後編
あれから、もう一人の僕も一緒に暮らすこととなった。
彼の自室は、就職して家を出るまで兄が使っていた部屋。
小さい頃は二段ベッドを置いて、兄弟の寝室として使っていたから多少は思い入れもある部屋だ。
最初の頃は正直、気まずかった。
想定外の事とはいえ結果的に彼から奪った足を目の前で毎日使ってるんだ、そりゃ気まずいて。
彼が義足を脱着するのを見るのも何とも言えない気持ちになる。
しかし、彼も思うところは多々あるだろうに、あの日以来何も言わないんだ。
素直に凄いと思うよ。
ああ、いつまでも"彼"と呼び続けるのも他人行儀でおかしな話だよね。もちろん呼び名はある。
うん、名前については本当にややこしい。
僕も彼も大西晃生として生きてきた記憶がある。
結論、僕も晃生であり彼も晃生だ。
『いや僕だけが晃生でお前は晃生じゃない、名前を変えろ』とは言えないわ。
しかし別個体となった以上、二人を分ける呼び名が必要であることも事実。
便宜上、二人いる時は僕を
もともと愛称として晃と呼ばれてきたから、きっと違和感や忌避感はないはず。
まあ呼ばれ慣れてるけど言い慣れてはないから、僕の方が多少違和感あったけどね。
少々酷な話かもしれないが、こうして一緒に暮らしていても心に余裕が持てるのは、僕がオリジナルで彼がコピーだとはっきりしているからだと思う。
晃もそれをわかっていて、僕の地位を脅かしたり成り代わろうとはしていない。
少しの不安でもあれば、晃の愛称だって渡したくなかっただろう。
時折、考える。
僕が心穏やかに過ごせている分の負担を彼が請け負っているのではないか。
どれほど気を遣わせているだろうか。
自分の姿形をしたもう一人の僕のことなのに、その心はもうわからない。
晃を作り出した石神蓮は姿を消した。
連絡しようとするも音信不通。
石神湊先生に問いただしても、そちらも音沙汰がないらしい。湊先生はとても申し訳なさそうな顔をしていた。
まあいい、石神がいたところでどうしようもない。
元に戻せ、なかったことにしろ等と言って晃を消されても困る。
それならば、これから二度と目に映らない方がいくらかマシだ。
晃は、少しでも平穏に過ごしてほしい。
彼に対して僕は、家族としての情を感じていた。
§
僕はこの世に存在してはいけない存在だ。
だった。
最近は、まあここにいても良いのかなという気がしてる。
両親も、たまに帰省してくる兄もオリジナルの僕と分け隔てなく接してくれる。愛してくれる。
ということは、オリジナルの晃生が本来貰えたはずの愛情を、半分奪っていることになる。
非常に心苦しく思うのだが、晃生もそれを受け入れているように見える。
突然現れた自分と同じ姿をした奴が、自分と同じ声で両親に『父さん』『母さん』って呼んでたら、まあ嫌だけどな。なんかそういう都市伝説の妖怪みたいで。
しかし晃生とは、うまいこと共存できてる。
当然、趣味も合うから一緒にゲームなんかすると楽しいしね。
時間が経って二人の間に少しずつ差も生まれてきたから、まるっきり同じ思考・言動をするわけでもない。右手と左手でジャンケンするような結果にはならない。
競い合うこともあるし、協力することもある。
彼との生活に僕は、楽しさを覚えていた。
……。
二〇四九年七月十六日。
このところ曇り空が続いていたが、梅雨が終わる前にもうひと仕事といったように昼から雨が降り出した。
傘を持って大学まで晃生を迎えに行く。
晃生は原付も一応乗れるくらいには事故の恐怖感も薄れたようだが、今は市電で登下校している。そりゃ良い思い出ではないしな。
「お、ありがと! 悪いね」
「ん。まあ本屋行きたかったし、ついで」
「そっか。じゃ、ご一緒しよ」
繁華街で電車を降りると、それなりに人も歩いている。
書店に向かう途中、少し大きめの帽子を斜めに被った小さい女の子が目についた。
お母さんと手を繋いで歩いている。
事故以来、小さい子を見ると何も考えずに道路に飛び出すんじゃないかとヒヤヒヤする。
こんな風に。
ビルの間から強い風が吹いて女の子の帽子を攫った。
女の子はお母さんの手を振りほどいて走って追いかけてしまう、車道だなんてお構いなしに。
僕は慌てて追いかけた。
でもそれより早く晃生が走っていった。
同じように気になっていたんだろう。
女の子を捕まえた晃生は僕に向かって放り投げて、自分は車に撥ねられた。
「晃生!」
駆け寄れば、縁石に強く打ったのか頭から血が出ている。
「おい! 起きてるか!?」
「……あの、子は?」
「大丈夫。君も大丈夫だからな。なんとかなる……なんとかなる」
「……良かった。晃、いや晃生…… 君に足を、返すよ。今まで、ごめんよ……」
「な、何を言ってるんだ、何を」
「……母さん、達を。よろしく頼、むよ」
晃生は、掠れて聞き取りづらいか細い声を漏らす。
「気が早いって。大丈夫だから」
「晃生…… 頼んだ……」
意識が落ちかけてる。
どうしたらいい。何を言えばいい。
「……まかせて。僕は大西晃生だ」
「……ありがと」
ああ、足なんてどうでもいい。
君が一生使えよ。
僕はそのために生まれたんだ。
死ぬなら僕だろ、もう生まれた使命を果たしたんだ。
君はこれからじゃないか。
ちゃんと息を吸えよ。
「すみません! すみません!」
女の子のお母さんが頻りに頭を下げて謝ってくる。
「うるさい! どっか行け! 何でガキの手を離したんだよ! そのせいで…… どっか行けよ!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
その声はもう耳に入って来なかった。
僕にできることはまだないか。
頬を伝う水が雨か涙かわからなかった。
服を脱いで傷口に押し当てて、救急車が来るまで心臓を圧し続けた。
でも、晃生の意識が戻ることはなかった。
……。
僕は二つの足で立って墓前に花を供えた。
晃生、墓誌に君の名を刻むのはもう少しだけ待ってほしい。
僕のこの体は君の細胞から生まれた、君の一部だ。僕が生きる限り君も生き続ける。
君の歴史はまだ続いている。
その名を、僕が世界に届けていくよ。
僕の名前は大西晃生。
僕の名前は大西晃生 清水 惺 @Amenoyasukawa
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