サイコとバニー3
惟風
サイコとバニー3
だから違うんだってホントねえマジで待って?
思考している間にも飛んでくる拳を私はすんでのところで左に避けた。それでも避けきれずに、掠った頬からぬるりとした液体が伝った。私のメイク、もうぐちゃぐちゃだろうな。ハートマークまだ残ってるかな。
対象物を失ったメリケンサックは壁を割った。
反応がコンマ数秒遅かったら、割れていたのは私の顔だったかと思うと心底チビりそう。タンマさせて。トイレ行かせてお願い。
私は、学校の教室で謎の人物が奮う暴力から逃げ惑っていた。
「お姫に対してのこれまでのこと、埋め合わせさせてほしいの」
なんであんな言葉を信じてしまったんだろう。今さら後悔が募る。
ううん、悔やむなら最初からいっちゃんの提案を受け入れ続けている自分の警戒心と学習能力の無さを悔やむべきだ。
そもそも、いっちゃんは一貫して悪気は無いんだ。いやだからこそタチが悪いけどね?!
放課後に呼び出されて、お互いの部屋とかじゃないし校内なら全然他の人もいるし大丈夫だと思っちゃったんだよなー。
何なら、外から聞こえる運動部の掛け声、吹奏楽部の楽器の音、二人きりの教室、窓から射し込む夕焼けのオレンジ……なんてシチュエーションがあまりにも青春ぽくて昂ったまであるんだよなー。
なのにさ。
誰もいなくなった教室で、いっちゃんは徐ろにうさ耳のカチューシャを取り出した。
私が愛用してるやつとは違うデザインで、一回りくらい大きいやつだった。
髪留め部分が不自然に幅広で、分厚い時点で気づくべきだった。
「これ、私からのプレゼントだよ」
言うやいなやいっちゃんはカチューシャを私の頭に嵌めた。
アレッ、何か重すぎない?
そう思ったのが最後の記憶だった。
気がつくと、私は机も椅子も無い教室で一人ぼっちだった。
『うさ耳カチューシャ型のVRデバイスだよ』
いっちゃんの姿は見えないのに、声だけが聞こえる。頭の中に響いてくる。
何で勝手にVR体験させられてるの?!
『だってお姫の』
いや確かに私VRで遊ぶの好きだけどさあ、やりたいタイミングとかあるじゃん。あと、何して遊ぶかとかも自分で決めたいしさ。
『お姫にオススメのVRがあるんだ』
んー、まあ今までと違ってこれなら肉体的なダメージとかも無さそうかな……。ゲームの内容によっては許しちゃう……かも。前に比べたら可愛いイタズラだよね。
前回しこたましごかれたせいで板みたいに固くなった自分の腹を撫でる。でも、そこにはガチガチの筋肉は無かった。え、どうして?
『VR起動中は視覚だけじゃなくて五感全てがリアルに体感できる最先端デバイスを用意したよ。今はお姫のアバターは平均的スタイルの女性だからウエストの肉感も現実より柔らかめになってると思う。バキバキ腹筋よりそっちの方が良いってお姫言ってたから、用意しといたんだ。だってお姫の』
いっちゃん何で最先端VRデバイス手に入れられるの?もしかしてお家が極太?
ていうか、無敵のゴリ押しワード言わせないからね?!
『お姫、ごめんね』
えっ……
いつになく悲しげないっちゃんの声に、私は気勢を削がれた。
『私これまで、自分の趣味をあまりにも一方的に押し付けすぎちゃってたなって反省したの』
それはそう。まぎれもなくそう。
『
そうだったんだ。だからって了承も得ずにいきなりVR空間に放り込むのはどうかと思うけど。
……でも、嬉しい。
やり方はすごく不器用で強引だけど、やっぱりいっちゃんは、私達は、親友――
ドガン
溢れる涙を拭っていると、校舎の天井を突き破って何かが降ってきた。
瓦礫と共に勢いよく教室の真ん中に着地したのは。
「よう、サイコバニー。俺だ」
黒髪長髪の男性が、私を見てニヤリと笑った。
誰ーーーーー?!
黒髪長髪の男は、真っ直ぐに私に向かって回し蹴りを繰り出した。
バックステップで避けた自分を褒めたい。
『いやー、私あんまりゲームのことわからなくて。でも“デスゲーム”ならちょっとわかるかなって。要は命の取り合いをするゲームなんでしょ』
今どきデスゲームの認識そんなガバな人っているんだ。語感からの類推にしてもひどすぎるでしょ。
ゲーム好きならデスゲームに参加させたら喜ぶだろって発想も、高齢者が四十代を子供扱いするくらい雑だしね?
いっちゃんに言い返してる場合じゃない。男が裡門頂肘を繰り出してきたのを、さらに大きく退いて躱す。壁際まで追い詰められてきた。後がない。
いやだから誰なんだよこの暴力男は。めちゃくちゃ楽しそうに笑ってるじゃん。
あとこれのどこにゲーム要素があるんだよただのデスしか無いじゃん!!!
『お姫の気に入りそうなメンズのキャラクターを作ってみたんだよ。だって』
待って私こんな暴力男が好きそうって思われてたの?!
『だってお姫のことが好きだから』
言われちゃった〜〜!!!
サイコとバニー3 惟風 @ifuw
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