全装置がかかり、発砲を阻害する。

 これは……。

 俺はあんなに目をやった。あんなの髪の毛が重力を無視して浮かび、ゆらめいている。瞳には、薄く金色の光が浮かんでいた。念動力を使っているのだ。

 特殊部隊の外国人たちは、再び安全装置を解除して銃口をこちらに向ける。が、やはり、発砲直前で安全装置が下りる。

 カチリと安全装置を解除して、その直後にカチリと安全装置がかかる。カチリ、カチリ、カチリ、カチリ、カチリ、カチリ、カチリ、カチリ……。


「シット!」


 不毛なエンドレスループに耐えかねて、特殊部隊員の一人が安全装置のレバーを指で押さえたまま、銃口をこちらに向ける。するとその瞬間、自動小銃の弾倉マガジンがひとりでに外れて地面に落下する。同時に、小銃のカバーがスライドして、内部の銃弾が排出された。


「ホワァァッツ!?」


 特殊部隊員達は、ついに、頭に血が上って銃を投げ捨てた。


「ね。彼らは白兵戦を仕掛けるしか方法がない。でも、白兵戦で僕らを倒すのは無理だ。あ、斜面の奥で匍匐ほふくしてる狙撃手にも、同じことが起こってるよ」


 と、ボクサツ君は意地悪な微笑を浮かべて遠くに指を刺す。その方向、二◯◯メートル程先の林からも、吐き捨てるような英語の叫び声が聞こえてきた。

 とんだ策士だ。あんながこのやり方を思いつくとは思えない。おそらく、超能力の使い方について、ボクサツ君があんなに入れ知恵したのだろう。

 ともあれ、特殊部隊の奴らは状況を受け入れて、ナイフを抜いて一斉に襲い掛かって来た。


「やるわよ、国士!」


 日向も駆け出して、真っ先に敵に飛び蹴りを放つ。俺も突撃した。

 たちまち、場は乱戦となった。


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