第2話 水前寺日向は薙ぎ倒す
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そもそも、俺は考え方を間違っていた。
異性と一緒に居たい時、それは必ずしも恋人という関係でなくても良いのだ。あんなを誘拐して監禁しても、彼女が俺を好いていなくても、力づくで滅茶苦茶にしてやる事は出来る。
物理的な見方だけするならば、あんなと過ごしたり、やりたい放題やることは出来てしまうのだ!
「いや、間違ってるのはその考えだからね。正気に戻りなさい!」
なんて、
「俺は正気だよ。何がいけないんだ」
「あんた本気で言ってる? あのね、誰かを好きになるっていうのは、そういう事じゃないのよ。いい? たとえ国士があんなちゃんを誘拐しても、彼女の心は変わらないの。あんなちゃんの心を操ったりなんて事は、誰にも出来はしないのよ」
「なにを言ってるんだ日向。そんなの、洗脳すれば良いじゃないか」
「あんたは一度精神鑑定を受けなさい!」
それでも俺は誘拐計画を推し進めた。
とりあえず金がいる。あんなを縛るロープや、洗脳教育を施す為の教材だってタダじゃないのだ。
まず、三週間、断続的に日雇いのアルバイトでお金を貯めた。だが、働いて得た金額は、五万円と少しだった。
なんだかとても効率が悪い気がした。
そこで、俺はやり方を変えた。
「カツアゲをします」
下校中、俺は言ってみた。
「はいはい。カツアゲね。馬鹿な事言ってないで帰るわよ」
日向は相手にしなかった。
そこで仕方なく、俺は一人でゲームセンターへと向かった。
ゲームセンターの駐車場には、如何にも暴走族とかが乗っていそうな、ケバいバイクが数台停まっていた。
「よし」
俺はポツリと呟いた。
「何が『よし』なのよ! 馬鹿なの? 馬鹿馬鹿なの!?」
いつの間にか日向が背後に居て、俺を𠮟りつける。
「ああ、日向。手伝ってくれるのか?」
「手伝うわけないでしょ! 大体、カツアゲするにしても、もっと普通の奴らを狙いなさいよ。暴走族なんか狙ってどうするの」
「なにを言ってるんだ日向。弱い者虐めはいけないのだぞ。そんなことも知らないのか」
「国士の善悪の基準がよく解らないんだけど? どっちみち、カツアゲはいけない事なのよ」
「なにを言ってるんだ日向。社会のゴミが減ってお金も増えてストレス解消にもなる。一石三鳥じゃないか!」
「一度あんたの脳みそがどうなってるか調べてみたいわ」
呆れかえる日向の背後で、自動ドアが開く。店内から、七人の暴走族が姿を現した。全員、中々の体格の持ち主で、見るからにガラの悪い見てくれをしていた。
「ウケる! 見たかあいつの泣き顔。腹パン一発で、五千円も出しやがった」
暴走族の一人がそう言って笑っていた。言葉から察するに、連中もカツアゲをやった直後らしい。
思わず、俺の口元が緩む。
俺は真っすぐそいつに歩み寄り、進路を塞ぐ。
「……なんだお前。どけよ」
そいつが言った瞬間に、ドシリと、鳩尾に正拳突きを叩き込む。そいつは一発で
「お前! いきなり何してくれてるん……ぼぁ!」
傍にいた奴が俺に殴りかかろうとしたが、言い終わる前に、そいつも一撃で崩れ落ちた。
まるで手応えがない。つまらん。
二人の暴走族が芋虫みたいに地面を転げまわり、残された不良達の顔に怒りが浮かぶ。
「い、いきなり何なんだお前! 何処の奴か知らねえけど、覚悟出来てるんだろうな!」
連中のリーダー格と思しき、丸刈りが叫ぶ。すると、五人の不良どもが拳を握り、俺を包囲した。
途端に、俺は怯えた風を装った。
「う……あ。違うんです。違うんですう! 怖い人にやれって言われて、仕方なくやっただけなんですう。僕だって、こんな事したくなかったんですう!」
我ながら名演技だ。たぶん。
「あ? 怖い奴って誰だよ」
と、丸刈りが眉を釣り上げる。
「あの人です」
俺は日向を指差した。一斉に、暴走族の視線が日向へと集まる。
「はあああああ!? ち、違う……わ、私はなにも。ちょっと国士、あんた!」
日向が困惑し、抗議する。だが、相手はアホどもだ。話が通じるやつらじゃない。当然、日向は一瞬で取り囲まれてしまう。
「いい訳とかウゼえんだよ。良い度胸じゃねえか! 女だからって許して貰えるとか思うんじゃねえぞ!」
暴走族が怒声を発し、一斉に日向に襲い掛かる。
「国士いいい! あとで覚えてなさいよおおお!」
日向は、涙目で絶叫しながら回し蹴りを繰り出した。
彼女はまるで
★
三分後、俺は丸刈りの不良に馬乗りになって、ひたすら殴りつけていた。
「おかしいな。こんなに殴ってるのに、こいつらお金を出さないぞ」
「馬鹿なの? 馬鹿馬鹿なの!? RPGの敵キャラじゃないのよ。あんた、一度も金出せとか言ってないじゃない。ひたすらボコボコにしただけじゃない。ちゃんと要求しなきゃ」
「あ、そうか。それもそうだな」
俺は丸刈りの胸倉を掴み、起き上がらせる。
「お金を下さい」
出来るだけ爽やかな笑みを浮かべて言ってみる。
「も、もっと早く言ってほしかったですぅ」
丸刈りはべそをかきながら言う。その顔は、ボッコボコに腫れあがっていた。
さて、俺は暴走族どもからお金を巻き上げた。カツアゲで手に入れた金額は、合計で二万円にもなった。
「やったな日向。中々の儲けになったぞ。暴走族って結構お金を持ってるんだな」
「ふざけないで! 今日は流石に頭にきたわ。ちょっと見損なった。もう、話しかけないでくれる?」
と、日向はぷりぷり怒って背を向ける。でも、本当に怒った時の様子ではない。寧ろ、ちょっぴり可愛かった。
「まあまあ。俺は世界中で、日向しか頼れる奴がいないんだ。日向が勝つって信じてたし、久しぶりに日向に甘えたかったんだ。いけないか?」
「……もう。調子が良いことばかり」
と、日向は顔を赤くする。
「でも、どうなっても知らないわよ。暴走族の恨みなんか買ったら、後できっと面倒な事になるんだから!」
「……それもそうだな」
呟いて、俺は丸刈りの耳元に口を寄せる。
「あいつの名前は
と、ごにょごにょ耳打ちを繰り返した。
★
翌日の放課後、我が校の校門前には古いヤンキー漫画的光景があった。
数十台のバイクがずらっと停まり、特攻服を着た暴走族が凶器を手に絶叫しまくっている。生徒達はパニックに陥っていた。
教室では、日向が頭を抱えていた。
「やっぱり、大変な事になったじゃない!」
「なにを言ってるんだ日向。お財布があんなに沢山来たんだぞ。チャンスじゃないか」
「馬鹿なの? 馬鹿馬鹿なの!? だからあれだけ言ったじゃない。恨みを買っても知らないわよって。今度は手を貸さないから、一人でなんとかしなさいよね」
と、日向は意地悪な微笑を向ける。
「日向は何処だあああ! 水前寺日向を出せえええ! ぶっ殺してやるううう!」
校門から、暴走族の絶叫が響く。途端に、日向の顔に恐怖の色が浮かぶ。
「あれ? 恨みを買ってるのは日向みたいだな」
俺は意地悪な微笑を返してやった。
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