第12話 激突! ライカンスロープ


 ★


 強行軍を開始して、二時間が経過した。

 あんなも日向も、山の険しさには慣れていない。二人とも徐々に疲弊してきた。特にあんなは息を切らし、足元もおぼつかない。そろそろ何処かで一休みしたいところだ。


「もう少しだけ頑張れ。少し開けた場所に出たら、そこで休憩にしよう」


 と、俺は振り向いた。すると、あんなが薄く涙を浮かべ、ぷるぷる震えていた。よく見ると、あんなは体中を蚊に刺されていた。


「きゃあ! 何やってるのあんなちゃん。滅茶苦茶蚊に刺されてるじゃない!」


 日向は焦って蚊を追い払う。


「何やってるんだあんな」


 俺はちょっぴり呆れて、ゆるくあんなを叱ってみる。


「大丈夫なんだけど。我慢するんだけど」


 あんなが言ったそばから、あんなの肩に蚊が停まる。俺は手を振り上げて蚊を叩こうとした。すると、あんなは咄嗟に下がってしまう。


「嫌! 叩いちゃ嫌なんだけど。この子達だって、血を吸わないと生きていけないんだけど。殺してはいけないんだけど」


 あんなはやけに真剣に言う。


「そんなこと言ったって、そんなに刺されたら病気になっちゃうぞ。蚊の為に死んだら馬鹿らしいじゃないか」

「そんな事はないんだけど。きっと、この子達だって私を殺そうとは思ってない。やめてとお願いしたら、きっと分かってくれるんだけど」

「……言ってる意味が解らないぞ?」

「愛は、伝わるものなんだけど」


 と、あんなはやけに強情である。完全に、俺の理解を超えていた。

 そこで仕方なく、日向があんなに虫よけを塗ってやった。それからは、あんなは全く蚊に刺されなくなった。その分、何故か俺と日向に蚊が寄って来るようになった。


 再び歩き始めて五分もしない内に、俺の耳が異音を捉えた。

 パス、パス、パス。パカカカカカ! と、まるで玩具の空気銃みたいな音だった。それは、山の斜面の向こう側から聞えて来た。薄らと、人の気配もする。


「なんだろう?」


 と、日向は斜面を駆け上がる。俺も後を追う。俺達は、高台から音の発生源へと目を向けた。するとすぐ近くに、かなり開けた場所があった。開けた場所は一面、目の細かいネットで囲われている。ネットの向こうでは、何人かの人々が玩具の空気銃を撃ち合っていた。

 サバイバルゲームをしているのか?


「やった。人だ。助かったよ!」


 日向が笑顔でくるりとこちらを振り向いた。が、途端にその表情が凍り付く。


「あ、ああ……う、後ろ!」


 日向は俺の背後を指差した。俺も背後に気配を感じ、振り返る。

 茂みの奥に、異形の怪物が居た。もさもさした体毛に狼の顔。体躯はがっしりしており、日向よりも一回り大きい。かなり鍛え抜かれた感じがする。その眼は野生の狼同様、人間味が感じられない。

 狼人間ライカンスロープだ!

 奴は、一匹だけで木陰から、静かにこちらを窺がっていた。


「あ、どうもこんにちは」


 と、俺は挨拶してみる。


「馬鹿なの? 馬鹿馬鹿なの? 相手は敵なのよ。挨拶してる場合じゃないよ」

「なにを言ってるんだ日向。いきなり殴りつけたりするのはいけない事なのだぞ。良い奴かどうかは、話してみないと分からないじゃないか」

「どの口がそれを言ってるのよ! あんた、暴走族の一件を忘れたの? でも一応……どうもこんにちは」


 と、日向もライカンスロープに会釈する。

 直後、ライカンスロープは、ぐるおおぉ! と雄叫びを発し、牙を剥き出して木陰を飛び出して来た。

 速すぎる──!

 太い腕が振り抜かれ、続けて噛みつきが襲う。俺はぎりぎり噛みつきをかわし、どてっ腹に正拳突きを打ち込んだ。

 ぎゃん! と悲鳴を漏らし、ライカンスロープが飛び退いた。一応、攻撃が効いているみたいだ。


「ほ、ほらっ! だから言ったでしょう。やっぱりヤバい奴なのよ。やっつけるわよ!」


 日向も俺と肩を並べ、ライカンスロープを迎え撃つ。

 ライカンスロープは、狼のような四足歩行に移行して、飛び掛かる隙を伺っていた。俺は静かにナイファンチの構えを作り、日向は猫足立ちで攻撃に備える。

 違いに機先を探り合い、強い緊張が場を満たす。


「来い!」


 俺は叫んだ。その瞬間に、奴は飛び掛かってきた。

 矢の様に鋭い体当たりが襲う。俺も肘を衝き出して踏み込んだ。

 パァンと、地面を踏み鳴らす。

 渾身の肘打ちが、カウンター気味に敵の胸元を捉えた。骨を砕いた手応えがあり、ライカンスロープは斜面を転げ落ちてゆく。

 狼男はネットを突き破り、サバイバルゲームのバトルフィールド内へと逃げ出した。


「しまった! 無関係な人が襲われちゃう」


 日向は大急ぎでライカンスロープを追ってゆく。俺も日向を追いかけた。


 ネットを潜ると、俺のすぐ側の草むらに、華奢な男が匍匐ほふくしていた。そいつは迷彩服を身に着けて、草むらに同化して、玩具の狙撃銃を構えている。


「うううん? なんだか変なのが入ってきたねえ。関係ない人も乱入してきたねえ」


 華奢な男は呑気に言った。彼の銃口の先にはライカンスロープがいて、低い唸り声を上げて牙を剥き出している。


「とりあえず、撃っとくか」


 華奢な男はそう言って、パスりと、空気銃で狼男を撃った。

 BB弾が眉間に命中し、狼人間は、ぐるるるっ! と怒りを露にする。奴は、華奢な男へと標的を変えた。

 化け物は唸り声を上げながら突進し、華奢な男へと飛び掛かる。男は咄嗟に立ち上がり、素早く狙撃銃を衝き出した。

 銃口が、狼人間の口内に深々と刺さる。男がそのまま前進すると、なんと、ライカンスロープが仰向けに倒れてしまった。男はそのままライカンスロープを踏みつけて、カシャコン、と空気銃のコッキングレバーを引いた。

 カシャコン、パン。カシャコン、パン。カシャコン、パン。カシャコン、パン……。

 男は狼男の口の中に、これでもかとBB弾を撃ち込みまくる。やってる事はエゲツないのに、その表情は終始、ぬぼぉっ、とした調子である。

 たまらず、狼人間がキャンキャンと悲鳴を上げる。


「ううん、やっぱり本物みたいだね。UMAだねえ。しかも凶暴だ。もっと撃っとくか」


 と、男は薄っすらと嗜虐的な微笑を浮かべ、弾切れするまで撃ち続けた。が、狼人間も黙ってはいない。弾切れした途端、化け物が猛烈に暴れ出し、男を跳ねのける。


「す、すみません。事情は後で話します。兎に角下がって!」


 日向が男の前に進み出て、しかと空手の構えを作る。そこへ間髪入れず、狼人間が飛び掛かる。日向は回し蹴りで迎え撃つ。

 獣の眼が、光の尾を引いて螺旋を描く。日向の蹴りが外れた。カウンター気味の爪の攻撃が、日向の顎先に迫る。

 俺は咄嗟に日向の前に滑り込んで、攻撃を受けた。

 ガツリと、重い衝撃が襲う。痛みが骨にまで伝わって、危機感が背筋を這い上がる。かなりの怪力だ。だが、悪魔憑イスライシュき程ではない。受けが通用する。

 シッと息を吐き出して、俺は思いきり踏み込んだ。渾身の引導返しが、鋭く化け物の胸を捉える!

 手応えあり。

 ギャバ。と、奇妙な呻き声と共に、化け物は崩れ落ちて倒れ伏す。気を失って痙攣していた。


「くそ、痛……」


 俺の利き腕は、痺れて感覚がなかった。


「やったね。流石は国士」


 日向が笑顔で飛びついた。俺は踏ん張れず、日向ごと倒れた。


 ★


 さて、俺達は狼男を念入りに縛り上げ、サバイバルゲームフィールドの休憩所へと案内された。


「あれ。あれあれ。師匠?」


 日向が声を上げる。

 なんと、休憩所セーフティエリアには、泰十郎師匠が居たのである。


「おやおや。感心だな。こんな所にまで俺にボコられに……指導を受けにきたのか?」


 泰十郎たいじゅうろう師匠は迷彩服に身を包んでいた。どうやら、師匠もサバイバルゲームをしに来ていたらしい。


「違いますよ! 込み入った事情があって色々と大変だったんですから。でも良かった。貴重な戦力、確保だわ!」


 と、日向は泰十郎師匠の腕を掴む。流石の俺も、イカレ野郎の顔を見て少々安堵していた。

 そして、俺はあんなを師匠に紹介する。師匠はアルビノの人間を見るのが初めてであるらしく、何度も溜息を吐きながら、あんなの肌や髪の白さに見惚れていた。


「師匠、少し長い話になるであります。是非とも、加勢願いたいのであります!」


 俺は猫を被りながら、これまでの事情を話し始めた。


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