第8話 先輩の妹との邂逅

「ちょ、ちょ、一体どうなっているんですかこれ!?」


「あれは私の妹だ! 家でいじられるならまだしも、ここでいじられるのは大変心臓に悪い!」


 家ならいいのか……。確かにさっきの表情、とてつもなく衝撃的なものを見たって言う感じだったし。


「じゃ、じゃあ、この階にあるアウトドアショップに行きましょう! 確か弁当箱コーナーが正面からは死角になるような位置どりです!」


「了解したっ! 案内を頼めるか!?」


「わ、分かりましたっ!」


 僕は先輩の手を握り返してアウトドアショップの方へと向かう。僅かに筋肉質ながらも手入れを怠っていないすべすべの触感に、心臓がまたもドキンと高鳴る。


 こうして到着したアウトドアショップ。昨今のソロキャンブームやキャンプ飯ブームにあやかってできたこのショップはかなりテナントにしてはかなり大きく、キャンプ用品だけではなくアパレルも取り扱っている。


 僕らは奥にある弁当箱のコーナーに身を潜める。ここはアパレルやその他用品の奥側に位置しているため、お店の正面からは死角となっているのだ。


「かなり走ったけど大丈夫ですか? 先輩」


「伊達に剣道で鍛えてないさ。これくらいならどうってことはない。しかし、ここはここでかなりのラインナップだな」


 アウトドアショップというだけあって、機能性重視の弁当箱が多い。スープなどを入れて保温できるジャータイプの弁当箱や真空断熱のランチセット的な弁当箱まで、値段はピンキリだが、思っていたよりも安い印象だ。


「私たちが使っているような見た目だけのものとは、随分と違うな。私もこういうのに買い替えてみようか……」


「先輩の弁当箱、運動部にしては少し小さいですもんね。あれで足りているんですか?」


「プロテインやサプリで栄養素を補給しているから大丈夫……とは言えないか。少し足りないなとは思っているよ」


 先輩はよくプロテインを飲んでいる。筋トレとかする人は一日に何回かプロテインを飲んでタンパク質を摂取するらしい。先輩もその類なのだろう。


「しかしこうもあると迷ってしまうな……。君はどうするつもりなんだ?」


「これにしようかと。ランチセットやジャータイプのものを考えましたが、洗う手間まで考えるとオーソドックスな長方形のやつがいいかなって」


 僕が選んだのは普通の長方形の弁当箱だ。ランチセットやジャータイプといったものの方が保温性に優れるけど、いかんせん容器が多いため洗う時に不便だ。


「そんなものでいいのか? 洗い物はうちでやるから君はそんなに気にしなくていいと思うのだが……」


「え……? 洗い物って僕がやるんじゃないですか?」


「……ん? いやいやそれだと次の日君の弁当箱がうちにないじゃないか」


「だから二個買おうかなと思っていたのですが……」


 弁当箱を二個買えば使ったやつを僕が持ち帰って洗い、先輩はもう一つの方で弁当を作れるという算段を立てていた。


 少し面倒だけど、洗い物の手間ってそれ以上に大きい。洗い物くらいは自分で……と思ったけど。


「そんな変なことで気を遣わなくてもいいさ。元々私が言い出したことだ。洗い物くらい、私の方でやるからその辺の都合は考えなくてもいい」


「いやでも……。これ以上引き下がるのは無粋ですかね?」


「ふふっ、そうだな。それにうちには食洗機という文明の利器がある。洗い物くらい大した手間ではないさ」


 じゃあこれ以上引き下がるのはやめておこう。食洗機対応しているようなやつを選ぶとなると……。


「先輩、これとかどうですか? ご飯ジャーっていうやつ」


「おかず容器が多くて、持ち運びも便利か……。ランチジャーは少し大きすぎてかさばるからな。中々いい目の付け所だ」


 ランチジャーは水筒みたいな形になっていてスープとか入るらしいけどいかんせんかなり大きい。持ち運びには不便だろう。


 それに比べたらご飯ジャーはかなりコンパクトな仕上がりだ。ご飯だけ専用の容器に入れて、おかず容器と一緒に持ち運び用のボックスに入れることができる。このボックスがかなりコンパクトで持ち運びしやすい設計だ。


「では私も……む」


「どうしたんですか先輩? そんな硬直されて」


「……い、いや。君に言うか悩むが、色がどれにしようか……」


 僕と先輩が選ぼうとしたのは多色展開されているものだ。定番の色から暖色系、寒色系。十種類くらいのカラーラインナップがある。


「先輩はどんな色が好みなんですか?」


「聞いて笑わないでくれるか?」


「笑いませんよ。先輩のことなんか」


「う、うむ。……ピンクが欲しくてな取ってもらえるだろうか?」


 ピンクとは女の子らしい色が好きなんだな……と思いつつも、弁当箱だったり、カバンのキーホルダーだったりところどころ可愛い系を使っている先輩だから意外とは思わない。


 しかし先輩にとっては恥ずかしかったことのようで、耳まで真っ赤にして顔を背けている。そこまで……なのか?


「ピンクと……じゃあ僕は水色で。お会計を済ませてきますね」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。自分のやつくらい自分で出す……! 何さりげなく君は私の分まで持って行こうとしているんだ……!」


「これから弁当を作ってもらうんです。これくらいは払いますよ。いや、払わせてください。先輩には……色々とお世話になっていますし……僕はまだ何も返せていません」


 これから弁当を作ってもらう。そう考えればこれだけでは安すぎるくらいだ。弁当箱を二つ買ってピンチになるほど僕の財布は脆くない。大丈夫……!


「あ、いや……ああもう! これ以上何かを言うのは無粋なんだろうな! わかった君の好意は甘んじて受けておこう!」


「そこまで大袈裟じゃないのに……」


 僕はレジでお会計を済ませると、先輩と共にアウトドアショップを出る。


「さて、意外と時間が余ってしまったな。少し見て回るか?」


「そうですね。先輩さえよろしければ」


「私は構わないさ……と言いたいところだけど少しだけお手洗いだけいいか?」


「いいですよ。では僕はここで待ってますね」


「すまない! すぐに済ませてくる!」


 一条先輩は小走りでお手洗いへと駆け込んでいく。僕はトイレの近くのベンチに座って、スマホを触る。スマホを持つ手が少し震えているのは気のせいではない……だろう。


「あ、見つけた。ねえ、君。ちょっといい?」


「へ……あ、僕ですか……って」


 声をかけられて視線をあげた時だ。僕はその人の顔を見てつい硬直してしまう。何故なら彼女はさっき出会った……。


「せ、先輩の妹さん……!?」


「やっぱり綾華おねーちゃんと一緒にいた人だ。ねえ、君に聞きたいことがあるんだけどいいよね?」


 思いもしていなかった邂逅に僕の心臓はさらに高鳴るのであった。

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