第23話 ボクサツ君は味方する




「君は何者なのかな? 僕等の決闘に水を差すなんて、それこそ君達がいう武士道に反しているように思われるのだが?」


 イスライシュが不機嫌さを滲ませる。ボクサツ君はとても気だるげな調子で、ゆらっと悪魔へと歩み寄る。


「僕は、人呼んでボクサツ君。武士には助太刀という言葉があってね。国士君は悪魔を相手にしても引かず、義と覚悟を示した。僕には助太刀する義務が生じたのさ。義を見てせざるは勇なきなりってね。だからこの場合、武士道に反してるとはいえないよ」

「それはつまり、僕を倒すと言った。そう受け取って構わないかな?」

「勿論さ。君を倒すのに一◯秒もかけないと約束するよ、悪魔くん」

「悪魔くんではない。僕の名はイスライシュ。一八八◯◯人の男を殺し、古代エジプト王国を震撼させし悪魔」


 言い合って、二人は静かに構えを作る。

 日向は顔に絶望を浮かべていた。無理もない。ボクサツ君をポンコツと呼び始めたのは、日向だ。

 刹那、悪魔イスライシュが踏み込んだ。

 大太刀を薙ぐような蹴りが振り抜かれ、ボクサツ君が飛び退いてかわす。

 ボクサツ君は三戦サンチン立ちへと移行して、悪魔を待ち受ける。そこへ、悪魔が左右にステップを踏みながら、素早く距離を詰める。

 濃い殺気と共に、悪魔が連続攻撃を放つ。その攻撃を、ボクサツ君は緩やかな足運びでかわしまくる。

 悪魔の動きは、これまで見たことのない速さだった。一度も、本気を出していなかったのか。


「決めるよ!」


 と、悪魔が拳を唸らせる。

 当たれば即死確定の一撃が、華奢な優男の胸元へと延びる。ボクサツ君は中段外受け気味に、ふわりと、悪魔の拳に触れた。

 ゆるり、ゆるり、ゆるりと、攻撃の軌道が逸れてゆく。それを擦るようにして、一転して、ボクサツ君が鋭く踏み込んだ。

 恐ろしく早い拳が、悪魔の人中じんちゅうに突き刺さる!

 ぐぅっ、と悪魔が苦痛の声を漏らし、仰け反った。刹那、パァン! と震脚の音が鳴り響き、沈墜勁ちんついけいの籠った順突きが放たれる。

 烈!

 拳が鈍い音を伴って、悪魔の鳩尾に突き刺さった。

 一瞬の静寂と、衝撃の余韻。次の瞬間、悪魔は後方に沈み込むようにして崩れ落ちた。

 気を、失っていた。

 泡を吐き、白眼を剥いて痙攣している。完全に、戦闘不能だった。戦いは、あまりにも一瞬の出来事だった。ボクサツ君は言葉通り、本当に、一◯秒もかけずに悪魔を倒してしまったのである。


「さて、と」


 ボクサツ君は呟いて、あんなの縄を解いてやる。続いて、その縄で悪魔を縛り上げた。


「ああ! 愛しい人、愛しい人!」


 あんなが俺に駆け寄って泣きじゃくる。日向も泣きながら駆け寄ってきた。


「あんなちゃん。国士君を癒すのは後だよ。今はまず、悪魔祓いだ」


 ボクサツ君が厳しい声で言い放つ。

 そこで、あんなは悪魔へと歩み寄り、悪魔祓いの祈りを開始した。


「え……なんで。どうしてよ? ボクサツ君ってポンコツじゃなかったの? なんで急に、あんなに強いのよ!」


 日向が困惑しながら問う。


「ふっ。一人称が僕な人間は、僕一人で充分なんだあああ!」


 と、ボクサツ君が意味不明な叫びを上げる。


「な、なんだか、とても言ってはいけない事を言ってる気がするわ!」

「スゴイ、スゴイ! ゴ主人サマ、トッテモツヨイ!」


 日向がツッコみ、ぷうちゃんは飛び跳ねて喜びを顕にする。


「まあ、冗談はさておき、僕には欠点があってね。とてつもなく体力がないんだよ。一人や二人が相手であれば、敵がどんなに強くても勝つ自信はあるのだが、それ以上増えちゃうと息が続かない。本当にポンコツになってしまうんだ。だから、さっき狼男の囮にされた時は……本当に死ぬかと思ったよ?」


 と、ボクサツ君の怒りの視線が突き刺さる。


「すまん。本当にポンコツと思ってたからな。せめて使い捨ての囮にして有効活用しようと思ったんだ」

「それは謝ってるつもりなのかな? 国士くん」

「謝ってるだろ」

「まあ、僕が集団戦を嫌う理由はわかっただろう? もしかして、弱いって思われるかもしれないね。当たりだよ。僕は弱い。でも、強い弱いで判断しているのであれば、君達はまだ武を理解していないことになる。武術ってのは、弱者が強者をなんとかする為のものだからね」


 言いながら、ボクサツ君は俺のシャツのボタンを外してゆく。俺の上半身は血塗れだった。

 俺は、痛みを押して身体を起こす。そして、ボクサツ君に深々と頭を下げた。


「これまでの無礼、平にご容赦願いたい。気が済まんというならば、その責めは受ける。だが何卒、ボクサツ君のその技を、ご教授願いたい」

「ふむ。やはり国士君の本質は武士だね。頭を上げたまえ。君に土下座は似合わない」


 と、ボクサツ君は微笑を浮かべる。


「う、ぐ、ぐおおおおお! なぜだあああ! 汚らわしい言葉をやめろおおお! やめ、やめでぐ……れおあああぁあ……」


 イスライシュが断末魔の声を上げる。その直後、看護師の口から黒い煙のような物が噴出して、大気へと溶け消えていった。悪魔祓いが成ったのだ。

 暫しの静寂の後、じわりと、看護師が目を開ける。


「う……。え? ここはどこ……私、どうしてこんなことに?」


 どうやら、看護師が正気を取り戻したらしい、言葉から察するに、悪魔に獲り憑かれている間の記憶はないようだ。

 看護師は、縛られていることに気づき、くねくね暴れ始める。


「ああ、正気に戻ったのかい。でももう少し待っててね。だってだって、僕のサディスティックが走り出しちゃってるから!」

「は? あなた誰ですか? 変態ですか? 変態なんですね!」

「だから、くねくね暴れないでよ」


 なんて、ボクサツ君が嗜虐的なニヤケ顔を浮かべる。その肩を、日向が引っ叩く。


「いい加減にしなさい!」


 そうは言ったが、日向には、以前とは違いささやかな遠慮が伺えた。


 さて、女性看護師はボクサツ君によって縄を解かれ、解放された。解放されるなり、看護師は悲鳴を上げながら走り去ってしまった。本気でボクサツ君を変質者だと思ったらしい。


 ★


 ぽうっと、痩せた指先が光る。

 俺はあんなの超能力で癒されながら、ボクサツ君の講義に耳を傾けていた。


「まず、国士君の引導返しは未完成だ」


 ボクサツ君が言う。


「そういえば、ボクサツ君が悪魔に放った一撃目、あれは引導返しにそっくりだったな。だが、受けではなく高度な受け流しから発生していた」

「そっくりではない。あれが本当の引導返しだよ。そもそも、引導返しを編み出して泰十郎に教えたのは僕だからね。まあ、泰十郎の技も色々と盗ませてもらったから、そこはお相子だ」

「なに!? じゃあ、師匠はボクサツ君のおさがりの技を、俺に伝授したのか」

「まあ、気を落とさないことだ。国士君は僕と同じで体格に恵まれていないし、心法しんぽうに寄った戦い方をする。泰十郎なりに、国士君に一番合った技を教えたんだろうね。だが、今のままでは危険だ。本物の引導返しを会得するのは当然として、こちらから能動的に仕掛ける切り札も必要だろうね」

「その切り札、教えてくれるか? ボクサツ君」

「勿論。では、まずは本家引導返しから」


 ボクサツ君は実演を交え、本家引導返しの要訣ようけつについて解説を始める。俺と日向は真剣に、ボクサツ君の講義に耳を傾けた。


「ここで重要になるのが柔らかくあることと、強固な制空圏せいくうけん。兆しを読む感受性も重要になる。つまりは心法しんぽうだね」


 ぷうちゃんは、専門的な話に飽きてあくびをし、子犬のように丸まって眠ってしまった。それはもう、可愛らしい寝姿だった。


「おっと。聞いているのかな国士君? まあ、国士君は既にプロトタイプ引導返しを会得しているし、心法に優れた国士君に向いている技だから、聞いただけで実行可能だとは思うけど。念の為、一度試してみるかい?」

「いいやボクサツ師匠。もう一つの、能動的に敵を倒す切り札を教えて欲しい。あの、悪魔を一撃で倒した技だ」

「ふむ。それでは、立てるかい?」


 ボクサツ君に促され、俺は、身体の調子を確かめてみる。既にあんなの癒しが完了しており、傷も骨折も完治していた。本当に、恐るべき超能力ではある。


「問題ない」


 俺は頬の血を拭いながら、腰を上げた。


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