中編
「ん? なにこれ」
クレジットの利用明細を見てみると、想定外の額が請求されている。
ネットカフェにオンラインショップ、知らないホテルに、あちこちで外食。それにキャッシング?
まったくもって身に覚えがない。
僕のアカウントであってるよな?
……あってるな。
いや、めちゃくちゃ不正利用されとるやんけ。
なんで? カード落とした?
いやいや、カードなんて持ち歩いた覚えない、指紋認証で済むし。
じゃあ生体認証を突破されたってこと?
それこそどうやって……
あれか?
去年の再生医療研究の協力金で口座が潤ってるから狙われたとか?
いやでも、それにしてはちょっと使われ方地味か。
全然一千万近く残ってるし。
ああ違う違う、そんなのは後。まず止めないと。
「母さーん! クレジットってどうやって止めればいい!? なんかめちゃくちゃ不正利用されてんだけど!」
これ警察も行かないといけないのかな。
あーあ、面倒なことになった。
……。
次の日。
ふと眠りから覚め、部屋の暗さでまだ夜だと知った。
まだ朝までは時間がありそうだ。
意識が覚醒すると眠れなくなる。それは面倒だし、時計も見ず何も考えない……
何か音した?
えっ誰かいる?
こんな夜更けに、僕の部屋に僕以外の誰かがいるわけないんだけど。
気のせい?
『ふぅ……』
……やっぱり気のせいじゃないのでは?
微かな息遣いが聞こえた気がする。
まあそう言いつつ、結局なにもなくて、ただ眠れなくなっただけってのが落ちだろうけど。
暗闇の中、枕元を三度ほど叩きリモコンを見つける。
「わあ! なに!? 誰!?」
部屋の明かりは、本当に人の姿を映し出した。
「ああ、最悪だ……」
おそるおそる悪態をついたその人物の顔を見ると、どこかで見た顔だった。
知り合いではないと思うが…… は?
僕か?
鏡で見る顔とほくろの位置なんかは逆だけど、ほぼ毎日見てる顔だ。
そりゃもちろん知り合いなわけがない。
誰かを記憶の中から探し出す時に自分の顔を選択肢に入れる訳ないんだから反応が遅れたってしょうがなかろう。
いや、は?
「えっ…… え? いや、え?」
まともな言葉が出てこない。
「晃生? 夜中に何を…… 誰だ。っ!?」
「え……」
先程の声で起きたのだろうか、父が扉を開けて二人目の存在に気づいた。反射的に警戒する目つきになったが、すぐに困惑の表情へと変わった。
僕も似たような顔をしてるのだろうか。
後ろから様子を伺っていた母も声を漏らしていた。
「ああ、その目が見たくないから来たくなかったんだよ……」
両親の胡乱げな眼差しを見ながら、悲しげに、どこか辛そうにもう一人の僕が言った。
「あの、誰なの?」
再度、父と同じ質問を繰り返してみる。
「僕は…… 大西晃生? 見ての通り、ね」
寂しげに大西晃生を名乗る彼は確かに僕にそっくりだけど、今の僕とは明確に異なる所が一つだけあった。
少し前の僕にそっくりなのだ。
「足が……」
彼には膝から下の右足がなかった。
§
「ここには、これを取りに来たんだよ。君はもういらないだろ」
手にした義足を見せつけてやった。
僕から持ってった右足があるだろ、これぐらい寄こせ。
物置なんかに仕舞っててくれれば見つかることなく回収できたのに。
部屋に飾るってなんのつもりだよ。記念にするような物じゃないだろ。
「えっと、その足はどうして」
張本人が気の毒そうにおそるおそる尋ねてくる。
「切られたんだよ、石神に。僕の足の使い心地はどうかな」
言葉が刺々しくなったが、まあ許されるだろう。
オリジナルの僕が息をのむ。そうだ、罪悪感に苛め。
「あなたは、どうして晃生とそっくりなの?」
さっきの父さんの鋭い目つきもあれだったけど、母さんに誰か問われるのはやっぱり、くるものがある。
自分の親に僅かなりとも敵対心を向けられるのは辛い。実の親と呼んで良いものか疑問だけど。
「足を再生するために一から作るって話だったでしょ。培養されたのは足だけじゃなかったんだよ。生み出されたのは身体全体。つまり僕は、そこにいる僕のクローンってことらしいよ」
「そんな馬鹿な……」
僕もそう思うよ父さん。
なんでこうなる? 誰が予想できた。
「身体全体を培養して、足は本来の僕に。臓器や皮膚なんかは売り飛ばして金を稼ぐってのが石神のやり方らしい。僕の記憶まで複製されたのはイレギュラーらしく足の他には切り裂かれなかったけど」
協力金なんて石神にとっては大したもんでもないんだ。それ以上に金が入ってくるんだから。
むしろ、偽善的な罪滅ぼしに利用されたみたいで不愉快だ。負い目があるのか知らないけど。
「記憶の複製? 待ってくれ。じゃあ君は、晃生として生きてきた記憶があるのか?」
「……うん。そうだよ父さん」
だからその他人行儀な呼び方は堪えるよ。
石神の元から逃げ出して真っ先にやったのは家に帰ることだった。
僕がクローンなんて信じられない、何かの間違いだと。
家が見えたとき、丁度父の車が車庫に止まった。
良かった、父さんに会える。
そう思って、近づいていくと車から降りてきたのは両親ともう一人の僕だった。
誰なんだよそいつは。
そんな奴と仲良さそうにしないでよ!
『僕はここにいるじゃないか……』
涙とともに声が漏れた。
僕が本物じゃないことは気づいてた。
鏡を見ればわかった。昔、額に怪我をしたときの痕がない。
でも信じたくなかった。石神の嘘だと思いたかった。
でも違った。
偽物は僕だ。
僕はオリジナルに足を差し出すためだけに生まれたコピー。
そんな紛い物が両親に迷惑をかけたくない。
服を揃えて、ネットで松葉杖も手に入れてネットカフェやビジネスホテルを転々としながら過ごしてきた。
オリジナルとまったく同じ指紋、同じ虹彩のおかげでクレジットのセキュリティは難なく突破でき、お金に困りはしなかった。
しかしクレジットを止められては、ただダラダラと生きてはいけない。
義足があれば人並みとは言えずとも働けるだろうと家に忍び込んだ。
「これさえ貰えたら、もう邪魔しないよ。勝手にお金使って悪かった。でも僕のお陰で貰えたようなもんだし少しくらいいいだろ? じゃあ僕はこれで」
「待って!」
オリジナルの僕が呼び止める。
「どこに行くの?」
「さあ、どうしようかな? クレジット止められたからホテルは無理だし。どこか屋根のあるところ見つけて職探しかな。ああ寮のある職場とかあればいいよね」
「その…… 僕にできることは?」
ああ、嫌な言葉ばかり頭によぎる。
「君にできることか。じゃあ変わってくれよ。僕だって大西晃生だ。この家に住んで父さんと母さんと一緒に暮らしたいよ。できるか?」
「それは……」
「無理? そうだろうね。もともと君のものだ、取られたくないだろ。じゃあさ、足を返してよ。それはもともと僕のだ。それならいいだろ?」
「うっ……」
「それも嫌? そうだろうね。君にできることはないよ。悪かった、困らせたよな。君が悪いんじゃない。君はただ失った足を取り戻したかっただけ。こうなるなんて予想できるわけがない。それはもう君のだよ」
僕はそのために生まれたんだ。
もうここには用はない。名残惜しいけどいられない。
義足は頂いていくよ。
「待ちなさい、晃生」
父さんがそう名前を呼んで呼び止める。
「大西晃生なんだろう? じゃあここは晃生の家だ。ここにいなさい」
さっきは僕、そう名乗ったけど正直自信ないよ。
だって明らかな本物が目の前にいるんだもん。
たぶん、本人も自分以外が晃生って呼ばれてたら気分悪いよ。僕ならそう思う。
じゃあ、僕はいったい何者なんだろう。
僕の名前は大西晃生?
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