最終話 春が来た
魔王と入れ替わる形で、ウェローナが入ってきた。
彼女は身体の至る所にに包帯や絆創膏など治療された形跡はあるものの大きな外傷等は見られなかった。
「ウォーカス!」
彼女は僕が起きていると分かるや否や、一目散に駆け寄って僕に飛びついてきた。
春の穏やかな日みたいに心がホッとするほど暖かった。
彼女が生きている事を改めて実感した。
「良かった。良かった……」
ウェローナは僕の耳元でずっとそう呟きながら離さないとでも言わんばかりに抱擁していた。
それを見ていたロロ様は「さて、私はルカの様子でも見に行こうかな」と空気を呼んで部屋を出た。
その直前、カローナとクーナ、キャーラ、ウェルーナ、ビーラ、ニャイとニュイ、ニューイエ婦人が勢揃いで僕の見舞いに来たが、女神が「馬鹿! 空気を読みなさい!」と押し返していた。
バタンとドアが閉じられる。
今、この部屋にいるのは僕とウェローナだけ。
「ウェローナ」
僕は彼女の背中に腕を回しながら言った。
「なに?」
ウェローナの声は上擦っていた。
「僕らは元々恋人同士だったよね?」
「そうよ」
「でも、ずっと
「今まで通りでいいじゃない。私とあなたとの仲は変わる事はないわ。永遠に」
「そっか。そうだよね」
僕とウェローナは見つめ合った。
甘い空気が流れた。
悪しき聖女の禁断の魔法で出来なかった事をするチャンスだ。
ウェローナは静かに眼を閉じる。
僕も眼を閉じるが、唇がどこにあるか分からず、再び眼を開ける。
よし、やろうと思ってもどれが一番ロマンチックにできるだろう。
唇を突き出す?
それともソッと触れる感じ?
それとも奪い取るように?
あぁ、どうすればいいのか分からない!
僕がモタモタしているせいか、ウェローナは眼を開けて、フフッと笑った。
「いつまでも甘えん坊さんね」
ウェローナはそう言って、僕のおでこにキスをした。
「結婚式までおあずけ」
ウェローナはあざとく舌をチラッとだけ出してそう言った。
世界の命運をかけた決戦から半年が経った。
ロロ様とルカが率先して壊れてしまった地上を元に戻す事に尽力した。
グレイの怨霊達を元の人間に戻し、生前の知識を思い出させた事で王国は再び活気を取り戻した。
赤鴉によって欲望に侵された王都はクーナやカローナが先頭に立って復興させた。
極端な貧困の差や階級は改善され、自然と調和が取れた町並みに変わっていった。
僕が幼少期の時に好きだった温厚な町に戻っていた。
キャーラは学園長として再び世界一の学園になるために多くの生徒や先生を集め、設備やカリキュラムも一変した。
人や魔物の子に限らず、魔物やセイレーンなどの種族も平等に学べる学校になった。
魔物も随分と理性的になった。
魔王が宣言した通りに、秩序ある国になった。
洞穴から文明的な建物が作られ、清潔のある衣服を着て、キチンとした教育を受けられるようになった。
ただ肝心の魔王は八の字髭ではなく、女性の魔王になっていた。
僕が知っている魔王バーラは旅に出るとか言って消えてしまったのだそう。
ロロ様に聞いても知らないとしか返って来なかった。
どこか別の国に行ったのか、それとも異界に……大司教だった頃もフラフラしていたし、本当に謎だ。
エルーラも前のように戻ってきた。
イータンの計画に加担していたウェーラは死に関する研究は止めて、国の自然の環境保護の活動をしていた。
ビーラは外務大臣になり、人間とエルフの橋渡しとして、世界中を飛び回っ――いや、正確には転移魔法で転々としていた。
ウェルーラは長を引退して、天使のニャイとニュイと一緒にニューイエ婦人の牧場の手伝いをしている。
この前遊びに行ったら、ウェルーラがゴリマッチョベアと一緒にお昼寝をしていた。
あの凶悪な熊を
セイレーン達は相変わらず深海で楽しい日々を過ごしていた。
しかし、前みたいに完全鎖国といった状態ではなく、時々地上に上がっては、人や魔物と貿易したり交流したりしていた。
何もかも変わった。
もちろん、良い方向に。
さて、僕とウェローナはどうなったか。
それは今から起こる事がすべてを物語るだろう。
僕はとある個室にいた。
いつも以上にソワソワしていると、ドアのノック音が聞こえた。
僕は瞬時にドアを開けた。
ガチャリと入ってきたのはビーラだった。
「カース、用意が出来た――いや、失礼しました。国王陛下」
ビーラはそう言って恭しく
彼女はいつもの野性味あふれる格好ではなかった。
今日は緑色の長ズボンに軍服みたいな紋章がたくさん付けられたジャケットを羽織り、真っ白なシャツに革靴を履いていた。
エルーラの大臣クラスの正装だ。
「いつも通りでいいよ」
僕がそう言うと、ビーラは「左様ですか」と言って立ち上がり、ふぅと腕を組んだ。
「それにしても、半年で結婚か。ずいぶん早いんだな」
「姉弟だった頃を含めると十年以上は一緒にいるよ」
「あぁ、そうか。そうだったな……おっと、こんな所で
ビーラは僕の周りに魔法陣を描き始めた。
「走ればいいんじゃないですか」
「いやいや、もしそうしたらせっかくの衣装が台無しになるだろ」
ビーラにそう言われて、チラッと鏡を見た。
エルフの顔はいつも通りだが、真緑色のジャケットと長ズボンといった格好をしていた。
頭には根っこの冠を被っていた。
確か歴代のエルフの長が被り継がれてきた国宝級のものだったような気がする。
(確かにこの格好で走ったらかっこ悪いか)
なんて事を思っていると、ビーラが魔法陣を描き終えた。
「しっかり捕まっていろよ。国王様」
ビーラがウインクしてそう言うと、呪文を唱えた。
そして、光に包まれた。
眼を開けると、一気に喝采が湧き起こった。
「おぉ、国王様! 国王様だ!」
「何と素敵なお姿で!」
「どうか民をよろしくお願いします!」
周りには大勢のエルフ達がいた。
最前列には、カローナやキャーラ、ニューイエ婦人がいた。
「カース、幸せになれよ!」
「たまに遊びに行くからね!」
二人とも半泣きになりながら拍手していた。
ふとウェローナがいない事に気づいた。
祭壇みたいなのがあるが、神父らしきものもいない。
どういう事だ?
僕が首を傾げていると、上空で咆哮が聞こえてきた。
見上げてみると、そこには馬車のように純白のドラゴンを引いた車が浮かんでいた。
ルカや天使達がその周りをグルリと囲うように並行して飛んでいた。
気球みたいなカゴの中にいるのは、ロロ様とウェローナ、ウェルーラだった。
思わぬサプライズにエルフ達も驚きを隠せなかった。
ドラゴンは急に止まると、ルカとニャイとニュイがすぐに飛んできた。
ルカはウェルーラ、ニャイとニュイはウェローナの手を取ってゆっくりと降りてきた。
ドラゴンは光に包まれたかと思えば、クーナに変わっていた。
クーナはドラゴンの翼を生やしてそのまま地上へと降りていった。
(いつの間にあんなに進化したんだ?)
僕がそんな事を思っていると、ウェローナが二人の天使に手を引かれ、ふんわりと僕の目に前に舞い降りてきた。
花嫁姿のウェローナは女神のように美しかった。
若草色のドレスに身を包み、頭の上にはアパナの花の髪飾りを付けていた。
僕が息を呑んでいると、近くで咳払いをしている音が聞こえた。
いつの間にか、ロロ様が立っていた。
「見惚れるのはいいが、神の前でそれをするのは失礼にも程がある」
女神にそう注意されてしまい、僕の顔はたちまち熱くなった。
ウェローナはフフッと穏やかに笑っていた。
「ウェローナ」
地上に降りてきたウェルーラが近くまでよって、妹を抱きしめていた。
「結婚おめでとう」
「ありがとう。お姉様」
僕はこの光景に涙腺が崩壊しそうになったが、グッと堪えた。
姉妹の抱擁が終わると、ウェルーラは僕の前に立った。
「エルーラと妹をよろしくお願いします」
「もちろんです」
僕とウェルーラは固い握手を交わした。
ウェルーラはロロ様に一礼した後、ビーラ達が座る席に腰をおろした。
そこは恐らく身分相応の人達の席なのだろう、ビーラを含めたエルフの大臣達やニャイとニュイ、ルカ、ウェルーナ、クーナ、新しい魔王とセイレーン族のトゥーテスとトゥータが座っていた。
ただウェーラはどこにもいなかった。
まだ後ろめたい気持ちがあるのだろうか。
もうそんな事もしなくてもいいのに――と、そんな事を思っていると、女神がコホンと再咳払いをした。
「ウェローナ、ウォーカス、あなた方二人はエルーラの新たな国王、王妃として生涯に渡り、国や民のために全力を尽くす事を誓いますか?」
「誓います」
「誓います」
僕とウェローナはほぼ同時に言った。
女神は僕らの意志表示の確認をしたのか、ジッと顔を見てから再び口を開いた。
「では、共に夫婦となる事を誓いますか?」
「誓います」
これも躊躇わずに言った。
彼女も同じだった。
ロロ様は大きく頷くと、「では、誓いの儀をお願いします」と言った。
すると、クーナが立ち上がり、「せーの!」と何かの合図をしたかと思えば、会場中に歌声が響き渡った。
春になれば
小鳥が歌い
運命と巡り合う
永遠の愛も
羽ばたいて消える
春になれば
花が咲き乱れ
恵みを祝う
飢える苦しさも
土に
春になれば
心は晴れ晴れ
笑顔で宴を開く
信じている事を
咎める事なく
争いは無くなる
雪降る夜は
孤独になり
不安に駆られるけど
後悔しないで
憎まないで
殺意も嫉妬も自己嫌悪も
全て凍らせてあげよう
陽の光に暖められて
正しい自分に戻れるから
春になれば
雪は溶け
新芽が顔を出す
凍える寂しさも
震える悲しさも
雪解けと共に消える
僕は突然の合唱に面をくらっていた。
すると、頬にツンツンと何かに突かれている感触があった。
「約束、忘れてない?」
ウェローナが少しからかうように尋ねてきた。
約束?
そんなのした――あぁ、あの時か。
僕はジッと花嫁を見つめた。
ウェローナも新婦である僕を見つめてくれていた。
僕とウェローナはこの歌を聞きながら互いの唇を近づけて交わした。
永遠に春が続く事を願って。
【完】
転生しても憑いてきます 和泉歌夜(いづみ かや) @mayonakanouta
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