第9話 先輩の妹さんは姉想いの子でした

「ねえ、綾華お姉ちゃんとどういう関係なの? 正直、あたしびっくりしてるんだよね。綾華お姉ちゃんが男連れてるのを見て」


 先輩の妹さんは大量のキーホルダーがついたスマホを触りながらそう言う。


 清楚でクールな先輩と違って、妹さんはかなりその……ギャルというか陽キャっぽい。金髪に染めた髪に着崩した制服、身につけているものがとにかく。


「部活の先輩後輩の関係性……ですよ」


「なんで敬語? まあ別にいいけど。ふーん、先輩後輩の関係性ね。お姉ちゃんが中学生の時、男の後輩なんて一人も近寄れなかったのに?」


 その情報は初耳です……!!


 というか眼光が鋭い。先輩の妹さんはスマホを手慣れた手つきでカバンに突っ込むと、ずいっと距離を詰めてくる。……あ、青のカラコンしてるんだ。


「あたしね。綾華お姉ちゃんが男連れてるとか解釈違いなの。わかる? お姉ちゃんってああ見えてすんごい純粋だから意外と騙されやすいってわけ」


「ぼ、僕が先輩を騙してるって……そう言いたいんですか?」


「なんだ話早いじゃん。そーだよ。まだ半信半疑っていうところだけど。綾華お姉ちゃんが正味君みたいなパッとしないような……」


 眼光も鋭いけど、一条先輩と同じような顔をしていて結構ズバズバ切り込んでくる……!


 先輩とは真逆の子だ……! 正直、若干陰キャよりの僕とは生きてる世界が違いすぎて心臓が凍る……!


「騙していないって証明して欲しいけど、それを他人にやらせるのは少しだるいか。じゃあ、綾華お姉ちゃんとの馴れ初め! それを聞かせて!」


「え……あ、いや。どうしてそんなことを言わないと……」


「い、い、か、ら! 別に脅したりはしないけど、あたしが気になるの! だから早く!」


 何が悲しくて先輩との出会いを妹さんに聞かせなくちゃならないんだ……。


 でも言い方はキツイけど悪気はなさそう? というか頬を赤く染めたりとか、頻繁に視線がお手洗いと僕を交互させてたりと……もしかして本当に先輩を心配してるだけなんじゃ。


 で、でも先輩との出会いなんてそんな劇的な物じゃねえし、普通に部活で出会いましたなんて言って信じてもらえるかなあ!?


「先輩との出会いは……その、本当に部活だよ。剣道部は憧れがあったから入ってみただけで、続けているのは先輩目的とかではなくて、防具とかの費用無駄にしたくないのと……一応目標があるから」


「ふーん。意外と正直に答えるんだ。あたしはよく知らないけど剣道の防具とかって高いらしいね。いくらくらいなの?」


「……数万円。バイト一ヶ月分」


「……マジ?」


「大マジ」


 竹刀や剣道着も安くない買い物だ。けれどそれ以上に防具が高え! あれだけでバイト一ヶ月分は余裕でぶっ飛んでいく……!


 お母さんに前借りするのもちょっと心苦しかったくらいの金額だ。そこまで揃えたのに辞めるのは選択肢にない。


「金銭面出されるとふつーに信憑性あるんだよね。ただそれはそれとして、お姉ちゃんとここに来る理由は……」


雪華せつか! い、一体葉月くんに絡んで何をしているんだ!?」


 ドタドタと一条先輩が戻ってくる。雪華と呼ばれた目の前の子は「うげっ」と言いながら一歩後ろに下がった。


「ふ、ふん! 綾華お姉ちゃんこそ、こんなところで何をしているのか聞きたいんですけど!? 昨日の帰りが遅かったのはそういうことだったんだよね!?」


「ど、どういうことを言っているんだ!? 私はただ後輩と買い物に……」


「ない。普段ネットショップでおすすめ欄からテキトーに選んで買う綾華お姉ちゃんが、こんなところに来るはずがないもん!」


「ななななな、何を言っているんだ!? わたしの普段の買い物など今は関係ないだろう!?」


 こんな風に狼狽える先輩は初めて見た。っていうか先輩ネットショップ派だったのか……それならそうと最初から言ってくれればよかったのに……。


「綾華お姉ちゃんが騙されていないかわざわざ心配してついてきたあたしの気遣いに感動してほしいんだけどね! こんな姉想いな妹早々いないよ?」


「わ、私は騙されてなんか……! そもそも自分で言うようなことじゃないだろう!?」


「騙されている人はみんな騙されている事実を否定するもんなんですぅ〜〜! さあ、そこの! 何を言ったのか白状して! 聞き出すまであたし下がらないから!」


 い、一条先輩が来たことで場はさらにヒートアップしてしまった……!!


 ああもう仕方ない! このままじゃすんごい目立つから取り敢えずは……!


「きょ、今日は先輩と弁当箱を買いに来ただけで……本当に先輩とはやましい関係じゃないんです! で、ですから……これ以上叫ぶのは周りの迷惑になるので、ファミレスで一旦落ち着きませんか?」


「……確かに弁当箱は嘘じゃなさそうだし、いいよ付き合ってあげる。ただ……もし騙していたら」


「騙してたら……?」


「あたし、絶対に許さないから。いい!? あたしが綾華お姉ちゃんに相応しいと思わなければ付き合うとかそういうの絶対ないからね!!」


「つつつつつ付き合う!? 私と葉月くんがか!? 何を言っているんだ雪華は!?」


 思わぬ方面に驚きながらも反応した一条先輩を、僕と雪華さんは同時に見る。一条先輩は自分の世界に入り込んでいるようで「いや、私と葉月くんはそう言った関係ではなくてな、先輩と後輩くらいの関係性がちょうどいいと思うんだ」みたいなことを一人で言っていた。


 それを見て、僕と雪華さんは目を合わせる。


「なんだが君を疑うの少し馬鹿らしいかもしんない……」


「でもまあ一旦落ち着いて話しましょうか」


「うん、そうだね」


 頬を赤く、一人で自分の世界に入り込んでいる一条先輩をよそに僕らはファミレスの席を取るのであった。

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僕にだけ甘い剣道部の女部長〜体調を崩したら、毎日弁当を手作りして持ってきてくれるようになった件〜 路紬 @bakazuma

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