第114話 魔王の戯れ言

「前にお前に魔物よりも恐ろしいものは人間の欲望とか言ったのを覚えているか?

 イータンで例えるなら『人や魔物を滅ぼしたい』という欲望だな。

 そのせいで、ここまで甚大な被害が出てしまった。

 だけどな……その欲望に手助けする奴がいるんだ。

 一体誰だと思う? ウォーカス」

 話の流れで大体検討がつく。

「あ、あく……ま」

「正解だ」

 魔王の声が遠ざかり、カタッと物音がした。

 何をしているのか、全く想像ができない。

「悪魔は人間の欲望に付け狙う。

 それは自分の立場を逆転させるためだったり、逆境から這い上がるためかもしれない。

 心が弱まったりしている時もそうだ。

 神や天使じゃ役に立たない。

 あいつらは『成長させるためだ』とか言って傍観しているだけだからな……直接手を差し伸べてくれるのが悪魔だ。

 もちろんそれ相応の代償が必要だがな。

 恐らくイータンも何かしらの犠牲をはらって、あんなに強くなったのだろう。

 まぁ、悪魔と契約をかわして成功する奴は宝くじで一等を当てるより難しい。

 ほとんどが成就できずに破滅する。

 だが、これだけは言える。

 この世を支配しているのは人でも神でも天使でもない。

 悪魔なんだ。

 悪魔こそが、この世界を影で支えているんだ……」

 あぁ、なんて事だ。

 少しでも彼を信頼していた僕が馬鹿だった。

 悪魔が世界を影で支えている?

 何だそれ。

 それを言うという事は、イータンを狂暴化させたのは、完全にお前ら側だって打ち明けているようなものじゃないか。

 畜生、何もかも魔王の策略だったんだな。

 全部お前の手の平で動かされていた訳だ。

 あぁ、僕の身体が動けていたら。

 今すぐにその髭をむしり取って燃やしてやったというのに。

 僕がもどかしい思いをしている中、魔王の話は続いた。

「あぁ、そうだ。そうだ。

 もう二度と会う事がないから言っておくが、これから俺は悪魔達と一緒に新しい魔物の国を作るんだ。

 でも、心配する事はない。

 今回はちゃんと秩序ある国にするからな。

 人間みたいな文明のある国をな……。

 問題は魔物をどうやって作るかだが……それは追々考えるとしよう」 

 この話に僕の脳内で恐ろしい未来が浮かび上がった。

 今、僕らは魔物の肉体になっているのではないだろうか。

 もし彼にも黒魔術が使えるとしたら、身動きできないほど深手を負った僕らが気絶している途中で新しい魔物の肉体を入れる事なんて造作もないはずだ。

 もしそうなのだとしたらロロ様もウェローナも僕も――想像するだけで脳が震えてきた。

 突然何か刺されたような痛みがした。

 虫に刺された?

 いや、違うな。

「よし、これでよくなるだろう」

 魔王の声がした後、足音が聞こえた。

 身体がジワッと暑くなってきた。

 一体こいつは僕の体内に何を入れさせたんだ。

「ほれ、お前の新しい姿だ」

 僕の目の前に突然自分が写った鏡が現れた。

 そこには世にもおぞましい魔物――ではなく、ごく普通の顔だった。

 耳が尖っているからエルフなのだろう。

 これは一体どういう事なんだ?

 僕は今の状況が飲み込めず、瞬きしていると、その様子がそんなに可笑しいのか、クククと笑い出した。

「おいおい、自分の顔も忘れたのか?」

 魔王はそう言うと、指を鳴らした。

 すると、拘束されていた感覚は消え、指先や足が動かせるようになった。

 ゆっくりと起き上がり、辺りを見渡す。

 魔王がいるのは当然として、壁全体が真緑で、部屋の隅には魚の形をした棚があった。

「ここは……ここはどこなんですか?」

 自分がまともに声が出せる事に少し驚いた後、魔王に現在の場所を聞いた。

「女神の家さ」

 魔王は両腕を組みながら答えた。

「俺と悪魔達が帰ろうとした直後に大爆発があってな、それでみんな倒れているから慌てて近くにあった宮殿に運んだ訳なんだ」

 魔王はさっき言ったことの補足説明をしてくれた。

 つまり、彼が爆発の餌食にならなかったのは偶然で、僕達が重症を負ったのは本当だと。

 うーん、信じていいのだろうか。

 そう考えていると、ノックが聞こえた。

 入ってきたのは女神だった。

「大丈夫か? ウォーカス」

 女神は心配そうに僕の様態を聞いていた。

 僕はすぐさまベットから降りて、跪いた。

「ロロ様もご無事でよかったです」

 僕は恭しく頭を下げると、女神は「元気になってよかった」とホッと息をついた。

「あ、そうそう。イータン達に盗まれた肉体、全部元に戻しておいたから」

「え?!」

 つまり、僕や姉さん達の魂が肉体に入ったって事?

 僕がそう聞くと、ロロ様は「そうだよ。損傷がひどいのもあったけど」と頷いた。

 幹部達と戦った時の記憶が思い出しズキッと胸が痛くなったが、カローナやキャーラが再び現世に来てくれた事が嬉しかった。

「ただ……」

 女神が急に暗い顔になり、重々しい雰囲気で話を続けた。

「君を育ててくれた公爵夫人の魂は残念ながら消滅してしまった。

 だから、その……二度と会うことはできない。

 すまない、最善を尽くしたが……駄目だった」

 女神は申し訳ない顔をして頭を下げた。

 母さんに会えない――その言葉にフラッシュバックされる記憶。

 ゴスロリが母の心臓を食べていた時の光景。

 イータンに剣を貫かれた時の光景を。

 僕の心に土砂降りの雨が降っていた。

 母に再び会って、僕を拾ってくれた時の事を聞きたかった。

 お礼を言いたかった。

 けど、それも叶わない――瞼がじんわりと熱くなってきた。

 失ったものは大きいけれど、それ以上の犠牲者が出なくてよかった。

 何よりウェローナが生きている事が嬉しかった。

 ずっと僕の側を守ってきた存在を失ってしまったら、後を追っていたかもしれない。

 僕の心情を読み取ったのか、魔王が背中をポンと叩いた。

「何はともあれ、お疲れ様。よく頑張った」

 魔王はニ、三回肩を叩いた後、ドアに向かった。

「あぁ、そうだ」

 魔王がドアを開けようとした所で、何かを思い出したのか、僕の方を見た。

「さっきの話は気にしなくていい。別にお前の人生には関係ない事だから」

 魔王は続けて、「幸せになれよ」と親指を立てた後、出ていってしまった。

「奴とどんな話をしたんだ?」

 女神が険しい顔をして聞いたが、僕は「単なる世間話ですよ」と返した。

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