第15話 榎木あんなは語りだす



 ★


 少女達は二○分程で戻ってきた。

 三人とも、水浴びをしてさっぱりしている。シャンプーと石鹸の香りが薄く漂ってくる。濡れた甘やかな髪の艶めきが、俺の欲望を搔き立てた。


「おい日向。もう良いだろう。縄を解けよ」

「……なんか嫌な予感がするから駄目。どうせ、解いたらまた襲い掛かって来るつもりでしょう?」

「う。それの何が悪い! 俺は日向とあんなを襲うんだ。二人とも滅茶苦茶にして孕ませるんだあ!」

「はい、くねくね暴れない」

「うあああ! 解け、解けえ。あ、あんな。縄を解いてくれ」

「はい。愛しい人」


 と、あんなはすぐにやって来て縄を解き始める。


「従順! だからあんなちゃん、そんな奴の命令に従っちゃ駄目なのよ? ろくな目に合わないんだから」

「え、でもだって、あんなは愛しい人のエロ奴隷なんだけど」

「あんなちゃん。今、とんでもないこと言ってるからね。自覚を持ちなさい?」


 と、日向は呆れて頭を抱える。

 そうして、俺の縄は解かれた。ボクサツ君の縄も、ぷうちゃんが解いてしまった。


「よしよしぷうちゃん。良い子だね」


 ボクサツ君は爽やかさと邪悪さが同居した笑みを浮かべ、ぷうちゃんの頭を撫でつける。


「エヘヘ。ルーシーハ、イイコナンダ!」


 ぷうちゃんは褒められて上機嫌だった。

 そしてまた、俺と日向の不毛な攻防が繰り広げられる。が、ぷうちゃんがお腹を空かしてぐずり始めたので、とりあえず、休戦する運びとなった。


 日が沈み、俺とボクサツ君も水浴びを終えて教室へと戻った。

 教室では少女たちがキャンプ用の簡易コンロを使い、夕食の支度をしてくれていた。


「もう、だいぶ暗くなったね」


 と、ボクサツ君が窓の外に目をやる。

 もう、外は真っ暗だった。山奥の廃校には街灯の灯もなく、底知れぬ闇が不気味さと神秘とを孕み、我々の内側を満たしている。時折風が吹き、木の葉が擦れる音が、どお、と森を包む。長いこと失っていた何かが、深いところから込み上げて来る気がした。


 食事を終えてから、俺達は長い沈黙に包まれていた。今日一日で色々な事があった。疲れていたのもあるが、それだけじゃない。

 皆、あんなを見つめていたのである。

 そして、俺は一つ溜息を吐く。


「じゃあ、そろそろ聞かせて貰おうか」


 俺はやっと、すべき問いを口にする。


「はい。愛しい人。でも、何から話したらいいか分からないんだけど」

「昨日、蓮美はすみが言っていたな。あんなが世界を救う為に命を削っているって。どういう事なのか教えてくれ」

「はい。愛しい人」


 そして、あんなは静かに語り始めた。



 ★ ★ ★


 あんなの話によると、最初に人類が発生した場所は、太陽なのだそうだ。

 一般に、地球の認識では、太陽はガス天体だとされている。それは誤りだという。太陽には大地があり、海洋があり、森林や、山や川もある。広大な大地にはたくさんの都市もあり、多くの人々がそこで生活しているらしい。

 そんな太陽の内部には、広大な亜空間が広がっているらしい。


 亜空間は、我々の次元から少しだけ次元がズレている場所なのだそうだ。三次元世界と異次元との中間、だと考えれば解りやすいだろうか?

 そして、亜空間は異次元とは違う。亜空間と異次元の違いは、我々の常識が通用するかしないかだ。まず、人間は異次元では生きていけない。物理法則もクソもない世界だからだ。

 一方、亜空間世界では我々の常識が通用するらしい。ちゃんと物理法則が機能して、生態系が存在して重力もある。つまり、人間が生活できる場所なのだ。


 さて、太陽の地殻の下の広大な亜空間には、地球よりもはるかに豊かで過ごしやすい天体が浮かんでいるらしい。その星の名を、エデンという。

 エデンは聖書にある通り、人類が生まれた場所なのだそうだ。

 人類の祖、アダムとイヴはエデンで生み出され、地球へと追放された。追放された人類は、地球で幾多の困難に出逢いながらも、ある程度高度な文明を発展させる。

 その後、人類はノアの大洪水で一度は滅亡する。ここまでが、我々地球人の知る歴史だ。


 但し、ノアの大洪水で死ななかった人々もいる。それはノア一家以外にも存在するそうだ。

 その預言者の名は、ちゃんと旧約聖書に記されている。

 エノクである。

 エノクは、アダムから数えて八代目の子孫である。彼はとても信心深く、清廉潔白だった。故に、神から深く愛された。


 ある時、神はエノクを生きながらにして天界へと引き上げた。天界へ引き上げられたのはエノク一人ではない。エノクが統治していた街が、丸ごと天界へと引き上げられたのだ。ここでいう天界とは、太陽のことだ。この事件が起こったのは、ノアの大洪水が発生するよりも前の出来事である。

 

 つまり、あんなをはじめとする太陽人は、聖者エノクや、エノクの街の人々の子孫だということになる。地球での試練を乗り越えて、太陽に戻った人類なのだ。


「とても突飛というか、信じ難い話だな」


 俺はつい、口を挟む。


「なにを驚くことがあるんだい? 現実ってのは、いつも空想を凌駕しているものだよ。さあ、続きを聴こうじゃないか」


 と、ボクサツ君は俺を嗜めて、あんなに続きを促す。あんなは、再び語り始めた。


 太陽人の考え方や生き方は、神の御心ってやつに即しているらしい。彼らの科学は我々の科学とは違い、神や霊、魂の存在を否定しないそうだ。科学的にどうであれば神の御言葉を肯定できるか? という考えに基づいて研究し、発見し、結論する。例えば、科学的な方法で霊や魂を観測できなければ、現時点の技術では観測できないだけだ。では、どうすれば観測できるのか? という考え方をする。そして、諦めずにどこまでも探求を続けるのだ。その結果、太陽人は我々の科学の思考法では発見し得ない、様々な発見をすることができた。

 太陽人の科学は、神を肯定するが故に、地球とは比較にもならない程の発展を遂げたのである。


 問題はここからだ。


 太陽人の科学は、地球人類の滅亡を予見している。地球のいくつかの大国や、それを陰から操るストリクスどもが、環境兵器を使って大地震を引き起こしたり、あの手この手の人口削減計画を推し進めて人々を殺戮したり、等々、人道に反する悪行を続けたことが、滅亡への引き金になっているらしい。

 地球人は地球人で、このままでは地球が不味い事になると気が付いてはいる。だが、変動してゆく気候をどうする事も出来ないでいる。地球人は、必死に二酸化炭素の排出を抑えようと躍起になっている。その試み自体は間違ってはいない。だが、最も正しい対処ともいえない。

 地球温暖化の主犯は、二酸化炭素ではないのだ。

 地球温暖化の最大の原因は、太陽にある。太陽活動が活発化して、地球は太陽光に焼かれているのだ。地球の科学者もまた、その事実に気が付いている。だが、気付いていても、彼らにはどうする事も出来ない。地球の科学は決して神を肯定しないからだ。


「地球の科学力では対処できないから、太陽人のあんなが、太陽の科学力でどうにかしようとしている。そういう事か?」


 俺は、黙って聞いていられずに、あんなに訊ねた。


「そうではないんだけど。私達が科学の力で太陽活動を抑制する事は許されていないんだけど。何故なら、太陽の暴走は、神様がお怒りになって引き起こされたから。私達は、神様の御心に逆らう事は出来ないんだけど」


 下らない──。

 言いかけた言葉を飲み込んだ。

 あんなの話を聞いて、俺も流石に疑念が湧いてきた。朝から、神だの悪魔だの胡散臭い話を聞きすぎている。蓮美やあんなに言わせれば事実なんだろうが、俺にとっては、宗教にどっぷり浸かった終末論者の戯言たわごとでしかない。

 思わず、あんなを否定してやりたい衝動に駆られてしまう。が、そんな俺の脳裏に、二ヶ月前の、あんなの後ろ姿の記憶が蘇る。


 あんなは、これまで真剣に、動画投稿サイトへの配信を繰り返していた。どれだけ否定されても、馬鹿にされても、嘘つき呼ばわりされても、あんなは諦めなかった。彼女は何度も何度も、地球人への説得を繰り返した。その信念を踏み躙られても、誰一人信じてくれなくても、立ち止まることだけはしなかったのだ。

 勿論、挫けそうになったこともある。ある夜、配信が終わってコメント欄に目を通したあんなは、心ないコメントの数々に傷ついて、肩を震わせて嗚咽していた。

 俺は、その後ろ姿を見ていた。たまらなく、抱きしめてやりたいと感じた。そもそも、あんなを否定している連中については、俺も元々、心底嫌っている奴らだ。あんなの言い分が事実かどうかはさておき、あんなは本気で、真剣に、彼らを救おうと頑張っている。連中はその手を振り払い、何の覚悟もなく安全な所から石を投げてせせら笑い続けている。そんな薄っぺらな連中と同じにはなりたくなかった。


「神様、か。じゃあ、太陽の暴走の原因が神にあるとして、太陽人でもそれを止めることができないのなら、あんなは何のために地球にきたんだ?」


 とりあえずは、あんなの言い分を受け入れて、疑問を口にする。

 あんなは小さく頷いて、再び語り始めた。


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