7,カミツキ
品定めするように、様々な角度から亜実をねめつけては歯打ちする。もし噛まれれば、その部位は例外なくすり潰され、千切り取られることだろう。
しかし、亜実は少し俯いたまま、じっと立っていた。それはまるで、自分の全方位を獅子が喰らってくれるのを待っているかのようだった。
ふと、直樹は地面を撫ぜる獅子の胴幕の裾に目をやる。揺らめくそれの間からは、ちらりとも何かが見えることはない。
誰も入っていない。いや、足が無い?
馬鹿馬鹿しいとわかっていても、そう思わずにはいられなかった。猛々しく歯を鳴らし、巻き毛模様の胴幕を揺らしている獅子。にも関わらず、どうしてもその足が見えない。あるはずの場所に、無い。
なほるゐ様。
暗闇に差した一条の光のように、その名前が浮かび上がった。獅子の中にいるのは神様。今、亜実と直樹は、神の前にいる。
カン、カン、カッ、カッ、カ、カ、カ――
やがて、亜実をぬうーっと見下ろす格好のまま、獅子が歯を打つ間隔を短くしていく。それに混じって、直樹の耳に読経のようなものが届いた。
「モヤ オトナフ ハノネノ ナホル、カミツキコトヲ イニ キコシメセト マヲス」
ああ、ここで唱えるのだ。と思った刹那。
獅子が亜実に喰らいついた。
大きな口からぶら下がる、亜実の身体。激しくもがくが、獅子の歯は細い首をガッチリとらえて離さない。
じたばたしていたのが、少し仰け反るような形に強張り、そのうちにビクンッ、ビクンッと規則的に手足が跳ね始める。それが急にだらんとなり、今度は全身がピクピク震え出した。
やっと、獅子が亜実を地面に吐き捨てる。
直樹の立っているところからは、横たわる亜実の下半身しか見えない。その下肢が、なおも痙攣している。
「う……あ……」
声にならない悲鳴を上げ、直樹は後ずさった。獅子がぐりんと首を動かし、見る。無感情な目玉と視線が重なった瞬間、直樹は弾かれたように身を翻した。
屋敷の中を無我夢中で走り、縁側から外に転がり出る。
殺される、殺される、殺される――
どうやって逃げようかなんて考えていなかった。とにかく獅子から離れるために、村の下方へと走る。下れば下るほどに、直樹の目には悲惨な光景が飛び込んできた。
どの家も開きっぱなしの玄関。その付近に転がる、人、人、人。怖くて、何も知りたくなくて、全てから目を背けて走った。
激しい呼吸が喉を焼く。足がもつれて、顔から地面に突っ込む。
そのつむじを、何かが撫でた。
「あ……」
巻き毛模様の胴幕。垂れ下がる
「あーぁ、残念。家族にはなれないね」
転がる死体を見下ろし、亜実は嘆いた。
「信じてくれれば死ななかったし、体だって丈夫になれたのに。簡単に禁忌破ってくれちゃってさー」
ぶーたれる亜実に、周りの年配たちが豪快に笑った。
「よそ者は無理だよ、亜実ちゃん」
「そろそろワガママはやめて、帰っておいで」
祭りの後片付けは手際よく進められていく。
「ヤだぁ、こんな田舎。なんにも自分で選べないよ。ねぇ、なほるゐ様って本当に御利益あるの? 全然結婚相手見つからないんだけど」
娘の問いかけに、父親が作業していた手を止める。
「なほるゐ様は亜実のことを守ってくれてるんだよ。
相変わらず娘には甘い。誰かの一言に、場がどっと沸いた。
カミツキ きみどり @kimid0r1
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