第16話 世界の秘密が明かされる夜、俺は少しずつ変わり始める。




 太陽内部の広大な亜空間があり、そこにはエデンと呼ばれる天体が浮かんでいる。エデンの園については、旧約聖書に書かれているらしい。

 あんなによると、神はエデンの神宮で全てを見守っているのだそうだ。そして神とは、キリスト教でいうところのイエスだという。


 新約聖書によると、イエスは一度磔刑になって、死に、三日後に復活を果たした。復活したイエスは神聖な変異体となり、十二使徒の前に姿を現した。その後、イエスは福音を伝え終わり、天に昇って行ったとされる。

 聖書に記されていて、西洋人が認識しているイエスの足跡はここまでだ。


 だが、アジアやミクロネシア、ポリネシア、アメリカ大陸では違うらしい。

 イエスは十二使徒の元を去った後、世界の至る所を訪れて、教えを説いているのだ。

 そこに、失われたイスラエル十支族の末裔たちがいたからだ。


 さて、失われたイスラエル十氏族なる人々とは何者だろう? 彼らはつまるところ、古代イスラエルの民である。


 大昔、イスラエルは一二の氏族からなり、世界一豊かな国だった。

 だが、ソロモン王が世を去り、マナセ王の治世になった頃、王の背教が原因でイスラエル王国が南北に分裂してしまう。

 周辺諸国は、その機会を逃さなかった。分裂した南北イスラエルの内、北イスラエル王国はアッシリアに侵略されて、滅亡してしまったのだ。この時、北イスラエルにいた十氏族は行方不明になり、歴史から姿を消してしまう。

 だが、彼らは死に絶えた訳じゃない。


『わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところに遣わされていない』


 このイエスの発言は、マタイ一五章二四節に記されている。

 ここでいう〝イスラエルの家の失われた羊〟とは、失われたイスラエル十氏族を指す。つまり、イエスは本来、失われたイスラエル十氏族の為に現世に降臨したことになる。その仕事を、復活後に果たしたのだ。


 イエスは復活後、世界中に散らばっているイスラエル十氏族の末裔の元を訪れて、教えを説いた。そして現れた国や地域によって、様々な名前で呼ばれた。

 観音菩薩、ケツァルコアトル、猿田彦、ビラコチャ、ロノ等々……。

 これらの神に共通するのは、神が来訪神である点と、高い徳を持ち心優しい点、そして、光り輝いているか白い姿をしているという点だ。『いつかまた戻って来る』と言い残して去ってゆく点も共通している。

 イエスは、アジアや日本、アメリカ大陸での活動を終えた後、エデンへと帰還した。そして、現在もエデンで人類の様子を見守っているらしい。


 だがやがて、時が来てしまった。

 地球人の罪は積み重なり過ぎて、神も見過ごすことが出来ぬところまで来てしまったのだ。


「結論からいうと、科学的な方法で地球を救うことは出来ないんだけど。一番の問題は、人々の心や行いが神様の御心に適っていない事にあるんだけど。どんなに二酸化炭素を減らしても、それは気休めにもならない。逆にいえば、世界を救う最も有効な方法は、地球人類がこれまでの行いを省みて、心を改める事なんだけど……」


 あんなは真剣に言う。俺は思わず、頭を抱えてしまった。

 あまりにも、カルトっぽい話だ。だがそれ以前に、あんなの話には希望的観測が多すぎる。過去、どれだけの宗教人やアーティストが、あんなのような主張を繰り返してきただろう? それはどれぐらいの意味を持っただろうか。

 答えは残酷だ。

 なんの意味もなかった。それが答えなのだ。

 あんなみたいな主張をする連中は、昔から今まで、ずっとカルトだと後ろ指をさされ、笑い者にされている。世界は少しも変わっていない。寧ろ、悪くなっていく一方だ。


「つまりあんなは、それを地球人に伝えに来たわけか。だけどその事と、あんなが命を削っているというのと、どう関係があるんだ?」


 俺は思考を一度止め、問う。あんなは静かに顔を俯けた。


「太陽人はとても長生きなんだけど。普通なら、千年を超える時を生きるんだけど。でも、私はもう、そんなに長くは生きられないんだけど」


 と、あんなは少し寂し気な微笑を浮かべる。


「それはつまり、地球と太陽の環境の違いに原因があるのかな? 例えば紫外線や赤外線、その他にも大気中の酸素濃度、とか?」


 ボクサツ君が問う。


「その通りなんだけど。私はもう、有害な紫外線をたくさん浴びてしまった。だから、たぶん数百年ぐらいは寿命が縮んでいると思うんだけど。このままいたら、地球人程にも生きられなくなると思うんだけど」


 それを聴いた途端、俺は呼吸を止めた。

 あんながいなくなる──。それを想像しただけで、気が狂ってしまいそうだ。こんなに切ない気持ちは初めてだった。同時に、強く、あんなを抱きしめてやりたくなる。


「あんなは馬鹿だな。こんな世界、そこまでして救う価値なんて、あるとは思えないのに」


 俺の声は、どこか諦めを孕んでいた。返って来たのはやはり、少し淋し気な微笑だった。


「私は、御心に従っていたいだけなんだけど。神様だって、本当は地球を滅ぼしたいとは思ってらっしゃらない。心を痛めているに違いないんだけど」


 あんなは言い切って、暫し沈黙する。やがて、ボクサツ君が口を開く。


「あんなちゃんの事情は分かったよ。でも、あんなちゃんの努力は無駄になる可能性が高いよ。だって人類は愚かだから。あんなちゃんがどんなに警告を発しても、何人が耳を傾けるだろう? 地球人は変わろうって気がないからね。その上、今、地球を支配している連中の本質は〝カンダタ〟なんだよ。カンダタは、蜘蛛の糸を登りながら下を見下ろして叫んでいる。『俺だけ助かれば良い。お前らは来るな。手を放せ。大人しく口減らしに従え』ってね。それが天の御心に適っている筈がない。だから今まさに、糸にハサミが伸びてチョキンと切り落とされようとしている。そうして地球の亡者は全滅しちゃうって訳だ。でも、だからってカンダタを殺すわけにもいかない。それこそ、神の御心に適わないっていうんだろう? 八方塞がりじゃないか」


 ボクサツ君は冷徹な口調で言う。


「解ってるんだけど。それでも、何かをしなければ、何もしなかったことになる。それは、私の生き方ではないんだけど」

「宇宙人って人々は、悲しい程、純粋無垢なんだね。だが、恐ろしく頭の良い人々でもある筈だ。あんなちゃんだって何の勝算もなく、唯、メッセージを伝えるだけで人類を救えるとは考えていないだろう? 他にもまだ、地球を救う方法なり、秘策がある筈だ。あんなちゃんはどんな切り札があって、地球にやってきたのかな?」


 ボクサツ君の言葉を聴き、我々はハッとした。確かに、あんなは仮にも太陽人だ。だとしたら、まだ何か地球を救う方法があるのかもしれない。

 一同の目が、純白の太陽人へと集まった。


「はい。そうなんだけど。太陽人のご先祖様は、預言者エノク様。そして、エジプトにあるギザの三大ピラミッドは、エノク様が建造した。預言者であるエノク様ならば、将来、地球にどんな苦難が待ち受けているか知っていた筈なんだけど。人類に解決策を用意して下さった可能性が高いんだけど」


 あんなは言う。一方で、俺にも疑問が湧き上がる。


「じゃあ、ピラミッドを調べたら地球を救う方法が解るかもしれないってことか。でも、それだとあんなは、なんでエジプトじゃなく日本にいるんだ?」

「ピラミッドに謎が隠されているのだとしたら、それは日本人にしか解けないんだけど」

「え? なんでだよ」

「日本が第二のイスラエルだから、なんだけど。日本人は失われたイスラエル十氏族の末裔であり、古代イスラエルの民。イスラエル人は、預言者の系譜を受け継ぐ人々なんだけど」


 あんなの話を聞いて、俺は益々解らなくなった。日本人が古代イスラエルの民だって?


「それは地球では日猶にちゆ同祖論どうそろんと呼ばれている説だね。日本ユダヤ同祖論は一◯◯年程前からいわれてきた説で、それなりにエビデンスがあるのだが、一般には都市伝説とされているね。まあ、当のイスラエルの国家機関アミシャーブは、真剣に日本を調査している。都市伝説だとは考えていないみたいだけど。とはいえ、あんなちゃんがいう歴史は、何から何まで定説と異なっているね。頭の固い学者が聞いたら、顔を真っ赤にしてカンカンに怒り出しそうな気がするよ」


 と、ボクサツ君は微笑する。

 それは、一つの事実を指し示していた。イエスは、イスラエル十二氏族のユダ族。つまりユダヤ人だ。イスラエルが日本の血脈に深く関わっているのだとしたら、イエスと日本人とは、無関係ではない。


「日本で預言者を探す。それが、私の計画なんだけど……でも、果たせなかった。もう、時間切れ。預言者様をみつけることができなかったんだけど」


 そう言ったあんなは、あまりにも儚げで、悲し気だった。

 もう、じっとしていられなかった。俺は駆け寄って、あんなを抱きしめた。


「じゃあ、俺が一緒に探してやる。あんなはもう、一人じゃない」


 こんなにも強い気持ちで何かを決意したのは、初めてのことだった。

 日向も腰を上げる。


「一人じゃない。二人でもない。三人だよ」


 日向も、涙混じりの微笑を浮かべた。


「ル、ルーシーモアンナヲ守ルゾ。ルーシーハアンナガ大好キナンダ。トッテモ良イ子ナンダゾ!」


 ぷうちゃんもぴょんと立ち上がった。

 すっと、あんなの目から涙が落ちる。彼女は声も上げず、ぽろぽろと、絶え間なく涙を零し続けた。

 なんて可愛いのだろう。

 俺は無意識に、あんなのスカートに手を入れてパンツを引きずり降ろしていた。

 ドッと、日向が俺の尻を蹴りつけ、あんなのパンツを引き上げる。

 ボクサツ君が、俺の肩にそっと手を置いた。


「君は変態だね」


 ボクサツ君は、何故か勝ち誇った顔で嗤った。


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