第21話 平国士は(パンツで)追跡する



 ★ ★ ★


 暗い。

 闇の中に、自意識が生まれる。

 頭痛がする。

 闇の中に、音が生まれた。それは言語だった。俺はだんだんと言語を理解していった。


「……君。国士君!」


 頬を叩かれる痛みに気が付いて、俺は目を開ける。


「おお。気が付いたね。一体、何があったんだい?」


 目の前にはボクサツ君の顔があった。ボクサツ君は俺を抱き起こし、心配そうな表情を浮かべていた。


「……ポンコツおじさん」

「おやおや。目を開けての第一声なのに随分と辛口じゃないか。そうです。僕がポンコツおじさんです。じゃなくて! 一体何があったんだい? 日向ちゃんは泣いてるし、ぷうちゃんは狼狽えてるし、あんなちゃんはいなくなってるじゃないか」

「あ、んな? あんな!」


 俺は咄嗟に身を起こした。

 部屋の中に、あんなはいなかった。日向は部屋の隅で泣きじゃくっていて、ぷうちゃんは人間の姿で、頭を抱えてパタパタ走り回っている。家の中は滅茶滅茶だった。


「日向、あんなは何処に行ったんだ? 悪魔はどうなった?」


 俺は日向に問いかける。


「解らないの。ごめん」

「ツ、ツレテイカレタンダ! 悪魔ガ、アンナヲツレテイッチャッタ。ルーシーハアンナヲマモロウトシタケド、アイツニ勝テナカッタ。ルーシーハワルイコダ。ワ、ワルイコナンダ」


 ぷうちゃんは、床を転げて悔しがる。ボクサツ君はそんなぷうちゃんの頭を撫で、お菓子を与える。ぷうちゃんは涙目でお菓子に齧り付くが、二、三口食べたら、また、ワアッと叫んで走り回り始める。

 俺は立ち上がり、暫し、立ち尽くした。

 何故だ。何故俺は立てる? あれ程の攻撃を食らったのに。そう、本来なら、俺が生きている筈がないのだ。

 答えは明白だった。きっと、あんなが癒してくれたのだ。悪魔の脅威に怯え、周りをライカンスロープに囲まれながら、それでもあんなは俺を癒した。癒すまでの間、どんな風に時間を稼いだのかは分からないが、きっと彼女なりのやり方で戦ったのだ。


「ごめん。ごめんね国士。国士が気を失って、私があんなちゃんを守らなきゃいけなかったのに、怖くて立ち向かえなかった。偉そうなことばかり言ったのに、結局、私は足手纏いだった。弱虫だったんだ!」


 日向は声を上げて泣きじゃくる。俺は日向をしかと抱き寄せた。


「まだ終わってない。日向は頑張った。まだ俺達は負けてない。あんなを助ける」

「で、でも、どうやって?」

「日向、思い出してみろ。悪魔は、あんなをだと言ったじゃないか。暗殺対象じゃなくて、捕獲対象だ。だとしたら、あんなはまだ生きてる。それに、ぷうちゃんがいれば、あんなを追跡できる」


 俺の言葉に、日向はハッと顔を上げる。その瞳には、小さな希望の光が宿っていた。

 ボクサツ君はぷうちゃんの頭を撫でながら、こちらを見やる。


「ふむ。前に国士君から聞いた話と少し食い違っているね。僕はてっきり、敵の狙いはあんなちゃんを殺害する事だとばかり考えていたのだが……。今の話が本当なのだとしたら、ストリクスには、あんなちゃんの誘拐を目的としている連中もいるってことになるね。まあ、ストリクスって勢力は巨大過ぎて一枚岩じゃないみたいだから、勢力内で意見が分かれていても不思議ではない。だとしたら、悪魔の狙いは恐らく、あんなちゃんの知識とか記憶、か。太陽人から知識や科学技術を読み取って無敵の勢力に成長する……いかにも連中の考えそうなことだ」


 ボクサツ君の言葉を聞いて、俺の眉が微かに上がる。


「まるで、ストリクスって連中を知ってるみたいな口ぶりだな」

「そうかい? まあ、長いこと生きていると色々な連中と出会うし、色々な事が見えてくる。それだけの事だよ」


 と、ボクサツ君は微笑を浮かべてはぐらかす。どうであれ、問い詰めている時間はないと感じた。


 俺達は準備を終えて、民家を後にした。辺りはもう、夜だった。

 ぷうちゃんの怪我は完治していた。それは、あんなに癒されたからではないらしい。ライカンスロープって連中は、異常に怪我の治りが早いのだそうだ。思えば、俺がぷうちゃんに引導返しを叩き込んだ時にも、確かに胸骨を砕く感触があった。だが、その数時間後には、ぷうちゃんはぴんぴんしていた。悪魔の攻撃を受けて死ななかったことにも頷ける。


「じゃあ、ぷうちゃん。あんなの匂いを追ってくれ」

「マカセロコクシ。ルーシーノ鼻ハ、スゴインダ!」


 そう言って、ぷうちゃんは四つん這いになった。だが、暫くするとピタリと動きを止めて、気不味そうな表情を浮かべて固まってしまう。


「どうしたぷうちゃん?」

「アンナノニオイ、忘レチャッタ。ドレガアンナノニオイカ、ワカラナインダ」


 と、ぷうちゃんはシュンとする。


「なんだ。そんなことか」


 俺はザックのポケットを漁り、白い布を取り出した。それは、あんなのパンティーだった。


「え? は? なんで国士があんなちゃんのパンツ持ってるのよ!」

「ふふふ。こんな事もあろうかと、あんなが眠っている間に、脱がせておいたんだ」

「眠っている間って……いつよ?」

「廃校であんなが眠ってる時だが?」

「じゃあ、ライカンスロープと戦ったあの時も、草原を駆けたあの時も、あんなちゃんはずっとノーパンだったってこと? 嘘でしょ。とんだ露出狂じゃない!」

「なにを言ってるんだ日向。あんなは俺のエロ奴隷なのだぞ。パンツを履いてはいけないという、俺の命令を守っていただけだ」

「馬鹿なの? 馬鹿馬鹿なの? 普通はそんな命令聞かないからね!」


 言い合いながら、俺はぷうちゃんにあんなのパンティーの匂いを嗅がせる。


「ア。オモイダシタゾ! コノ匂イナラ、コッチダ!」


 と、ぷうちゃんは走り出す。俺達も、ぷうちゃんの後を追って駆け出した。


 ★


 追跡は一時間に及んだ。

 俺達が辿り着いたのは、山深い森の中にひっそりと建てられた、三階建てのビルだった。門には、有名な製薬会社のマークが記されている。ビルの高さはそれほどでもないが、横幅が広くかなり大きな建物だった。


「ニオイハ、アノ中ニツヅイテル。ココニアンナガイルンダ!」


 ぷうちゃんが建物に指をさす。俺達は、高台の木陰に身を潜め、ビルの様子を伺った。傾斜のきつい斜面から見下ろすと、ビルの屋上にはヘリポートがあった。


「じゃあ、すぐに助け出しましょう」


 駆け出そうとした日向の肩を、掴む。


「な、なによ?」

「静かに。よく見てみろ」


 俺は日向に促して、ビルの周囲を指差した。

 そこにはスーツ姿の大人がいた。だが、少し様子が変だ。大人にしてはやけに落ち着きがないというか……とても頭が悪そうだ。鼻くそを穿って食べている。


「アレハライカンスロープダ。トッテモバカダカラ、人間ヲミタラオソッテクルゾ」


 ぷうちゃんが警告する。

 目を凝らすと、ビルの周囲には何十人ものライカンスロープと思しき大人たちがいた。林の影などにも、狼男に変身したライカンスロープが多数、潜んでいる。

 連中の一人一人はぷうちゃんがいうようにバカなのだろうが、配置を指示したやつはまあまあ、頭が切れる気がする。建物の正面とか、目立つ位置にライカンスロープを配置して注意を引いておいて、侵入者が迂回しようと陰から回ろうとしたら、そこにもライカンスロープが待ち受けている。という配置だったのだ。


「ふむ。困ったね。ビルの屋上にはヘリポートがあるから、恐らくヘリの到着を待っているんだろうね。あまりのんびりもしていられないよ」


 ボクサツ君が言う。確かに、のんびりはしていられない。その一方で、ビルの守りはかなり堅い。なんの犠牲も払わずに、無傷で突破するのは難しそうだ。

 さて、どうするか。

 暫し思考を巡らした俺に、妙案が浮かぶ。つい、口元に微笑が浮かんでしまう。


「なにを言ってるんだボクサツ君」


 俺は小声で言い返す。


「ん? 何かプランがあるのかい?」


 ボクサツ君は耳を寄せて来た。


「あれをよく見てみろ。何か気づくことはないか?」


 と、俺は一匹のライカンスロープを指差した。


「ふむ。あのライカンスロープがどうかしたのかい?」


 ボクサツ君はじっと目を凝らし、遠くに集中している。すると、俺はおもむろに腰を上げ、ボクサツ君の尻を蹴り飛ばす。


「え? なんで。あああああ!」


 ボクサツ君は叫び声を上げながら、長い斜面を転げ落ちていった。

 ボクサツ君が転げ落ちた先には、一匹のライカンスロープが居た。


「ちょ……国士、君?」


 ボクサツ君が涙目でこちらに視線を送る。俺と日向は、キリッとした表情を浮かべ、ビシッと敬礼を決めた。その意図を察し、ボクサツ君の顔に絶望が浮かぶ。

 うごあああああ! と、ライカンスロープが雄叫びを上げる。すると一斉に、狼男どもがボクサツ君の許へと集まってきた。


「嘘だろ。鬼畜か。僕を嵌めたのかあああ!」


 ボクサツ君は弾けるように駆け出した。ライカンスロープは次々と狼人間に姿を変え、ボクサツ君を追い回す。やがて、連中は林の向こうへと姿を消した。


「さあ。ポンコツが初めて役に立ったぞ。今の内にビルに侵入しよう」


 俺は荷物を背負い、速足で歩き出した。

 ガシャリと、ビルのガラス戸に石を投げ込んで叩き割る。

 俺達はビルへと侵入した。


 ★


 ビルの中は、監視カメラだらけだった。それを避けて侵入するの無理だったので、力づくで堂々と押し入ることにしたのだが……まあ、ライカンスロープどもはボクサツ君が引きつけてくれている。警戒すべきはあの悪魔ぐらいではなかろうか。


「静かね」


 日向が呟いた。

 俺達は、ビルの真ん中を貫く長い廊下を進んで行った。正面にはエレーベーターが見える。そのエレベーターは、俺達が辿り着くよりも先に、自動的にドアを開いた。


「上がって来いってことだな。一○◯パーセント罠だが、どうする?」


 俺は仲間達に言ってみる。


「行くに決まってるでしょう。馬鹿にされたままじゃ終われないもん」


 日向は震える声で、でも、強気な微笑を浮かべて言う。


「だな。罠だろうが悪魔だろうが、全部ぶっ壊してやろう」

 と、俺はエレベーターに乗り込んだ。エレベーターの中にも監視カメラがあった。

「おい悪魔。今からそっちに行ってやる。お前は、俺たちよりも強いんだろ。今更、くだらない小細工をするなよ?」


 監視カメラに言い終わると同時、エレベーターの扉が閉じた。


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