第7話 真瀬蓮美登場!




「兎に角、話を聞きなさいよ! あんた達の身の安全に関わる事なんだから」


 と、女はクマさん人形を盾に叫ぶ。まあ、少しだけこの女の話に興味が湧いた。美人だしな!

 一分後。

 俺とあんなは肩を並べ、女の話に聞き入っていた。日向はなかなか目を覚まさなかったので、五、六回ビンタを叩き込んで目を覚まさせた。


「……つまり、俺達はずっと監視されていた。そういうことか?」


 俺は冷静を装って言う。


「そうよ。あんたがやらかした誘拐も、セクハラの数々も全部筒抜けだったんだから」


 女はぷんすかした調子で言う。

 筒抜けとは、一体どういう意味だ?


「ところで、あんたは一体誰なんだ?」


 尋ねると、女は懐から一枚の名刺を取り出して、差し出した。

 名刺には〝真瀬まなせ蓮美はすみ〟と記されていた。

 妙な名刺だった。名前は書かれているのだが、住所も電話番号も、職業さえも記されていない。


「なんだこの名刺。名前以外、何も書かれていないぞ。電話を受ける時はどうするんだ?」

「私は電話を受けません。私が電話をします」


 と、真瀬蓮美は眉一つ動かさない。


「……つまり、あんたはスパイか何かなんだな? 公安調査庁か内閣情報調査室、又は自衛隊の別班とか、そういった諜報機関の人間か」

「あれ。あんた高校生の癖にやたら頭が切れるわね。そうよ。私は所謂、諜報機関の人間です。でもまあ、別班でも公安でも内調の人間でもないけどね」

「ふうん。で、そのスパイ様が、俺達に一体どんな用があって押し入って来たんだ?」

「あんた……自分が何をやったのか自覚しているの? 国士君は宇宙人を誘拐したのよ。世界中の諜報機関と政府組織が裏で大騒ぎしてるんだから!」


 どうやら、真瀬蓮美が色々と事実を知っている、ということは疑いないようだ。素性の是非はともかく、厄介ではある。

 俺は思わず溜息を吐いた。


「そうか。完璧な誘拐計画だと思ったのに。こんなに簡単に露見するとは……な」

「前言撤回! やっぱりあんた馬鹿だわ。あんな大通りで、衆人環視の中で女子高生を誘拐して、街でもあんな大立ち回りを演じておいて、どうして誰にも気づかれないって思ったの? 誘拐動画も上がってたし、警察だってあんた達に熱烈な視線を送ってたわよ。まあ、その日の内にあんなちゃんは帰宅したから、警察は高校生の悪戯だって思って手を引いたみたいだけど」

「そ、そうだったのか!」


 俺は思わず衝撃を受ける。


「馬鹿なの? 馬鹿馬鹿なの? 警察どころかイカレ野郎にもバレてたじゃない」


 と、日向が口を挟む。


「兎に角、あんた達……ヤバいわよ」


 蓮美はすみもまた、ため息をひとつ漏らした。


 真瀬蓮美の話はこうだ。

 まず、あんなは宇宙人だ。その事は、世界中の諜報機関の人間が知っているらしい。

 あんなは常に監視されていた。ありとあらゆる国家、勢力、諜報機関の人間があんなに強い関心を示し、その行動、言動の全てを把握している。あんなを監視している連中は、あんなを警戒する一方で、あんなには一切手出ししないと協定を結んでいた。相手は、仮にも宇宙人なのだ。

 蓮美の話によると、太陽人って連中はとてつもない科学技術を有している。それは地球人の想像を絶するレベルであり、地球人と太陽人とが戦争になった場合、地球人は逆立ちしたって太陽人には勝てないであろうとの事だった。


 だが、困った事に、地球には頭のおかしな連中が大勢いる。真瀬蓮美の組織はそういった連中を「ストリクス」と呼んでいる。神の敵対者、黒魔術師のことである。


 ストリクスって連中は、始まりも知れぬ大昔から存在し、陰で歴史を操ってきたらしい。奴らはアメリカ合衆国やロシア、ヨーロッパ各国の背後に潜み、現在も世界を破滅させようと画策している。ストリクスをはじめとする支配階級は、裏では世界政府とも呼ばれているそうだ。つまり、人類は気付かぬ内に、とっくの昔に征服されている。と、いうことだ。

 ちなみに、蓮美の組織は純粋に日本発祥の組織であり、大昔からストリクスと敵対し、人類や日本人を守ってきたのだそうだ。


 さて、人間は誰だって死にたくない。望んで戦争をしたがる奴は馬鹿だ。

 だから、各国の諜報機関の連中は、ストリクスの勢力下にありながらも、あんなの情報を支配階級に上げないよう頑張っていたらしい。ストリクスがあんなの存在に気付けば、あんなに危害を加えるよう命令を下すだろう事は明白だったからだ。


 予想されるストリクスの判断はこうだ。


 あんなを殺害して地球人と太陽人を敵対させ、あわよくば戦争に持ち込む。それが出来なくても、あんなが地球から去れば、激しさを増す気候変動によって人類は大幅に衰退する。あんなは、地球を救う為にこの星を訪れたからだ。


「で、それの何が不味いんだ?」


 俺は長い話を聞き飽きて、口を挟む。


「ストリクスに、あんなちゃんの存在を知られたのよ。言っとくけど、あんた達のせいだからね! 街中であれだけの騒ぎを起こしたんだから」


 蓮美の、怒りの視線が向けられる。


「つまり、これから悪い奴らがあんなを殺しに来る。そういう事か?」

「ええ、そうよ。だから私が来た。今すぐ荷物をまとめなさい。すぐに逃げるわよ。もたもたしてたら手遅れになる!」


 と、蓮美は立ち上がる。


「そうか。話は分かったから、帰れ」

「は? 何も理解してないじゃない。多少馬鹿でも自分達がどんな状況かぐらい、想像が付くでしょう?」

「ああ。中二病のお姉さんが訪ねてきて、だいぶ痛いことを言っている。可哀想に」

「私は中二病じゃない! 頭来た。信じないのね? だったら、あれをよく見て見なさいよ!」


 と、蓮美は部屋の壁を指差した。そこには一匹の蝿がいた。

 俺は渋々腰を上げて、蝿を捕まえてみた。だが、手に触れる感触が、微妙におかしい。

 よく見ると、それは蝿ではなかった。明らかに機械的な何か。つまり、ロボットだ。


「なんだ、このテクノロジーは」

「裏の科学はね、表の科学よりも五○年は進んでるの。それは、主にアメリカ軍産複合体系の諜報機関が使う偵察用ロボットよ。それからそっち」


 蓮美は、今度は窓辺を指差した。そこには一匹の蚊がいた。

 俺は蚊も捕まえてみた。案の定、それもロボットだった。


「それはアメリカのNSAが使う情報収集用の監視ロボットよ。ちょっとだけ、軍産複合体のロボットよりもハイレベルよね。他にも、この部屋の上空には光学迷彩を施した盗撮用ドローンが常に浮かんでいる。中国のやつね。西と南のビルからは、ロシアの諜報員が常にレーザー盗聴を行ってもいるわ。その情報を、更にEUの諜報機関が傍受している。それから、この部屋の下に住んでるインド人留学生の正体はモサドだよ。今、聴診器を天井に当てて絶賛盗聴中です。この部屋の右隣の中村さんの正体は中国の諜報員だし、左隣に住んでる田中さんも、内調の諜報員よ」

「……マジか?」

「大マジよ」


 俺はおもむろに立ち上がり、鞄から金槌を取り出した。

 ガツリ、ガツリ、ガツリと、憎しみを込めて金槌を振り下ろす。ロボットが粉々になっても、更に殴りまくってやった。


「馬鹿、何やってるのよ」


 あまりの剣幕に、蓮美は若干怯えていた。


「俺とあんなの愛の巣に、出歯亀野郎はいらないんだあああ!」

「あ、あんたからは狂気しか感じないわね。どうであれ、事情は分かったでしょう?」

「ああ。理解したさ」

「じゃあ、ここで監視や盗聴してる人たちに提案なんだけど……私達は、これからあんなちゃんを連れて逃げるわ。あんなちゃんを安全な場所に逃がすためにね。私達が逃げ出したって情報を上にあげるのを、一○分程度遅らせて欲しいのよね。あんた達も間接的にはストリクス傘下の組織の構成員だって事は承知してるけど……だからって、太陽人と戦争をして、国や人類を滅ぼしたくはないでしょう?」


 蓮美が、壁や天井に向かって言う。

 暫くしたら、階下から、ゴツ、ゴツ、と、天井を打つ音が聞こえた。音は、部屋の左右の壁からも聞こえてきた。


「ま、誰だって死にたくはないわよね。じゃあ、逃げるわよ!」


 蓮美はパチリと指を鳴らし、颯爽と腰を上げた。


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