第19話 決行! 住居不法侵入



 ★ ★ ★


 俺達は、あんなの癒しの能力によって、怪我を治してもらった。それから暫し休憩して、夜明けと共に廃校を出発した。


「あと、もう少し歩いたら阿蘇だね」


 日向は地図を見ながら言う。


「ふむ。ここからだと阿蘇山は避けて通れないが、あそこは見晴らしの良い場所が多い。どうしてもオープンエリアを歩くことになるから、敵に発見されやすくなるよ。それは覚悟しておくんだね」


 ボクサツ君が、やけに厳しい表情を浮かべる。


「ポンコツは黙ってなさいよ。偉そうに!」


 日向は憤慨して罵りの言葉を放つ。


「なにを言ってるんだ日向。勘違い野郎が調子に乗って頓珍漢とんちんかん発言をしてるんだぞ。こんなに滑稽ことはないじゃないか。黙らせてどうする」

「おやおや国士君。僕が傷付いたらどうするのかな? 僕だって頑張って戦ったじゃないか。口で」

「口よりも手を動かせってことなのよ! ポンコツおじさん」

「ヒナタ、ゴ主人様ヲイジメルナ! ルーシーハ、ゴシュジンサマノ味方ダッ」

「ぷうちゃん優しいんだけど。とっても良い子なんだけど」


 と、あんなはぷうちゃんの頭を撫でつける。するとぷうちゃんは、ふんっ! と鼻息を吹き出し、自慢げに胸を張る。ボクサツ君は、薄く涙を浮かべている。


「なんだいなんだい、せっかく身体を張ってのボケが、だだスベりしてるじゃないか。やられ損だよ」


 と、ボクサツ君がしゃがみ込み、イジけ始める。それを見た俺の口元が緩む。日向は俺の顔を見て企みを察したらしい。こくりと、日向が俺に頷いた。

 俺は「競争だ!」と叫び、ボクサツ君を置いて駆け出した。皆、条件反射で走り出す。登りに下り、険しい斜面を抜けて落木を飛び越える。無数の小枝を手折りながら、俺達は未開の山林を進む。ボクサツ君は、ついて来れずにゼエゼエと息を切らし始める。やがて、俺達はボクサツ君の姿を見失った。


「本当に見えなくなったわね。あいつ。遭難したりしないかな?」

「なにを言ってるんだ日向。それならそれで完全犯罪じゃないか。手間が省ける」

「しれっと殺意があったのね。まあ、気持ちは分からなくはないけど一応言っておくわ。馬鹿なの? 馬鹿馬鹿なの?」


 と、日向が軽くツッコミを入れる。どうであれ、これ以上ボクサツ君を連れて歩くのは危険だ。正直、足手まといだし、奴を守りながら進むのは無理だ。このまま諦めて帰ってくれた方が、お互いにとって良いだろう。

 暫く下らない会話をしながら進んでいると、やがて、森の奥に明るい光が見えた。俺達は、光の方へと駆け出した。


 夏の午前の乾いた風が、俺たちを出迎える。森を抜けたのだ。一気に視界が開け、眼前には緑の平地が広がった。彼方には、悠然たる、阿蘇五岳の景色が見える。

 阿蘇山までは、だだっ広い草原が広がっていた。姿を隠せそうな場所はない。辺り一面がオープンエリアだから、迂回しても意味がない。この場所を突っ切るしかなさそうだ。


「行くしかないな。皆、腹を括れよ」


 仲間たちに声をかける。日向は強気な微笑を浮かべ、あんなは静かに俺の手を握る。ぷうちゃんは、答えるよりも先に駆け出していた。

 風が心地良い。ラジオのスイッチを入れると、音楽番組をやっていた。流れてきたのは、新人アーティストの新曲だった。軽快なメロディに気分を良くしながら、俺達は草原をどんどん進んで行く。彼方には、放牧されている牛の姿があった。


「暑いいい! でも、最高!」


 日向が声を上げる。


「牛がいるんだけど。地球の牛は初めて見たんだけど。小さくて可愛いんだけど」


 あんなの顔にも、爽やかな微笑みがあった。


「イチバンダ! ドウダ、ルーシーハ速インダゾ!」


 ぷうちゃんも元気いっぱいで駆け続ける。我々は、この先に待ち受けているであろう危機を目の前に、馬鹿笑いだった。

 ポツリ、と、頬に水滴が落ちる。


「わっ。雨だ」


 日向が慌てて走り出す。どう見渡しても、雨宿りできそうな場所はなかった。


「このまま行くしかない。雨具は無いから濡れるのは覚悟しろよ」


 俺は観念して言った。

 徐々に、雨脚が強くなってくる。彼方の空で、雷が鳴り始めた。


「きゃあ。なにあれ。光ったんだけど。ゴロゴロ鳴ってるんだけど」

「ん。もしかすると、あんなは雷を知らないのか?」

「じゃあ、あれが雷? 話には聞いたことがあったけど、実際に見るのは初めてなんだけど。きゃあ。また光ったんだけど。怖いんだけど!」


 と、あんなは耳を塞いで怯え始める。俺は、あんなの肩を抱き寄せた。


「大丈夫だ。俺が一緒に居る」


 あんなの頭を撫でていると、日向がじわじわ近寄って、俺と肩を並べる。


「きゃあ。国士、私も雷怖いよう!」


 と、日向も耳を塞いで怯え始めた。


「……チッ。大丈夫だ。俺が一緒に居てやるから」

「あれ。今、舌打ちしなかった?」

「気のせいだ」

「聞こえたからね。馬鹿。国士の馬鹿。あんなちゃんばっかりずるい!」


 と、背を向けた日向の腕を掴み、引き寄せる。そうして、俺は日向の頭も撫でてやる。


「よしよし、日向は構って欲しかっただけなんだよな。ちゃんと可愛いから心配するな」

「……もう。国士の馬鹿」


 日向は、なんだかんだで顔を赤くする。

 うん。いつもながらチョロい奴だ。


 俺達は、それからもずぶ濡れになりながら歩き続け、まあまあの距離を稼いだ。

 暫くすると、車幅が広い道路にぶち当たった。行き交う車は見当たらないが、どうしても、道路を横切る必要がありそうだ。


「ねえ。ちょっと不味いよね」


 日向が不安を口にする。


「否。せっかくだから、このまま暫く道路を進もう」

「え? でもそれだと、敵に見つかっちゃうわよ」

「大丈夫だ。どう見まわしても監視カメラや防犯カメラの類は見当たらない。それに、今は厚い雲がかかってる。敵がスパイ衛星で監視していたとしても、雲が邪魔で見つけられない筈だ。距離を稼ぐなら今しかない」

「国士……あんた時々、凄く頭良いわよね」


 俺と日向は言い合って、遠くを見据える。車道は閑散としており、人影はない。ここで敵と遭遇したら簡単に包囲されてしまうだろう。銃撃から身を隠す場所もない。

 だが、もたもたしていたら好機を失ってしまう。

 俺達は心を決め、国道を進み始めた。


 まともな道を歩くのは久しぶりな気がした。とても歩きやすい。ただ、阿蘇くんだりの道路はくねくねしてやたら長い。このまま日暮れまで歩いても、とても高千穂神社まで辿り着ける気がしない。


「今夜もどこぞでキャンプだな。身を隠せる所を探したいが、そういった場所は敵にとっても捜索対象である筈だ。日向、あんな、何か良いアイデアはあるか?」

「ド、ドウシテ、ルーシーニハ聴カナインダ!」


 と、ぷうちゃんが、少しふくれっ面をする。


「なんだ。ぷうちゃんに良いアイデアがあるのか?」

「ダレカノオウチニ、泊メテモラエバイインダ!」

「……その発想はなかったな」


 と、思わず口元が緩む。俺はとりあえず、ぷうちゃんの意見を採用することにした。


 ★


 二時間後、俺は、とある民家のドアノブを、頭部ぐらいの石でガンガン殴りつけていた。


「愛しい人。友達ならどうして押し入るの? ノックぐらいするべきだと思うのだけど」


 あんなが呑気に言う。


「騙されちゃ駄目よ、あんなちゃん。国士もやめなさい? 不法侵入だよ。っていうか強盗だよ。流石に見過ごせないわ」

「なにを言ってるんだ日向。住人は知り合いだといっただろう」

「馬鹿なの? 馬鹿馬鹿なの? それが嘘だと分かってるから言ってるんでしょう!」


 と、日向はぷんすか怒り散らす。その直後、ガシャリ! と、ドアノブがへし折れた。


「さあ、開いたぞ。皆、遠慮しないで上がれ」

「もう、国士の家じゃないでしょう!」

「そうめくじらを立てるな。後で蓮美の組織に弁償して貰えばいいだろ」

「国士って、そういう事ばかり頭がまわるわね!」


 腹を立てる日向をよそに、あんなとぷうちゃんは民家へと上がり込んでゆく。俺もあんなの後を追って、家宅侵入した。

 家の中は静かだった。やはり人の気配はない。水回りやゴミ箱の様子から察するに、この家の住人は、数週間ぐらいは留守にしている感じだった。


「空き家、なんだけど」


 あんなが呟いた。俺は灯りのスイッチを入れる。パッと、部屋の中が明るくなった。


「そうみたいだな。電気は通っているから、旅行にでも出かけてるのか」


 と、俺はソファーに腰掛ける。流石にくたくたで、暫くは動く気になれなかった。

 雨音は、まだ続いている。

 仲間達も、結局はソファーに腰掛けてテレビを鑑賞したり、リュックサックからお菓子を出して齧り始める。元気なのはぷうちゃんだけだった。とりあえず、ここまでは生き延びた。今は少しでも休んでおきたい。

 いつの間にか、俺はソファーで眠りに落ちていた。


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