第四章 異説 日本ユダヤ道祖論(太陽人史観)

第13話 奴の名はボクサツ君



 ★


 一◯分程で、俺は事情を話し終えた。


「ふむ。世界が終ろうとしていて、あんなちゃんはそれを阻止しようとしている。だが、悪い奴らに狙われていて、国士達はあんなちゃんを守ってここまで来た。これからも、あんなちゃんを高千穂神社まで連れて逃げる必要がある」


 泰十郎師匠は話の要点を纏め、炭酸飲料をぐびりと飲み干した。


「そう。助けてくださいよ。変な化け物は襲ってくるし、悪魔は襲って来るし、特殊部隊はジャンジャン発砲してくるしで大変だったんですから!」


 日向は泣きつくように言う。


「銃撃戦にUMAとの戦闘に悪魔狩りか。確かに、いささか楽しそうではあるし興味をそそられるな……だが断る!」

「え? なんでですか?」

「俺はこれから帰宅して、明日の希少戦士ガングロー最新作の劇場公開イベントの為に、徹夜で並ばねばならないからだ!」

「はあ? 世界がどうなっても良いんですか」

「例え明日世界が滅んでも、俺は行列に並ぶ。それがオタクの誇りだから!」

「名言っぽい言い方しても駄目ですよ。奥さんが泣きますよ」

「心配するな。一家総出で並ぶからな」

「どんな家族ですか」


 と、日向が呆れて閉口する。俺は日向の肩に手を置いた。


「仕方がない。日向、師匠はポンコツになっておしまいになられたようだ。ここは当てにならない木偶の棒に頼るより、自分達で自分の身を守ろうじゃないか」


 俺の挑発に、師匠の眉がピクリと動く。


「おっと国士君。俺がポンコツとは、ちょっと聞き捨てならないな」

「おや、師匠。それでは加勢して下さるのですか?」

「ううむ……じゃあ、こうしようじゃないか」


 そう言って、泰十郎たいじゅうろう師匠は背後へと目をやった。


「おおい、ボクサツ君!」


 と、泰十郎師匠は、休憩エリアの隅に声をかける。


「なんだい。泰十郎」


 やって来たのは、華奢で不健康そうな優男だった。先程、空気銃で狼人間を撃ちまくっていた男だ。


「紹介しよう。彼はボクサツ君。俺の幼馴染だ。見た目はこんなだが、武術の心得がある。俺の次ぐらいには腕が立つぞ」

「師匠の幼馴染? では、学校の後輩か何かであられますか?」


 俺は一応、慇懃な態度で問う。


「失礼な。僕はこれでも泰十郎と同い年だよ。なんなら、僕の方が三ヶ月早生まれだ」


 ボクサツ君は言った。


「え? じゃあ、師匠と同じ三八歳? 全然、見えないけど」


 日向が驚きをあらわにする。実際、ボクサツ君は異常なまでに若々しかった。やや不健康そうな印象で、目の下に薄くクマがあるものの、顔立ちは中性的で、一見、女性のようでもある。とても三○代後半には見えなかった。


「まあ、若く見えて中身はボロボロだけどね。それはそうと、一体何の用だい?」


 ボクサツ君が言うと、泰十郎師匠の口元に邪悪な微笑が浮かぶ。泰十郎師匠は、ボクサツ君に事情を説明した。


「ふうむ。彼らの状況については分かったよ。それで、僕にどうしろと?」

「俺の弟子たちを高千穂神社までエスコートして貰いたいんだ。どうせボクサツ君は無職で引き籠りのニートだし、時間ならいくらでもあるだろう?」

「おやおや泰十郎。言い方に悪意があるね。僕が傷付いたらどうするのかな? 確かに無職ではあるが、いくら泰十郎でも僕を簡単に使い過ぎだよ。仮にも僕は開眼しているのだよ? それなりの武術家なのだから、安く使われては困るな」


 ボクサツ君は不機嫌そうに言う。冷静を装っているが、ちょっと泣きそうな顔をしている。そこで、泰十郎師匠はおもむろに財布を取り出した。


「……では、ボクサツ君。お小遣いをあげよう」

「よし、なんでも言いたまえよ泰十郎! 狼男だろうが特殊部隊だろうが、僕に任せておくと良い!」


 と、ボクサツ君は途端に掌を返す。


「なんだか無職の男の悲しさを感じたわ!」


 日向がちょっぴり悲し気に言った。

 こうして、ボクサツ君なる不健康そうな男が、我々の護衛に加わった。


 ★


 三分後、俺達は縛り上げたライカンスロープを見下ろしていた。


「それにしても、こうやって見るとだいぶ怖い顔してるね」


 ボクサツ君が言う。

 そういえばこの男、先程はライカンスロープを簡単にあしらっていたが……泰十郎師匠がお墨付きを出す程の武術家だから、か。

 と、俺は少々腑に落ちる。


「狼男はファンタジーとかの定番だが、まさか実在しているとは。しかも、満月の夜でもないのに変身しているな。やっぱり、どうにかしたら人間に戻るんだろうか?」


 泰十郎師匠が疑問を口にする。


「違うんだけど。この子は、狼男じゃないんだけど」


 ふいに、あんなが言う。


「ん? それはどういう事だ」


 俺はあんなに問う。


「この子は女の子なんだけど」


 と、あんなはライカンスロープの脚を掴み、押し広げる。


「ううむ。ぶらぶらしてないから、これはめすだな」

 と、泰十郎師匠。


「うん。雌だね。ぶらぶらしてないからね」

 と、ボクサツ君。


「雌でありますね! ぶらぶらしていないのであります」

 俺もハキハキと言った。


「やめなさいあんた達! なんだか、とってもいけない事をしてる気がするから!」


 と、日向がツッコミ気味に叫ぶ。

 日向は顔を赤らめながら、ライカンスロープに大きなバスタオルをかけてやる。その瞬間、ぷう。と、景気の良い音がした。ライカンスロープがおならをしたのだ。それはモロに、日向に炸裂する。


「わ、臭っ! この子、普段何を食べてるのかしら?」


 日向が鼻を押さえながら後ずさる。我々は思わず爆笑していた。

 その時だった。

 急に、ライカンスロープの体毛が抜け始めた。その形状も変わり、見る見る縮んでゆく。最終的に、それは中学生ぐらいの小柄な少女の姿へと変貌した。


「え、えええ? 急に人間になっちゃって……しかも、なんか可愛いわね」


 日向が驚きを露わにする。その言葉通り、少女はとても可愛らしい容貌をしていた。見たところ日本人らしい顔立ちをしてはいるが、純粋な日本人というよりも、少し白人の血が混ざっている印象だった。


 「ウッ」と声を漏らし、狼少女が目を開ける。瞳は明るい茶色だった。髪は明るい栗色で、やはり少し、日本人離れしている。


「君は……何者なのかな?」


 ボクサツ君が問う。


「ウ、ガ……オマエラハ、ワルイヤツカ!」


 狼少女は縄を抜け出して、飛び退いた。


「否、悪い奴はお前だろう? いきなり俺や日向を殺そうとしたくせに」


 俺は狼少女に言ってやる。


「嘘ヲツクナ! ルーシーハ、世界ヲワルイヤツカラマモル正義ノミカタナンダゾ!」

「ん。すると、ルーシーというのが君の名前なのかな?」


 と、ボクサツ君は至極穏やかに問う。


「ソウダ! ルーシーハ、イイコナンダ! 悪イ奴ヲヤッツケルンダ。エライヒトガイッタンダ。宇宙人ガセメテキテ、世界ヲハカイシチャウッテ。ルーシーハ、宇宙人ヲヤッツケルンダ!」

「ふむふむ。偉い人ね。どんな人なんだい?」

「偉イヒトハ、スゴイ魔法ツカイナンダゾ! 悪魔ダッテサカラエナイ、スゴク偉イヒトナンダ。偉イヒトガ、地球ヲマモルタメニ人間ヲヘラシテ、ミンナニ印ヲツケテ、ミマモルンダ」


 ルーシーがそこまで言ったところで、俺にもだんだんと事情が見えてきた。


「ふうむ。人口を減らして、印を付けて皆を見守る、か。ものは言いようだね。つまりそれは、人口削減計画を推し進めて人類の大半を殺戮して、生き残った人類を家畜化して管理するって意味だと思うが……聖書の黙示録とかに照らすと、人類の敵は、君がいう偉い人の方なんじゃないか?」


 ボクサツ君が、少し意地悪な微笑を浮かべて言う。


「ウ、チガウ! ルーシーハ、ルーシーハ、イイコナンダ! オヤツノ時間ダッテマモル、トッテモイイコナンダゾ!」


 ルーシーは簡単に言い負かされそうになって、薄く涙を滲ませる。


「ちょ、ちょっと二人とも、酷いわよ。こんな小さな子に意地悪ばっかり言って!」


 日向はそう言って、あんなの着替えの服を引っ張り出して、ルーシーを包んでやる。


「なにを言ってるんだ日向。さっきそいつに殺されそうになった事を忘れたのか?」

「う。忘れてはいないけど……でも、ルーシーちゃんはどう見ても、根っから悪い子じゃないでしょう。きっと悪い奴らに洗脳されてるだけなのよ」


 と、日向はルーシーを弁護する。実際、ルーシーの言い分を聞いた限り、彼女は間違いなく洗脳されているようではある。


「洗脳か。確かに、それは少し厄介だな。洗脳を解くのも面倒くさそうだし」


 俺は、愚痴るように言う。


「ふっふっふ。なにを言っているのかな、国士君。洗脳されているのならば、より強い洗脳で認識を上書きしてやれば良いじゃないか」


 と、泰十郎師匠が黒い微笑を浮かべる。俺は頭を殴られたような衝撃を受けて、目を輝かせてしまう。


「それだ! 師匠は天才でありますか!」

「国士の人格破綻の元凶は泰十郎師匠か!」


 日向が、青ざめながらツッコんだ。


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