私、宇宙人なんだけど?

真田宗治

第一章 鬼と天使とクレイジー野郎

第1話 平国士は計画する





 榎木えのきあんなを誘拐することにした。

 遠くで蝉が鳴いている。午後の熱気に当てられて、頬を大粒の汗が伝う。だが、胸は期待に高鳴っていた。

 榎木あんなという少女は、控えめに言って、とてつもなく可愛い。知的で、どこかズレていて、でも品があって。全てが俺のツボだった。彼女の微笑を思い出すだけで、もうたまらない。早く滅茶苦茶にしてやりたい。

 そんな興奮を押し込めて、俺は商店街の裏路地に身を隠し、榎木あんなを待ち伏せていた。裏路地からはアーケード街の大通りが見えた。


 間もなく、あんなが大通りを通る筈だ。彼女の住まいや登下校のルートも、既に把握している。作戦は、あんなを見かけたら電撃的に襲いかかり、裏路地に連れ込んで自由を奪い、リアカーに乗せて連れ去る。というものだ。ここはパチンコ屋添いの路地だからやたら煩い。多少叫ばれても誰にも聞こえない。

 掻っ攫うなら、ここがベスト!

 我ながら完璧な作戦だ。それに、明日からは夏休みだ。学校を休んでも誰からも怪しまれない。一人暮らしのあんなを誘拐しても、当分は誰にも気づかれないだろう。この計画の準備には二か月近くを費やしたのだ。なんとしても成功させる!

 決意が、無意識に俺の口をついて出る。


「いやいやいや! やめて。ね、今ならまだ引き返せるから」


 水前寺すいぜんじ日向ひなたが俺の肩を掴み、引き止めようと引っ張った。

 日向は俺のたった一人の友人であり、幼馴染でもある。何かにつけて口うるさいのが玉にきずだが、顔つきは悪くない。ショートカットがよく似合い、ちょっぴりボーイッシュな印象であるものの、童顔で優しそうな眼や眉は、これまで何人もの女子生徒を虜にしてきた。日向ひなたは、女子にモテる女子なのである。


「どうして? 準備に一か月もかけたんだ。日向は帰っていいよ。その方が、俺も都合が良いから」


 と、俺は彼女の手を振り払う。


「都合が良くなってたまるか! もう。どうして国士こくしはそう……倫理観がずれてるというか、常識がないというか。兎に角、犯罪なのよ!」


 ぷりぷり言い放ち、日向ひなたは両手を広げて俺の前に立ち塞がる。これだから常識人は……。

 日向は女子生徒でありながら、一八三センチの長身で、俺より一五センチも背が高い。立ち塞がられると、狭い裏路地は完全に塞がれてしまう。こいつは邪魔だ。日向に計画を知られたのは失敗だった。内心呟いて、俺は日向と睨み合う。もう、辺りは日が暮れそうになっていた。

 その時だった。

 あんなが大通りを通りかかった。真っ白い髪に白い肌。見紛うことなき優雅なる歩き姿。

 この機を逃してなるものか。

 俺は咄嗟に日向のスカートの裾を捲り上げた。


「ちょ、何するの!」


 日向は顔を赤らめて、慌ててスカートを押さえる。その隙に俺は裏路地を飛び出して、榎木あんなの前に立ち塞がった。


「ああ、たいら君」


 と、あんなが仄かな微笑を浮かべ、俺の名を呼んだ。ちなみに、俺のフルネームはたいら国士こくし。ちょっぴり強気な顔つきをした、超絶美少年である。


「やあ、あんな」


 俺はにこやかに歩み寄り、迷わず、手にしていた黒い大きな麻袋をあんなに被せた。


「何これ。前が見えないんだけど?」


 あんなは特に抵抗もしなかった。それを良いことに、俺はロープを取り出して、麻袋の上からあんなをぐるぐる巻きにする。


「何これ。動けないんだけど?」


 あんなは怯えるでもなく言った。うむ。間違いなく、この状況で口にする台詞ではない。やはり、あんなはズレている。最高だ!

 俺はあんなをサーフボードのように抱え上げ、駆け出した。


「何これ。揺れてるんだけど?」


 それでもあんなは慌てなかった。そんな彼女の狂気が、益々俺に刺さる。早く連れ去って、あんなをひん剥いてやりたい!

 だが、俺の目の前に、再び水前寺すいぜんじ日向ひなたが立ち塞がる。日向は空手の猫足立ちの構えを作り、怒りを滲ませて俺を待ち受ける。まあまあ厄介だが、まだ甘い。日向よ、この俺を止められるとでも思ったか?


 ★ ★ ★


 話は二ヶ月遡る。

 五月のとある月曜日、榎木えのきあんなが我が校へと転校してきた。

 俺の通う高校は熊本市の真ん中にある、平凡な学校だ。都会とも田舎ともいえない凡庸な環境に、凡庸な生徒達。凡庸な話題に凡庸な日常。そういった凡庸な物に、俺は心底、飽き飽きしていた。


「転校生を紹介する。入りなさい」


 担任に呼ばれて、初めてあんなが教室に姿を表した時、俺は一◯秒以上も呼吸を忘れてしまった。

 あんなは、とてもとても可愛らしかった。華奢で、小柄で、物腰にもスッキリとした品性が備わっていた。


「初めまして。榎木えのきあんなだけど」


 あんなは黒板に名前を書き、自己紹介をした。

 俺は、一番前の席でそれを見ていた。彼女は髪も、眉も、睫毛までもが真っ白で、瞳は薄い灰色だった。それでいて日本人らしい顔立ちをしており、その肌も驚く程に白かった。彼女はアルビノールだったのだ。

 教室には、生徒達の歓迎の声が上がる。


「わあ、可愛い」

「趣味はなんですかあ?」

「彼氏はいるの?」

「どこに住んでるんですか!」


 生徒は口々に言う。

 あんなは軽く微笑みを返し、口を開く。


「恋人はいないんだけど。趣味はこの星の生態系についての研究なんだけど。これから起こる大破局から、人類を救う為に来たんだけど」


 あんなは淡々と言い放つ。冗談というには、やけに真剣な眼差しをしていた。

 一斉に、笑い声が上がった。


「なにそれ。ウケる!」

「あんなちゃん、面白い」


 最初は、皆、そう言って笑った。当然だ。あんなが本気で言ったのであれば、中々の狂人だということになる。

 俺はまいってしまった。一目惚れだった。

 榎木あんなは可愛い上に、狂人なのだ。彼女の特異な存在感と狂気は、俺を強く惹きつけた。こんなに危うい人と出会ったのは初めてだ。運命だ。

 あんなの席は、教室の一番後ろに決まった。その隣は、水前寺日向の席だった。


 ★


 休み時間になった。

 転校生が来た日の休み時間の光景は、誰にでも想像が付くだろうと思う。

 想像通りの光景があった。

 あんなは皆に取り囲まれ、これでもかと質問攻めにあった。あんなは全ての質問に、真剣に、でもにこやかに答えていた。

 次の休み時間になった。

 あんなを取り囲む生徒の数が少し減った。

 また、次の休み時間になった。

 あんなに話しかける生徒は、二人にまで減っていた。

 その日の授業が終わる時、あんなの周りには誰も居なかった。


 ★


 その放課後、日向が声をかけてきた。


「帰ろう、国士」


 俺は色々と思うところがあったのだが、ひとまずは、おとなしく日向と下校した。


「あの、本物だね」


 帰り道、日向が呟いた。榎木あんなの事だろう。


「うむ。本物の女神だ」


 俺は日向のネガティブな口調は意に介さず、率直な意見を口にする。途端に日向は噴き出して、俺の背中をバシバシ叩く。


「いや、違うでしょ。あの娘、絶対頭おかしいよ」

「うん。それが何か?」

「それがって、国士は聞いてなかったの? あの娘、休み時間にずっとヤバい話ばかりしてたのよ。環境兵器が使われたせいで地球の気候が完全に壊れてるとか、もうすぐ大干ばつが起こって世界中の人が大量に餓死するとか。頭のネジ外れてる。見た目は悪くないけど、あれは止めといた方が良い。こっちまで頭おかしくなりそうだったもん」


 と、日向ひなたは呆れた目を向ける。

 この水前寺日向は、俺と同じ道場で空手を学ぶ兄妹弟子でもある。

 日向は小学生の時から身体が大きくて、皆から馬鹿にされて虐められていた。その頃は、それほど親しかった訳じゃない。だけどある時、俺は日向が虐められている現場を通りかかった。

 日向は六人の男子生徒に囲まれて泣いていた。身体が大きい事を男のようだと馬鹿にされ、今にも服をはぎ取られそうになっていたのだ。

 俺は、何故か無性に腹が立って、そいつらを蹴散らしてやった。こっちも多少やられて怪我をしたが、それがなんだ。俺には、俺なりの武士道がある。

 それ以来、日向は俺に懐くようになった。教室でもよく話すようになり、帰りも一緒に下校するようになった。やがて、日向は俺が通っている空手道場にも入門してきた。

 日向には中々の才能があった。彼女は見る見る上達し、今では二段の腕前を誇る。道場の先輩たちも、最初は日向を可愛がって甘やかしていたが、今では全く日向に勝てなくなった。

 腕が立ち、長身な日向は、学校のレズな下級生から大人気だった。毎年、バレンタインデーには大量のチョコレートを受け取っていた。甘い物に目がない俺は、日向が受け取ったチョコレートの大半を巻き上げて食していたが、日向は、それにもあまり腹を立てることはなかった。日向は気心が知れていて、一緒にいて居心地が良い相手ではある。彼女は滅多に人の悪口を言わないが、俺は、日向の助言を聞く気にはなれなかった。


「世界の危機、か。良い事じゃないか」


 日向に言ってやる。


「良い事って……本当かどうかはさておき、世界が壊れるのは不味いでしょ」

「どうして。あんなを信じてないんだろ?」

「まあ、そうだけど」

「なら壊れても良いじゃないか。このクソみたいな世界の何処に、救うべき奴がいるんだ?」


 冷めた視線を向ける。すると日向は押し黙り、もう、何も言わなかった。


 ★


 あんなが転校してきた翌日、俺はあんなに交際を申し込んだ。

 数学の授業中だった。俺は突然席を立ち、一番後ろのあんなの席へと向かった。


「こら、たいら。何してるんだ」


 教師が咎めるのを無視して、俺はあんなの手を取った。


「好きだ。付き合って欲しい。そしてゆくゆくは結婚しよう」


 途端に、二年A組の教室にざわめきが起こる。


「ごめんなさい。付き合えないんだけど」


 あんなが答え、再びざわめきが起こる。

 そこで、俺は静かに片膝を衝き、あんなの手の甲に口づけをする。


「俺の恋人になってくれ」

「言い方じゃないんだけど?」

「俺のこと、嫌いか?」

「そうじゃなくて、事情があって誰ともお付き合いできないんだけど」


 あんなはぽわんとした顔で、首を傾げながら言う。

 こうして、俺はふられた。

 あんなには、まるで悪意や嫌悪の色はなかったのだが、二度までもダメというのなら仕方がない。けど、諦めるってことじゃない。正攻法が駄目なら、手段を選ばなければ良いだけなのだ。

 だから、あんなを誘拐することにした。


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